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第123話

「あんなチビッ子で大丈夫か?」


 グレミオの建物を出ると、俊輔は思わず呟いた。

 先程出会ったマエストロのエルバの見た目が、あまりにも幼かったからだ。

 年齢を聞いた時は何の冗談だとも思ったが、他の職員に聞いたところ、見た目に反して仕事は出来るとの事だ。


「可愛かったね?」


 京子の方は、いまだにあの見た目にメロメロのような微笑みをしている。


「んっ?」


 外に出た俊輔たちの向かう先には、少しだが人だかりが出来ていた。


「ピー♪」


「………………」


 人だかりの中心には、俊輔の従魔である丸烏のネグロと、同じく従魔であるダチョウのアスルがいた。

 どうやら寒いこの地域に丸烏は滅多に見ないらしく、ネグロの見た目に反応した町の女性たちが集まっているようだ。

 ネグロは俊輔が出てきたことに気付いたのか、嬉しそうな声を上げていた。


「あの~……、この子の主人の方ですよね?」


 その中の一人の女性が、ネグロの反応から俊輔が目に入ったらしく尋ねてきた。


「はい……」


 肌が白く、キレイなブロンドの髪をしたかなりの美人だ。

 俊輔もその笑顔に一瞬ドキッとする程だった。

 周囲にはその女性の友達らしい女性たちがいるが、特にキレイに見えた。

 聞かれた俊輔は、若干歯切れの悪い返事になった。


「この子触らせてもらって良いですか?」


「どうぞ!」


 どうやら綿のようなネグロが、大人しく御者台に座っている姿が気に入ったのかもしれない。

 きれいな女性に笑顔で聞かれたら、男性ならば断われない。

 それ故、俊輔は良い笑顔で許可をした。


「わ~……、モコモコしてる!」「ほんとだ~……」


 主人の俊輔が許可を出したので、女性たちは代わる代わるネグロをなで始めた。

 その笑顔と黄色い声を聞けて、俊輔は満足そうな表情で見つめていた。

 ただ、俊輔は気付いていなかった。


 後ろにその緩んだ表情を、鬼の表情で見つめている奥さんがいるという事に……


「ありがとう!」


「いえいえ……」


 少しの間ネグロをなでる事に満足した女性たちは、俊輔とネグロにお礼を言い、手を振って去って行った。

 俊輔は、それを鼻の下を伸ばしながら手を振り返していた。


「…………」


「っ!?」


 しかし、その手を下ろした時にようやく背後の視線に気が付いた。

 そして一気に全身から汗が噴き出してきた。


「…………随分鼻の下を伸ばしていたわね?」


 声がいつもより一段低く聞こえるのは気のせいだろうか……

 振り返る首の筋肉が鉄で出来ているように固い。


「…………き、気のせいだよ!」


 ゆっくりと振り返りようやく答えを返したが、声は上ずっていた。


「………………」


「…………と、とりあえず宿屋を探そうか?」


 今の状況で何を言っても京子の機嫌が直ると思わなかった俊輔は、宿屋を探す事で誤魔化そうと思った。

 そして、ずっと無言で見てくる京子の視線に変な汗を掻きながら宿屋を探し始めた。




「……食事に行こうか?」


 宿屋を見つけ、予約をして部屋に入った後も京子の目はいまだに冷たいままだった。

 このままではよくないので、俊輔は夕食を食べに行く事を提案した。

 こうなったら、この国自慢の料理によって機嫌を直してもらうしかない。







「…………あっ、美味しい」


 ようやく京子の表情が和らいだ。

 宿屋の女将に聞いた店は、俊輔の希望通りの結果を与えてくれた。


 北の国は半年近くの期間寒い日が続くので、食材を大切にする精神が強く、その為料理が発達したと聞いていたが、確かに出される料理はどれも美味しかった。

 特に、寒い時に体を温める事からスープ料理はとてもおいしく、京子の機嫌を直す事に一役買ってくれた。

 そのスープは、ソパ・デ・アホと言う名前で、「ソパ」はスープ、「アホ」はニンニクの事を指している。

 京子が気に入ったようだったので、実は密かに作り方を教わっておいた。

 さすがに一から十まで教わる事は出来なかったが、食べた味からある程度は理解できた。

 オリーブオイルでニンニクを軽く炒め、パンとベーコンを入れてさらに炒め、出汁を入れて塩コショウで味を調えたら火を止めて、そのあと溶き卵を入れて軽くかき混ぜたら出来上がりだ。

 恐らく入れる出汁が重要なのかもしれない。

 元々が日本人だから、そのような考えに行きついたのかもしれない。

 前世でも料理は少ししていたので、出汁の違いで大分味が変わるのは分かっていた。

 この店のスープの出汁は、多分野菜の出汁だと思う。

 前世で聞いた話だと、フランス料理とかの野菜の出汁ブイヨンは何時間も煮込む事によって出来ているらしい。

 

『あれっ? 数日だっけ?』


 大分前の事にどれくらいの時間煮込むのかは正確ではないが、結構な時間がかかる事しか覚えていない。


 料理の事は置いておいて、京子の機嫌が和らいだ今を逃す訳にはいかない。


「夕方の事は申し訳ない」


 男の威厳なんてものは、こういう時は無視をするに限る。

 潔く頭を下げられる事こそが家庭円満の秘訣だと、前世の時の友達は言っていた。

 その言葉通り、俊輔は京子に頭を下げた。


「…………仕方ない。許してあげる」


「ほんと? ……よかった」


 頭を下げたままの俊輔をしばらく見ていた京子から、ようやく許しを得ることが出来た。

 まさか、今になって前世の友達の言葉が役に立つとは思わなかった。

 俊輔は安堵の声を出して、先程よりも美味しく感じるスープを楽しんだ。


「……、ピ~……」


 一連のやり取りを俊輔の膝の上で聞いていたネグロは、尻に敷かれる主人の姿に困ったもんだとでも言いたげに、首を横に振っていた。


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