第24話 最良の自走砲
数日後、勝流は総統官邸へ向かった。
急な面会依頼にも関わらず、時間を設けてもらえた。
総統は、まさかのアルデルトから、と思ったのであろう。
自走砲開発で成果を挙げていることも、面会許可へと繋がったのかもしれない。
執務室に通され、勝流は総統の眼を正面から見据えた。
室内は重々しく、空気は鋭かった。
勝流は一呼吸置いてから、低く、しかし真摯に語り出した。
「総統閣下、ご提案がございます。ナースホルンより、もっと安く、もっと手軽で、なおかつ実戦で有効な自走砲。その開発の許可をいただきたいのです」
総統はしばらく沈黙した。側近たちも息を呑む。
「……私は自走砲開発の中止を命じたはずだが?」
鋭い言葉だった。しかし、それでも勝流は目を伏せず、臆せず、声を強めた。
「私の全てを注いで作ります。そのため、使用車体の選定など細部をお任せいただきたいのです。無茶な要求であることは承知しています! しかし、私の信念を懸けて、必ずや結果を出します!お願いします!!」
勝流は深々と頭を下げた。
沈黙の後、総統はゆっくりと頷いた。
「……頭を上げてくれ、アルデルト中尉……分かった、やってみてくれ。中尉は信頼のおける技術者だ。期待している」
「ありがとうございます!」
「だが、一度だけだ。一度だけの試験だ。その試験で良好な成績を収められなかった場合は、直ちに自走砲の開発は終了とする。そして、アルデルト中尉にはしばらくの間、謹慎処分を科す」
「……承知いたしました」
「そしてもう一つだけ。何故私が許可を出したのか……それはアルデルト中尉の提案だからだ。でなければ許可を出さなかっただろう。その点、特に覚えておいてくれ」
勝流が執務室を出る足取りは軽かった。
許可を出してくれた。
今の勝流にとって、その事実だけで十分であった。
すぐにデスクに向かい、白紙に鉛筆を走らせた。
時間は限られている。
ゲレート809/810計画の存在を忘れてはいけない。
最短で、最適解を導き出す。
「強力な対戦車砲を搭載し、敵戦車を撃破、味方の支援を行う。それでいて低コスト。数も揃えられる理想的な支援車輛、自走砲」
呟きながら、勝流は思わず笑みをこぼした。
「単純明快、極めてシンプルな車輛、必要な物だけを。アルデルトの思想まんまだな」
今までを思い返す。
彼の頭に、これまでの開発の数々が浮かぶ。
Ⅰ号15cm自走重歩兵砲で、自走砲そのものの有用性を知った。
Ⅱ号15cm自走重歩兵砲で、砲の分離を捨て、合理性を取る判断を学んだ。
マルダーシリーズで、対戦車自走砲に必要な条件を理解した。
ホイシュレッケで、理想と現実の壁を、痛いほど思い知った。
ナースホルンで、今回の開発へと踏み切れた。
「全部、必要なことだったんだな……」
そう呟くと、クラウス課長の言葉が心の奥で蘇る。
「我々が今すべきことは、記録を後世に繋げることだ」
(そうだ……すべては、クラウス課長の意志の続きにある。そして今、それらを踏まえて)
勝流なりの「理想の自走砲」を形にしようとしていた。
理想とする自走砲。
勝流はメモ帳を開き、項目を書き出していった。
すべての線は、無駄を排し、目的へ直行する。
まずは、安価であること。
IV号戦車よりも安く、III号突撃砲と同等、もしくはそれ以下の価格帯であること。
主砲は8.8cm PaK43を基準とする。
機動性は舗装路で35km/h、不整地でも20〜25km/h。
前線の支援に即応できる走行性能を確保。
防御性は度外視。
最低限、小銃擲弾を防げればよい。
戦車砲を防ぐ装甲は不要。射程距離と戦術で補う。
そして使用車体。
新規開発は論外。時間も金も惜しい。
既存生産ラインの流用が前提。
そして肝心のデザインは、できるだけ低身長であることが望ましい。
「III号戦車……これだ」
初期から中盤にかけて、ドイツ軍の主力として戦ったⅢ号戦車。
だが今では、時代に取り残され、生産数は多くない。
むしろ、Ⅲ号戦車の車体を使用した、Ⅲ号突撃砲が優先して生産されていた。
「Ⅲ号戦車は生産が止まるだろうから……Ⅲ号突撃砲の車体を流用して、上に新しい戦闘室を組み立てる」
それならば量産体制も維持でき、コストも抑えられる。
そして、要求する性能を十分に満たせる。
Ⅲ号戦車は既に生産数が減らされつつある。
残る道は、このひとつだった。
「さて、どうだ」
勝流はスケッチブックを開き、手早く線を描いた。
そこに現れたのは、盾付きの8.8cm PaK43に履帯を履かせたような、極めて簡素な姿だった。
文字通り「強力な砲を自走させるだけ」の機械である。
余計な装飾も、過剰な装甲もない。
ただの鉄の箱に、巨大かつ強力な砲が乗っている。
ただそれだけのもの。
だが、勝流は満足げにペンを置いた。
「単純明快。必要十分……これでいい。これこそが、理想とする自走砲そのもの。安価で生産性もあり、それでいて火力は非常に高く、前線での運用方法も分かりやすく、整備も楽。砲の換装も可能」
まだ計画段階にすぎない。
正式な量産許可を得てこそ、初めて兵器として生まれる。
勝流は図面を綴じ、兵器局第4課の課長室に向かった。
「総統に言っていた計画か。見ておくよ」
エアハルト課長は書類を受け取りながら目を通す。
「お願いします」
勝流がデスクに戻ろうとした時、呼び止められた。
「アルデルト、待て……随分と割り切った兵器だな」
「私が理想とする自走砲です。今までの開発を経て、行き着いた一つの結論。無駄を削ぎ、必要だけを残した、私の自走砲開発、その終着点です」
エアハルトはしばし無言で図面を眺め、やがてゆっくりと息を吐いた。
「……アルデルト。俺はお前のことを凄いやつだと思う。今や兵器局で自走砲といえば、まずアルデルトの名前が出るから」
「では……?」
「もちろん認可する。上に通して審査してもらう必要はあるが。俺はアルデルトの自走砲を信じるよ」
エアハルトは図面を大切に挟み、机に置いた。
勝流はエアハルトのその姿に、ついクラウス課長の在りし日の姿を重ねた。
勝流は敬礼し、静かに部屋を出た。
歩きながら、心の奥で呟く。
(理想の自走砲を形にできた……嬉しいはずなんだが、どこか虚しい……アルデルトもこんな気分だったんだろうか)
その虚しさは、勝流が人生で初めて味わう感覚だった。




