第25話 アルデルト・ヴァッフェントレーガー
新型自走砲の開発は、早くに進んだ。
設計完了までに要した時間は、わずか一週間にも満たない。
むしろ、試作車輛を1輌仕上げるほうが時間を食ったほどだった。
完成した試作車輛は、そのままクンマースドルフ試験場へと送られた。
試験日、朝靄の中に佇む試作車輛を見た勝流は、思わず息を呑んでしまう。
「これが……アルデルト・ヴァッフェントレーガー」
目の前の車輛は、まさしく勝流が思い描いた「理想の形」そのものだった。
勝流、そしてアルデルトの考えた「ヴァッフェントレーガー」である。
装甲は最低限。
余計な装飾もなく、ただ砲を載せるためだけに特化した車体。
砲に履帯を履かせただけ、のような車輛。
機能美、それ以外の何物でもない。
↓改造後
「単純明快、そして必要十分……これが、俺の答えだ」
ここに至るまで、どれほどの試行錯誤を繰り返してきただろう。
Ⅰ号、Ⅱ号、マルダー、ホイシュレッケ、ナースホルン……
そのすべてが、この一輌の礎となっていた。
アルデルトの名が冠されたこの車輛は、設計思想からして他の自走砲と一線を画していた。
本質は簡素化と柔軟性にある。
主砲は 8.8cm PaK43 を搭載する。
この砲は全周旋回が可能で、あらゆる方向に攻撃ができる。
弾薬は20発を搭載する。
8.8cm PaK43の砲弾は大型なため、所要弾数を確保するための弾薬庫配置には苦労した。
車体はⅢ号突撃砲を流用しているため、信頼性は高い。
主な改造点としては、機関室が車体中央へ移されている。
装甲は主に主砲周りの防盾と車体装甲のみで、あくまで破片防御に留まる。
元となったⅢ号突撃砲から、さらに装甲を削っているため、敵の主力戦車の砲撃にはとても耐えられない。
重量は約16トン。
最高速度は舗装路で40km/h、不整地で25km/h前後。
生産コストは、Ⅳ号戦車の半分以下に抑えた。
無駄を削ぎ落とし、現実と理想の均衡を取った結果である。
試験は快晴の中で行われた。
風は穏やかで、遠くの松林が微かにざわめいている。
採用の可否、そしてアルデルトの今後を握る総統の面々が、静かに見守っていた。
試験の進行役は、エアハルト課長が担当した。
「砲撃試験始め!」
車輛は指定位置に据えられ、8.8cm砲の砲口がゆっくりと、仮想標的であるT-34へと向いた。
「標的までの距離、1000メートル!」
測定員の声が響く。
勝流は息を整え、耳を澄ませた。
「装填よし!」
「安全確認、完了!」
「Feuer!」
衝撃波が砂塵を巻き上げ、遠くの計測柱を震わせた。
反動は想定よりも小さい。砲架は耐え、車体も安定している。
「よし……成功だ!」
勝流は拳を握りしめた。
測定員の報告が続く。
「命中、弾着良好!」
「照準再調整、再装填急げ!」
続く第2射も同様に命中。
3発目の発射音が遠くに消えるころ、試験場全体が静まり返った。
一瞬の沈黙の後、第4課のメンバーから拍手と歓声が上がる。
「アルデルト中尉!やりましたな!」
「これほどの安定性とは……!」
勝流はただ、静かに頷いた。
「続いて走行試験!始め!」
舗装路では、期待した通り最高40kmを発揮した。
不整地でも酷すぎる訳ではないので、概ね想定内である。
全ての試験項目を終えて、早速総評に入った。
ヒトラー総統から採用の可否が伝えられる時間である。
「今回の試験、ご苦労であった。早速だが……このアルデルト・ヴァッフェントレーガーは採用とする!すぐさま量産へ移行せよ!」
一番に驚いていたのはヒトラーの側近達であった。
何しろ、ついこの間自走砲計画の停止を命令していたため、この計画も停止にするだろうと思っていたからである。
ヒトラーは勝流に歩み寄り、思いを伝えた。
「アルデルト中尉、開発ご苦労であった」
「総統閣下のご期待に応えられたようで、嬉しい気持ちで一杯です」
「この自走砲は我が軍随一の兵器となるだろう。まさに、今必要とされている兵器そのものだ」
「そのお言葉だけでも、今までの苦労が報われた気分です」
「うむ……正直に白状すると、私は計画の停止を言い渡すつもりだったのだ。しかし、今回の試験を通して確信した。アルデルト中尉、やはり君の作る自走砲は素晴らしい」
ヒトラーと勝流は握手を交わした。
熱く、力強い握手であった。




