第13話 2体の怪物
1941年10月中旬。
ドイツ軍機甲部隊の生みの親と呼ばれるハインツ・グデーリアン上級大将は、ソ連軍の新型戦車とやらを調査するため、現地へ赴いていた。
(どいつもこいつも、新型新型とうるさいではないか!)
これまでグデーリアンは、ソ連軍の新型戦車の存在を信じていなかった。
しかし前線から「ほぼ無傷で鹵獲に成功した」との報告が届く。
さすがのグデーリアンも無視はできず、部下に急かされる形で、ついに現地へ向かったのである。
「いいか、私は信じんぞ。敵の流言飛語に惑わされてはならん」
隣に座る参謀にそう言い放つ。
「しかし閣下、損害報告は確かに積み重なっています。ここは偏見なく確認すべきかと」
現地到着後、兵士の案内で家屋に入る。
扉を開けた瞬間、そこに鎮座していた戦車を見て、グデーリアンは言葉を失った。
見慣れた角張った自軍戦車とは対照的に、その車体は大きく傾斜を持ち、異様な迫力を放っていた。
「……これがソ連軍の新型か!」
絶句するグデーリアン。
しかも事前に聞いていた通り、もう1輌があるという。
裏手に回ると、そこにはさらに巨大な戦車があった。
(さっきのが重戦車だと思っていたが……まさか!?)
先ほどの戦車が傾斜を持っていたのに対し、こちらは角張った、圧倒的な存在感を放っている。
「……信じられん……さっきのが中戦車で、これが重戦車だと言うのか!?」
案内を担当した兵士は、静かに頷いた。
ちょうどその時、家屋の陰から数名の兵士が駆け足で現れた。
制服の様子からして、戦車兵である。
「この者たちは?」
案内担当の兵士が答えた。
「はっ。実際にこの2輌と交戦した戦車兵であります」
グデーリアンは彼らを前に、一人ずつ質問した。
「どちらの戦車と戦った?中戦車か、重戦車の方か」
「閣下、中戦車であります」
「乗っていたのは?」
「Ⅲ号戦車J型です」
「5cm戦車砲か。それで結果は」
「……散々でした。正面はもちろん、側面に回っても抜けず……最後は履帯を狙って、ようやく足を止めるのが精一杯でした」
グデーリアンは息を呑んだ。
他の兵士に尋ねても答えは同じだった。
「一両が現れれば数両で囲み、ようやく撃破に至る」というのが実情なのだ。
それも履帯を切る、砲身を狙う、エンジンを破壊するといった戦果がほとんどである。
「大袈裟な噂だろう」と切り捨てていた話が、今まさに現実として突き付けられていた。
グデーリアンはその場で腕を組み、深い沈黙に沈んだ。
(まだ正確な情報は分からないが……これまでの報告は嘘でも誇張でもないぞ)
事実を認めざるを得ないと同時に、グーデリアンの脳裏には、過去に見た戦車たちが浮かんだ。
(フランスで見たソミュアやマチルダも装甲は厚かった……だが、この2輌の戦車と比べれば霞んでしまう!)
ドイツで戦車に最も精通していると言っても過言ではない彼は、この2輌の戦車が持つ意味を即座に理解した。
(今は数が少ないようだが……もし戦場に大量投入されれば、我が軍の装甲部隊はおろか、全軍が壊滅的打撃を受けかねない!)
韋駄天ハインツ。
事の重大さに気づいた後の動きは、やはり速かった。
「急げ! すぐにこの2輌をクンマースドルフ試験場へ送れ! 一刻の猶予もならん!」
横で見ていた参謀は、静かにつぶやいた。
「だから早くって言ったのに……」
こうして、ソ連軍の新型戦車2輌はドイツ本国へ送られ、グデーリアンの主導で急遽設置された戦車委員会により、細部に至るまで徹底的に調査された。
やがて明らかになったのは、にわかには信じ難い衝撃的な事実であった。
グデーリアンは、とりわけ新型の中戦車を高く評価し、こう断じた。
「我が軍の戦車に、これに敵うものなし」
この報告は直ちにヒトラーの耳に届き、兵器局へ電光石火のごとく命令が下された。
次なる兵器開発の奔流を呼び起こす、ドイツ兵器開発史の大きな転換点であった。




