第26話 感度かすかに
無情なほどに、時は過ぎていく。
勝流は、自ら設計した自走砲を信じ続けた。
だが、戦場は冷酷だった。
勝流が設計し、現場で磨き上げられた自走砲は、少しずつその数を減らしていく。
多くは燃え、粉砕され、爆破され、あるいは行方知れずとなった。
Ⅰ号、そしてⅡ号15cm自走重歩兵砲を運用する部隊が、1輌の例外もなく全滅したとの報が届いたとき、勝流は「絶滅戦争」という言葉の重みを、あらためて噛みしめることになった。
それでも、アルデルト・ヴァッフェントレーガーは、前線の将兵から確かな信頼を勝ち得ていた。
他の対戦車自走砲と同じく、前線で頼りになる存在として、確実にその役目を果たしていたのである。
何しろ、他の対戦車自走砲にはない「全周旋回」という圧倒的な攻撃範囲、そして整備性の高さから生まれる高い稼働率。
さらに、低コストで数を揃えやすいという点も相まって、極めて高い評価を受けていた。
特に高い評価を受けたのは、東部戦線の要衝オルシャに配置された特別編制の「第78突撃師団」である。
同師団の熟練の兵士たちからは、「ナースホルンより使い勝手が良い」との報告が上がった。
戦果報告には、4両編成のアルデルト・ヴァッフェントレーガーがキルゾーンを形成し、50両以上のT-34を撃破したというものも。
その運用方法は、実に効果的だった。
全周旋回という利点を最大限に活かすため、砲は後方あるいは側面へ向けて待機させ、車体の向きだけはあらかじめ撤退方向へ向けておく。
これにより、敵に発見される前に素早い陣地転換や後退が可能となった。
仮に反撃されても、この戦術ならすぐに後退できたのである。
8.8cm PaK43を搭載した兵器で、こうした機敏な戦術を実行できたのは、意外なことにアルデルト・ヴァッフェントレーガーだけである。
しかし、ドイツの運命はそう簡単に変わらない。
時には反撃を実施し、局所的な成功を何度も収めはしたが、それが大局に影響することは少なかった。
全ての戦線で押され続け、ついにはソ連軍がドイツの首都ベルリンを捉えるに至ったのである。
1945年4月下旬。
ベルリンから東へ約65kmの地点、ゼーロウ高地を中心として、ドイツ軍最後の防衛線が築かれた。
ドイツはあらゆる物資と兵器をかき集めた。
稼働可能であればどの車輌でも良しとされ、クンマースドルフに残る試験車輛までもが前線へと駆り出される。
勝流の設計した自走砲の生き残りも、その例外ではなかった。
兵器局の人員は整理され、手の空いた技術者、もしくはその部下たちは次々に部隊へ編入されていく。
勝流もその一人だった。
クンマースドルフ試験隊は「クンマースドルフ戦車大隊」となり、その一員として前線へ赴くことになったのである。
逼迫した状況下、勝流はクンマースドルフ試験場の片隅で静かに待機していた。
吹き抜ける風の音だけが耳に残り、思考は現実に追いつかない。
まるで時間だけが先へ進み、自分だけが取り残されたかのような、軽い放心の中にいた。
(なりふり構わずか……兵器も、そして……俺たちも)
「ここにいたんですね、アルデルト中尉」
「……あぁ、ハンス中尉」
「1輌厄介な重戦車がいて、整備を手伝ってほしいのですが」
「分かりました……あの、ハンス中尉」
「なんでしょうか」
「このまま戦場へ行けば、私は……多分死ぬことになるでしょうね」
勝流のこの発言に、ハンス中尉は少し怒ったような顔をした。
「それは分かりません。ただ一つ言えるのは、我々は生きねばなりません。でなければ、天国のクラウス課長が怒りますよ」
「……なぜ?」
「使命があるはずです。この戦いが終わったら、為すべきことがきっとある……クラウス課長はそう言っていました」
ハンス中尉に催促されながら、厄介な重戦車のもとへ向かう勝流。
道中で目にする車輛は、まさに珍獣博物館。
試験をパスできなかった試作車輛や、修復するついでに魔改造を施した車輛まで、なんでもござれである。
(この兵器達と俺は、大した違いはないのだろう……ん?なんだ、あのでかいの)
勝流の視線は、試験場の入口からゆっくりと搬入されてくる、巨大な布に覆われた「何か」に吸い寄せられた。
その「何か」の周囲には、ラインメタル、アルケット、ヘンシェルといった名門企業の技術者たちが列をなしていた。
そして、その先頭に立っていたのは、思いもしなかった「アルデルト社」の面々だった。
代表のロベルトが合図を送り、彼らは巨大な「何か」を覆う布をゆっくりと剥ぎ取った。
次第に露わになっていく、その圧倒的な姿。
そこに立っていたのは……
「ロベルト代表、これは一体!」
「アルデルト中尉!丁度よかった、ご紹介します。ゲレート810、改め、G.W.ティーガー グリレ21です!」
「……これは……完成していたんですか!?」
「我々からの特別な贈り物です。危ない橋をいくつも渡りましたがね。特に車体の調達は……とにかく、その辺りは秘密ということで。それと、武装もいくつか追加してあります。仕様にはない武装ですが……この際です、載せておきました」
見た目はヤークトティーガーに近い。
しかし、車体長は10mを超えており、脅威の約13mに達していた。
グリレ21の武装は、まさに驚異的だった。
長砲身化された21cmカノン砲は、従来の21cm Mrs18よりもさらに長射程で、増量された炸薬を詰めた榴弾は凄まじい破壊力を誇る。
徹甲榴弾に至っては、如何なる敵戦車、装甲車輛にも致命的な打撃を与える。
当初のゲレート810の仕様通り、砲塔は全周旋回が可能である。
また、高い仰角を取ることができるため、野戦砲としての間接射撃も可能だった。
仕様には無い副武装として、天板には20mm MG151機関砲が1門、さらに30mm MK103機関砲が1門。
いずれも対地、対空両用で併用できる。
砲塔正面と車長キューポラにはMG42が装備され、歩兵対策として機能する。
加えて、煙幕投射機が砲塔前部側面に外付けされている。
そして、勝流が一番驚いた武装があった。
天板後部右側に外付けされていたのは、10連装15cmネーベルヴェルファー42である。
ロベルト代表曰く、本来はさらに威力の高いネーベルヴェルファーを搭載する予定だったが、調達がかなわず、やむなく15cm型に落ち着いたらしい。
最高速度は約25km/h。
前面装甲はヤークトティーガーと同等の250mm、側面装甲も100〜150mmが確保されていた。
ただし、車体後部の装甲は比較的薄く、そこは本車輛最大の弱点でもあった。
T-34-85の砲弾でも貫徹されてしまうほどである。
「凄い武装ですね……というか、私に贈る?」
「えぇ……この車輛、アルデルト中尉に乗っていただきたい! これは、我々技術者からの願いです」
「私が!?そんな無茶な……」
この化け物じみた重自走砲を、グリレ21の開発陣は勝流に託したのである。
自分たちの、そして今は亡き、クラウス課長の意思と共に。
兵士となった勝流に、乗る以外の選択肢は無かった。
(何故自分が……なんて、今更思わない。設計したのは自分だから……何より、今の自分は一介の兵士だから)
「アルデルト中尉、私もお供します!」
「ハンス中尉はだめです、付き合うことはありません!ハンス中尉は後方要員として」
「私の意思なのです、アルデルト中尉。どうか行かせてください」
「……分かりました。無線をお願いします」
結果として、グリレ21には勝流とハンス、そして他5名の兵士が搭乗することになった。
クンマースドルフ戦車大隊の兵員は雑多だった。
民間からの徴集兵もいれば、技術者、熟練兵も混じっている。
勝流の分隊は、クンマーク装甲擲弾兵師団の一員として、ゼーロウ高地の予備兵力に組み込まれた。
戦況は圧倒的にドイツ軍不利であり、彼我の戦力差というと、文字通り桁違いだった。
勝流の胸中で、震えと共に、ある種の覚悟が形を成していく。
死への恐怖は、もちろんあった。
だが、それ以上に、今の勝流には別の思いがあった。
(私と同じように、この部隊には、兵士となった技術者が他にもいるはずだ……伝わってくれるといいが)
しばらく考え込んだのち、勝流は無線機に手を伸ばした。
「私は今日、兵器を開発する技術者ではなく、戦う兵士としてここに来ました。正直に言えば、死にたくない……」
無線越しに、勝流は続ける。
「しかし、この車長席に座り、本当に分かった気がします。
兵士たちが、命を預ける兵器を、私が作るということ。
その兵士たちが、信じた兵器で戦うということ。
兵士たちが、魂を乗せた器、その最後までを見届けるということ。
たとえ、それがどのような兵器であっても、記憶と記録を、後世に残したい……!
だから……未来にそれが繋がって!!
兵士たちが、我々が信じた、たった一つの道を……」
終わりの時は近い。
出てきたゲレート810は架空兵器で、私の妄想です。
ただ「出てきたゲレート810」は間違いなく私の妄想ですが、「史実のゲレート809/810」は本当に存在します。
ここに補足説明を載せたいところですが、この後書きはそれを書くには狭すぎる。
※書いた結果、平気で1話分くらいの長さになりそうだっため。




