第121話
「寒くないな……」
「まだ夏だからね……」
北の国は豪雪、極寒の地ではあるが、一年中寒いわけではない。
今の季節は夏、念の為買っておいた防寒具が無駄に終わった感じである。
前世の地球とは違い、年中寒い可能性を考えていた俊輔だったが地球同様の季節感だった。
夏とは言っても北国なので、暑いという感じはないので過ごしやすいかもしれない。
「もっと北部に行ったら1年中寒いわよ」
最初に見つけた宿屋に入り、宿泊の手続きをしていたところ、そこの受付をしていたおばちゃんに教えてもらえた。
「日向人のお客さんは珍しいね~」
島国で少し閉鎖的な日向人は、大陸に出て行く人間は少ないので、西に行くほど珍しがられる。
大陸の人間は、一番茶髪の人間が多い。
真っ黒な髪色をしている日向人は、珍しさから興味を惹かれるのか親切にしてくれる人が多い。
「おっ!? 見てみろ日向人だぜ!」
「本当だ!」
早々に観光を楽しみたいところだが、冒険者ランクの上げるために、この町のグレミオへと足を運んだ。
ネグロは、アスルと一緒に遊びという名の格闘訓練を、宿屋の隣に併設された放牧場で行うらしく、置いて来た。
扉を開けてグレミオ内に入ると、酒場のスペースで飲んでいた数人が俊輔たちに反応した。
「おい! そこの姉ちゃん! 俺達と飲んでかないか?」
『なんてベタな……』
酒が入っているとはいえ、京子を見る目に不快感を感じていた俊輔だったが、予想通りの誘い文句と行動に、心の中でうんざりしていた。
「そうそう! そこのガキんちょなんか放って置いてよ!」
「ガキんちょって……」
この世界では、どこの国でも共通して15歳で成人認定される。
堀の深い大陸の人間からしたら、日向の人間は年齢よりも若く見えるという事を聞いた事があるが、どこの町にも俊輔と同じくらいの若さの見た目の大人は存在していた。
それなのにもかかわらず、この酔っ払いから出た言葉に、思わずツッコミを入れてしまった。
「おい、おい! 無視すんなって!」
『あ~ぁ……、やめとけばいいのに……』
無視して受付に向かおうとした京子の進路の前に、その酔っ払いが二人が立ち塞がった。
その瞬間、京子の両手が拳を握っていたことを俊輔は見逃さなかった。
「邪魔!!」
“バキッ!!”
“ゴシャッ!!”
「ふべら!?」
「あべし!?」
今回は手早く済ませたかったのか、京子は一人一発殴り飛ばしてグレミオ内の人間たちを黙らせたのだった。
『おぉ! まさかこちらであの有名なやられ台詞を聞けるとは思わなかった!』
皆が黙り込む中、俊輔は別の事を考えていた。
世紀末のヒャハーな人たちが浮かんできそうなやられ台詞に、ちょっぴりテンションが上がっていた。
「あの~?」
俊輔たちは気を取り直して受付に向かい、先程の惨劇を見て京子に怯え気味の女性に話しかけた。
「は、はい!」
話しかけられた女性は、思っていた通り若干硬い反応で返事をした。
「ちょっとここのマエストロに会いたいんだけど、いつなら都合つきますか?」
その硬直を少しでもほぐそうと、俊輔はなるべく笑顔で、丁寧な言葉を使ってアポを取ろうとした。
受付女性は、その笑顔に微かに頬を染めた感じになったが、それに反応するように京子から邪悪なオーラが立ち上がったような気がして、また硬い表情に戻った。
「しょ、少々お待ちください。タルヘタの提示をお願いします」
受付の女性が仕事へ意識を戻したところ、京子から感じていたオーラが消えていたので、冷静になって身分証明に冒険者カードの提示を求めた。
「はい」
俊輔は言われた通りに、Sランクと表示されたタルヘタを女性に手渡した。
「っ!? すぐに確認してきます! 少々お待ちください!」
受け取った女性は、表示されていたランクを見て驚き、慌てて席を外していった。
驚いても騒ぐ事無く対応した事に、俊輔と京子は職員の質の高さに感心しつつ、女性が戻ってくるのを待った。
「お待たせいたしました!」
それほど時間が経過する事無く、先程の女性が戻って来た。
「すぐにお会いになるそうです。こちらへどうぞ!」
ここのマエストロに尋ねてきたのだろう。
女性は、丁寧な態度で俊輔たちを関係者ルームへ招いた。
どうやらマエストロの所へ案内してくれるのだろう。
「どんな人かな?」
女性の案内に従って通路を通っていく道すがら、京子は俊輔に小声で尋ねた。
「そうだな……」
これまで会ったマエストロは、癖が強い人間だった割合が多い。
その事から、今回はどんな人物が現れるのかと俊輔も思っていたので、京子も同じようなことを考えていたことに苦笑しながら言葉を返した。
“こんっ! こんっ!”
「失礼します!」
女性がノックをして扉を開け、中へ入るように手で合図を行った。
俊輔と京子は、ここまでの案内に軽く頭を下げて、マエストロの部屋の中に入って行った。
「失礼します」「お邪魔します」
室内に入り、椅子に腰かけ書類を読んでいた人物に声をかけると、その人物は書類を机に置いて椅子を降り、俊輔たちに近付いて行った。
「私がここのマエストロのエルバなのじゃ!」
マエストロの姿と言葉を聞いて……
『のじゃロリだとーー!!?』
俊輔は心の中で驚愕のセリフを叫んでいた。




