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第17話 アルデルト社

「コストが高い!高すぎる!」


使用するIII/IV号砲架車そのものが、贅沢な車体だからである。


車体はⅣ号戦車、駆動系はⅢ号戦車のものを流用。

これまでの自走砲が、鹵獲車や置物同然の車輛を魔改造して造られていたのに対し、今回は正真正銘の主力戦車を使っている。

しかも自走砲専用車体というだけあって、エンジンは中央配置、戦闘室は後部という特殊なレイアウトとなり、わざわざ組み立て直す必要があった。


当然、費用は桁違いとなった。


(主力戦車使ってる時点で、安く済むわけがないよな)


費用なら捻出できるかもしれないが、どうにもならないのは調達だった。

Ⅲ号及びⅣ号は主力戦車であるために、前線での消耗が激しく、余剰車輛などほとんど存在しない。

故障車も修理して戦線へ送り返している状況で、実験用の車体を融通してもらうのは至難の業だった。


そこで、勝流は頭を下げ、懇願に近い形で第6課に相談した。

ヒトラー総統の許可があるとはいえ、後々面倒なことが起こらないようにしたいからである。


「では書類を……あの、離していただきたいのですが」


「んー?どうした、早く取りたまえ」


第6課の課長、ヴァルター・カール大佐。

Ⅲ号およびⅣ号戦車の使用許可を出す立場にある彼の手には、一枚の書類が握られていた。

勝流がそれを受け取ろうとするたび、わざと握り直して離さない。


「カール課長……あの、許可をいただけないと開発に支障が……」


「開発に?ふむ……我が軍の主力戦車を自走砲の部品に使うとはねぇ。ずいぶん豪勢な遊びじゃないか」


表情は柔らかいが、目だけ笑っていない。

もしヒトラー総統の許可がなければ、この場で破り捨てられていただろう。

それでも最後には、「まぁ、古い車体なら構わん……総統の許可を無視できないしな」と書類を渡してくれた。


勝流はほっと息をつき、書類を受け取った。


(まったく頑固な人だなぁ……と言いたいが、今回ばかりはカール大佐の気持ちも分かる)


試作車体はベルリンのアルケット社に委託され、現在進行中である。


しかし、III/IV号10.5cm自走榴弾砲の最大の課題、砲塔を降ろすための車載クレーンだけは、依然として解決していなかった。

兵器局内に専門家はおらず、どの企業も二の足を踏む。

そんな中、勝流には当てがあった。


(……あの会社なら、上手いことやってくれるだろう)


1942年4月上旬、冷たい風が吹く午後。

勝流はベルリン北方の町、エバースヴェルデに降り立っていた。


「久しぶりだな……俺のじゃなくて、アルデルトの故郷か」


ここエバースヴェルデは、何を隠そうアルデルトの故郷である。

この地でアルデルトは誕生し、大学に入るまでの青春を過ごした。


勝流はギュンター・パウル・アルデルトという人物を探るため、数少ない休暇の日はこの町にできるだけ通い、その足跡を追っていた。

調べを進めるうち、いくつかの事実が判明した。


両親はすでに他界しているが、亡くなった理由は不明であること。


父親の情報はある程度判明しており、どうやら第一時世界大戦の時に工場の職人だったらしく、ドイツ軍の兵器を生産していたらしい。

この情報を頼りに、当時その工場で働いてた周辺人物を探すも、やはり探すにしても個人で調べられる範囲の限界があり、見つからず仕舞いである。


両親を亡くした後、アルデルトは、家族ぐるみで親交のあった親切な老夫婦に引き取られ、大学を卒業するまで育てられた。

しかし、その老夫婦も、アルデルトが大学を卒業した直後にこの世を去っている。


アルデルトの記憶を探ってもいいが、それはできるだけしたくない。

あくまで自分自身の視点で、アルデルトという人物を探求したいのである。


(にしても両親の情報があまりに少ない、不自然だ。少しは記録が残っていてもいいはずなのに)


勝流は一度、アルデルトのことを考えるのをやめた。


(今日の任務に集中しよう)


機械音が響き渡る工場地帯を抜け、目的地の門の前に立つ。

看板に刻まれた文字を見て、勝流は思わず息を呑んでしまう。


「アルデルト工場会社」


ドアベルを鳴らすと、中から紳士的な老人が現れた。


「本日訪問をお知らせしていた、陸軍兵器局第4課のアルデルト中尉です。代表のロベルト様はいらっしゃいますでしょうか」


「あぁ、兵器局の方ですね。伺っております。代表は中でお待ちです、どうぞ」


老人の案内で事務所へ入り、やがて応接室へ通された。


「少々お待ちください。代表を呼んでまいります」


「ありがとうございます」


応接室の壁には、創業時と思われる写真が飾られていた。

中央に座る老人、その背後に立つ四人の青年たち。

アルデルト社設立の記念写真だろう。


(おぉ……調べていた情報が目の前に……)


勝流がアルデルトに憑依する前に、熱心に調べていた情報が目の前にあるという事実。

憑依してから何度も経験していることだったが、やはり感動を超えた、何か神秘的なものすら感じてしまうのだった。


しばらくしてドアが開き、二人の男が入ってきた。


「お待たせしました。アルデルト社代表のロベルトです」


「クレーン開発部チーフのノルベルトです。よろしくお願いいたします」


「陸軍兵器局第4課、アルデルト中尉です。本日はよろしくお願いいたします」


互いに礼を交わし、軽い雑談の後、勝流は持参した資料を机に広げた。


「事前にご連絡差し上げた通り、本日はとある車輛の依頼についてご相談させていただきたいのです」


「新型自走砲について、ですね」


「その通りです。こちらが現時点での設計図になります。車体はⅣ号戦車、駆動系はⅢ号戦車のものを使用。コンセプトとしては、自走榴弾砲と牽引車を兼ねるといったもので……」


勝流は大まかな車輛の説明を行ったのち、図面の一点を指さした。


「今回、貴社にご依頼したいのは、この砲塔を外し、車体後部へ直接降ろすことができるクレーンの設計と製造です」


勝流は興奮を抑えきれず、かなり足早な説明となってしまった。


(……伝わっただろうか)


勝流は社会人だ。

誰かにプレゼンしたり、相談をするといったことは日常茶飯事だった。


新人の頃は、喋りが早すぎることをよく指摘されていたため、その点を特に注意しているのだが……如何せん、今日の相手はあのアルデルト社である。


真実を確かめようと、熱心に調べていたあのアルデルト社を相手に話しているのだ。


興奮しないなどと、到底無理な話であった。


ロベルトは興味深そうにうなずき、ヨアヒムは顎に手を当てて考え込んだ。

やがてヨアヒムがロベルトへ視線を送り、発言の許可を求める。

ロベルトが軽くうなずくと、口を開いた。


「技術的には可能です。そして、その設計と開発、生産も弊社で引き受けられます」


ロベルトも静かに微笑んだ。


「車輛のコンセプトが実に興味深い。今までにない挑戦だ。それに、クレーンは我が社の誇りでもある。ぜひお引き受けしたい」


「本当ですか!ありがとうございます!では正式な契約として……」


勝流は思わず身を乗り出した。


歴史でしか知らなかったアルデルト社が、いま自分の前で協力を申し出ている。


この事実だけで、勝流は身震いをしてしまうのだった


それからというもの、勝流は仕事に没頭した。

他の計画の合間を縫い、使える時間のほぼすべてをIII/IV号10.5cm自走榴弾砲に注ぎ込んだ。

食事も睡眠も削り、設計と修正を繰り返す。


その熱中具合というと、周囲から心配されるほどだった。


「アルデルト中尉、ちゃんとご飯食べてます?」


ハンス少尉にすら心配されてしまう。


だがその熱意は、確実に周囲を動かした。

アルケット社、アルデルト社、兵器局第4課の面々。

関係各所の技術陣が、こぞって協力に名乗りを上げた。


1942年6月3日。

濃厚な開発時間と長きにわたる調整を経て、試作車がついに完成した。


巨大な砲塔、無骨な車体、そして後部には折りたたみ式のクレーン。

ヴァッフェントレーガーの源流たる姿が、今ここに具現化されたのだ。


勝流はその車体に手を置いた。

冷たい鋼の感触。

胸の奥からこみ上げる、言葉にならない高揚感。


勝流が追い求めたヴァッフェントレーガーが、ここに誕生したのである。


(やったなアルデルト……理想は、ここから始まる)

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