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第27話 一瞬の出来事

1945年4月23日 午前3時。


ドイツ軍の要塞線。


「こちらゼーロウ高地、定時報告。異常なし」


4か月前に徴兵された、若い青年兵が報告を終えた。


「敵、来るかな」


心配そうに言うのは、2か月前に徴兵された少年兵である。


「さぁな……来ないなら、それが一番なんだが……」


「そもそも、なんで撤退したのさ。せっかく陣地を作ったのに」


「分からん。俺たちみたいな下っ端は、考えるだけ無駄さ」


その瞬間、爆音が地面を揺るがした。


「なに!?」


「来やがった!みんな伏せろ!!」


砲弾の雨が降ってくる。

そう思い、少年兵は塹壕に深く伏せた。


ところが……


「あれ、僕たちのところじゃない?」


「あんなに砲撃してるのに……待てよ、そういうことか!」


この時、ゼーロウの要塞線を指揮するハインリーチ上級大将は、とある戦術をとっていた。


その戦術は「移動防御」である。


敵の攻撃が開始する時間、その前に第一線を放棄し、部隊を第二線へと撤退させる。

これにより、敵の砲撃を空の第一線へ差し向けさせ、自軍の損害を最小限に抑える。

そして温存した兵力をもって、第二線で迎え撃つ、というもの。


言葉で説明するのは簡単だが、その実施は極めて難しい。


第一線からの撤退が早すぎれば、敵に察知され、せっかくの陣地を「明け渡す」だけに終わる。

逆に遅すぎれば、第二線へ撤退中の部隊が、もろに攻撃を食らってしまう。


つまり、撤退させるタイミング、そして攻撃開始の時間。

この2点を正確に予想する必要がある。


ハインリーチ上級大将は、執拗に続くソ連軍の偵察、そして鋭い観察眼とこれまでの経験をもって、

見事に予想してみせた。


この時、ソ連軍が空の第一線へ叩き込んだ砲弾数は、おおよそ「123万発」と言われている。

この砲撃を避けれなかった場合、第一線に展開していた兵力は、全滅に近い大損害を被ったであろう。


しかし、この大砲撃を躱すことに成功したとはいえ、地上軍の攻撃が止まるわけではない。


「ベルリンへ!!」


号令とともに、ゼーロウ高地の要塞線に対し、ソ連軍は洪水のような勢いで猛攻撃を開始した。


「ゼーロウ高地!現状を報告せよ!」


「敵主力はゼーロウにあり!各陣地、攻撃を開始!開始せよ!!」


「戦車を優先して狙え!突破を阻止しろ!」


「北からも大軍が!かなりの数だ!」


「かなりじゃ分からん!」


戦闘開始から数時間、クンマースドルフ戦車大隊に早くも移動命令が下る。

ゼーロウ高地南部にもソ連軍の攻撃が始まったため、防衛戦に参加せよとの命令だった。


勝流の乗るグリレ21は足が遅く、最前線への到着には時間を要した。

その間にも、無線機からは兵士たちの悲鳴にも似た声が飛び交う。


「もうだめだ!陣地を維持できない!」


「我が隊、戦力無し!これ以上の抵抗は不可能だ!増援を!」


「弾薬がない!誰か!誰か弾をくれ!」


アルデルト・ヴァッフェントレーガーの残存車輌、そのほとんどが投入されており、各地でキルゾーンを形成、効果的な攻撃を続けていた。


しかし、多勢に無勢。

オープントップのヴァッフェントレーガーは、一度待ち伏せ位置が見つかってしまうと、爆撃や砲撃の集中攻撃で次々と撃破されていった。


「装填急げ!……おい、装填!どうした!」


「少佐、残念ですがもう弾薬切れです。徹甲弾、榴弾ともに空です」


大戦初期から自走砲部隊を率いてきたヘッセ少佐は、いよいよ最後の時を覚悟する。


(チッ……Ⅱ号の時は助かったが、今度こそだめか……)


自車のアルデルト・ヴァッフェントレーガーが撃ち抜かれる、その瞬間だった。


超後方、遥か遠距離から一発の砲弾が飛来し、迫りくるスターリン戦車を一撃で葬り去った。


「……あっ、当たった!命中した!次弾装填!」


勝流の号令に、乗員たちが即座に応じる。


「敵歩兵、正面!ネーベルヴェルファー発射!」


「単発での発射ですか!」


「単発だ!左から右に、なぞるように撃て!」


ネーベルヴェルファーの掃射と機関砲の火線が重なり、ソ連兵の足は完全に止まった。

グリレ21の巨体を視認した攻撃機が上空から襲いかかるが、その厚い装甲はびくともしない。


撃ち続け、押し返し、さらに撃つ。


「なんだぁ!?あのデカい奴!」


「ここは手薄のはずじゃあ……」


「一度後退し、隊形を立て直す!」


グリレ21は、戦況を一時的とはいえねじ伏せた。

間一髪のところで、防衛線の崩壊を食い止めたのである。


わずかな時間を得た勝流やハンス、かつての技術者たちは、その場で修理作業に取りかかった。

撃破された車輛から、可能な限り砲や部品を回収していく。


クンマースドルフ戦車大隊の指揮官、マルティン大佐が檄を飛ばす。


「いいか!1輌でも多く整備!修理するんだ!敵はすぐに戻ってくる!」


戦いは、いつまでも続くように思えた。

だが、約6年間続いた第二次世界大戦の中で、個々の戦場で起きた出来事はいずれも、ほんの一瞬の出来事にすぎないのである。


ゼーロウ高地も、その例外ではなかった。


戦いは、2日目へと突入した。

ソ連軍は初日での突破を目論んでいたが、ドイツ軍の予想以上の抵抗によって、その計画は遅延を余儀なくされる。


しかし、現実の戦争は容赦がない。

防衛するドイツ軍は、徐々に、確実にすり減らされていく。


「弾薬がもうない……ゼーロウは、もう維持できないぞ!!」


戦いは1日中続き、やがて決定的な瞬間が訪れた。


24日の深夜のことだった。


「アルデルト中尉、休憩してください。交代します」


ハンス中尉が心配そうに声をかける。


「大丈夫……無線、入ってますよ」


全員が無線に耳を傾けた。


「……繰り返す……ゼーロ……陥……ゼーロウは陥落した!繰り返す!」


この報を聞いた乗員たちは、一様に青ざめた。

熟練の砲手は、がっくりと肩を落とす。


装填手が口惜しそうに叫ぶ。


「何をやってるんだ……我々は!未だ持ち堪えているぞ!!」


車内に沈黙の時が流れる。


勝流は悟った。


(作戦の継続は不可能になった……この戦いに、もはや意味など)


立て続けに、クンマースドルフ戦車大隊司令部から命令が入る。


「ゼーロウは陥落した!しかし、未だ生きている友軍がいる!その友軍は後方に下がるか、我々の守るこの陣地まで、撤退しなくてはならない!」


ゼーロウから脱出を試みる一部の部隊は、クンマースドルフ戦車大隊の守る道を通過する。

誰もが降伏だけは避けたいと願い、わずかな望みに縋っていた。

本音を言えば、ソ連軍への降伏だけはどうしても避けたい。

ただ、その一心であった。


さらに、意図的に南部へ退いてくる部隊が現れる可能性もあった。

もし彼らがそのまま後方まで下がれば、その先はベルリンへ向かうことになる。

そうなれば最後、それが本当に最後である。


「友軍がゼーロウ高地から脱出するまで、我々はこの陣地を死守する!」


勝流たちは、最後の友軍が抜け切るまで戦い続けた。

ハンス中尉も、終始その傍らにいた。


次々に仲間が倒れ、兵器が消えていく。

やがて最後のⅣ号戦車が脱出した、との報告が入った。


その後、クンマーク装甲擲弾兵師団を含むゼーロウ高地南部のドイツ軍は、数日間にわたってソ連軍の攻撃を撃退し続けたものの、結果として完全包囲を許すことになる。


勝流もまた、その包囲網の中に取り残された一人だった。


それでも包囲されたドイツ軍は降伏を選ばず、西へ向けて包囲突破を試みる決断を下す。


そこで問題が生じた。


グリレ21は防衛戦を行うには十分すぎる性能を持っていたが、一目散に逃げるとなると、致命的なほど足が遅かった。

鈍重な巨躯は、退却にはまったく向いていない。


勝流は決断を下した。


「爆破処分しよう」


「……本当にいいのでしょうか」


ハンス中尉は、口惜しそうに顔を歪めた。

これほどの兵器の最後が「爆破処分」という結末でよいのか、どうしても納得がいかないのである。


「我々が生きています。むしろ、生きねば」


爆破は実行された。

車体は破壊されたが、近くまで行って見れば、その造りや装甲の厚みはまだ分かる。

まるで、最後に残された古い遺物のように。


生き残った者たちは、西を目指して歩き出した。

グリレ21の残骸は、静かに戦場の瓦礫の中に沈んでいった。

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見える…見えるぞ…! ア・バオア・クーが! 第3話「雷鳴に魂は還る」が!
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