第7話 現実的な閃き
ハンス少尉に計画の全容を聞いた勝流は、一旦その場を離れた。
史実より一年以上も早く形になったⅡ号15cm自走重歩兵砲。
これだけでも驚きだが、どう扱うべきなのか、冷静に考える必要があった。
(これは……完全に歴史がズレている)
歴史の変化を、勝流は安易に歓迎できなかった。
国家の命運はともかく、兵器の歴史が改変されれば、下手をすればヴァッフェントレーガーの存在すら失われかねない。
それは、この時代に来たときに決めた目標。
ギュンター・アルデルトとその開発車輛の真相をその目で確かめるという目標を、根底から覆すことになる。
(冷静になれ。焦っても良い結果など出ない)
勝流は情報を整理するために、史実のⅡ号15cm自走重歩兵砲を思い出した。
ハンス少尉が考えた設計と比較するためである。
Ⅱ号15cm自走重歩兵砲。
Ⅱ号戦車の車体を60cm、幅を32cm延長し、15cm sIG33を搭載した車輛だ。
前型のⅠ号15cm自走重歩兵砲と同じく、砲の分離を前提とし、砲脚をそのまま載せている。
前型からの改良もある。
Ⅰ号は全高2.7mという背高のシルエットで、弾薬も5発前後しか積めず、乗員は身動きすら苦しい有様だった。
今回の設計は全高を1.98mに抑え、弾薬も10発搭載可能、さらに車体延長で作業スペースにも余裕が生まれている。
エンジンも本来のⅡ号戦車のものから、より強力なものへ換装され、最大速度は45km。
自走砲としては十分な機動力を持っていた。
さらに、北アフリカの戦場を想定していたことから、冷却機構や砂塵対策も施されている。
もっとも、この完成形に至るまでには幾度も設計変更が重ねられ、ようやく量産が始まったのは設計開始から1年と11か月後、1941年末のことだった。
これほどの時間と労力を費やしながらも、生産されたのはわずか12輌に過ぎなかった。
そして、それ以降この車輛が再び生産されることは二度となかった。
(史実では一度きりの少数生産止まり……歴史そのものが、この車輛の評価を証明しているじゃないか!)
ここで、ハンス少尉の案と史実の車輛の違いが浮かび上がった。
彼の構想はヨーロッパでの運用を前提としており、北アフリカで求められる冷却機構など、そもそも考慮されていなかった。
無理もない。
現時点では、北アフリカの戦いすら始まっていないのだから。
勝流の求める自走砲は、簡易で量産性が高く、必要十分な性能を持つものだ。
Ⅰ号型では、弾薬不足、居住性の悪さ、部品の耐久性不足と問題だらけ。
Ⅱ号型で多少改善できても、砲の分離運用という発想そのものが足を引っ張っていた。
(実戦で砲を降ろし、別車体に載せ替える余裕なんてあるか?後方での故障ならまだしも……)
フランスでの前線派遣の経験がここで活きる。
実際の戦場を体感したからこそ、机上の設計がどれだけ現場の現実から乖離しているかを、具体的に想像できた。
(ましてや被弾して動かなくなるということは、敵から何かしらの攻撃を受けたということだし……)
しかし、Ⅱ号15cm自走重歩兵砲の思想や設計そのものは悪くない。
せっかく形になった計画を、まるごと葬ってしまうのは惜しい。
(わざわざ車体を延長するんだ。15cm sIG33にこだわらず、別の砲を載せた方がいいのかもしれない……)
もっと有用で、もっと現実的で、実際の戦場でこそ役立つものに。
そう考えると、胸の奥がざわついた。
「……駄目だな、すぐに良案は浮かびそうもない」
気分転換に外へ向かった。
トボトボと廊下を歩いていると、第6課の部屋から激しい言い争いが聞こえてきた。
「……運搬車が必要なんだ!前線部隊から要望が山ほど来てる!」
「既存の車輛で十分だ!そもそも!前線の要望を全部聞いてたら生産計画が破綻するぞ!」
「補給が詰まれば前線は動けない!銃や砲があっても弾薬がなければ戦えない!」
「じゃあどこにそんな都合のいい車輛があるってんだ!あぁ!?既存車輛の生産ですら手一杯なんだぞ!」
「それは……Ⅱ号を改造するとか、Ⅰ号を流用するとか!とにかく、足の速い装甲部隊に必要なんだ!補給拠点からの運搬を待つのは時間が掛かり過ぎる!」
(……そうか!その手があったか!!)
勝流の脳裏に閃きが走った。
Ⅱ号15cm自走重歩兵砲の延長車体は、居住性に余裕があり、弾薬もそれなりに積める。
砲を外し、弾薬運搬車として仕立てれば、前線部隊に随伴できる。
「どうしたアルデルト、散歩か?」
振り返ると、エアハルト先輩が立っていた。
「エアハルト先輩!ちょうどいいところに。少し相談が……」
「あぁ、今は大丈夫だ。だが、場所を変えよう」
二人は人目のない空き部屋に移動し、勝流は構想を打ち明けた。
ハンス少尉のⅡ号15cm自走重歩兵砲をベースに、弾薬運搬車を並行して開発する。
Ⅱ号15cm自走重歩兵砲はクラウス課長の命令として自分が推進し、運搬型はハンス少尉の案として立てれば、反対は出にくい。
エアハルトは少し考え、苦笑した。
「……筋は通ってる。だが、ハンス少尉がどう思うかだな」
「そこは私が説得します。エアハルト先輩も後押しをお願いします」
「仕方ない。後輩の頼みだ、乗ってやろう」
「ありがとうございます!」
「しかしなぁ……一応聞くが。あるのか、Ⅱ号15cm自走重歩兵砲の案は」
「はい。既にイメージは湧いています」
勝流は、新たな計画に舵を切った。
Ⅱ号15cm自走重歩兵砲は、単なる火力支援車輛としてではなく、補給という役割をも背負うことになる。
もっとも、勝流の胸中にはもう一つの思惑があった。
(もし必要とあらば、再び砲を搭載することも可能ではないだろうか?)
次回の投稿は、作者が短い夏休みに入ったため近日中を予定しています。
(夏休みだぜやったぜ)
ほんの少しだけ、作者の我を出してみました。
Ⅱ号15cm自走重歩兵砲は現存車輛がなく、当時の映像も確認できませんでした。
どこかに残っているのでは?と思うのですが、少なくとも私には探し当てられませんでした。
もしご存じの方がいたら、ぜひ教えてください。
その代わりに、残された多数の写真や、唯一動く姿を疑似的に見られる幾つかのゲームを頼りに、イメージを膨らませるしかありませんでした。
そして、Ⅱ号15cm自走重歩兵砲を弾薬補給車にするという構想は、実は以前から考えていたものです。
あの車体のフォルムを見た時、ピンッと思いついたのです、
所詮はド素人の思いつきですが、当時のドイツ軍の戦場を考慮すると「案外いけるんじゃないか」と結論付けました。
もちろん、これは小説としての創作です。
どうか、そのあたりはご容赦いただければ幸いです。




