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第12話 熱砂の戦場

1941年6月17日、昼過ぎの1時頃。


ここは砂嵐吹き荒れる、北アフリカの大地。

無限に広がる砂漠を、エンジンを吹かし、履帯を軋ませながら、自走砲の隊列が力強く進んでいく。


その名はロレーヌ・シュレッパー(f) 15cm自走榴弾砲。

挿絵(By みてみん)


ヒトラーの命令に基づき40輌が完成し、そのうち24輌が「ドイツ・アフリカ軍団」に配備された。

内訳は第5軽師団に12輌、第15機甲師団に12輌。

残り16輌は本国で待機し、次なる大規模作戦に備えていた。


ドイツアフリカ軍団は、砂漠の狐ことエルヴィン・ロンメル中将の指揮下、1941年5月時点でベンガジからキレナイカ一帯を制圧し、さらに約450kmを進撃してエジプト国境に近い、ソルムおよびハルファヤ峠にまで到達していた。


わずか2か月でトリポリからエジプト国境まで、数値にしておよそ1,500kmを駆け抜けたのである。

ただし、トブルク要塞の攻略は果たせず、未だ包囲戦が続いていた。


そして6月17日、イギリス軍の反撃、バトルアクス作戦のさなか。

第15機甲師団の第33自動車化砲兵連隊に属するロレーヌ・シュレッパーは、味方の進撃を支援すべく砲撃を終え、突破部隊の後を追って前進していた。


その隊列には、設計者である勝流も随伴していた。

勝流が乗るのは、部隊の前線補給を担うⅡ号弾薬運搬車である。


(うぅ……暑い……)


体感温度はすでに30℃を超え、炎熱地獄そのものだった。

オープントップの車輛はまだマシで、密閉された戦車内部では40℃を優に超える。

中には50℃を超えたことも。


勝流が北アフリカに来てから目にした、忘れがたい光景がある。

休憩中の戦車兵が、灼熱の車体天板で卵を割り、目玉焼きを焼いていた。

この地の苛烈さを物語る、象徴的な一幕であった。


勝流のいた現代では、パソコンのCPUから発せられる爆熱を利用して焼肉をする強者もいた。

人間の発想の方向性は、時代は変わっても大して変わらないのかもしれない。


そんな中、行進する6輌のうち最後尾が急停止した。故障である。

無線で修理要請が入る。勝流と整備兵の出番だった。


幸い、Ⅱ号弾薬運搬車で随伴していたため修理具も部品も揃っていた。

最悪の場合は、牽引して後方の修理場へ運べばいい。


「じゃあ皆さん降りてもらって」


朦朧とする意識の中で、勝流は作業に取りかかる。

愚痴をこぼしたい気持ちはあるが、戦場で命を懸けるのは兵士達である。

技術士官である勝流に、不平不満を言う資格はない。


(文句を言う暇があるなら、早く修理を終わらせたい)


汗を滴らせながら、勝流と整備兵は作業を進めた。

ロレーヌ・シュレッパーはエンジンを中央に置いた設計で、Ⅰ号15cm自走重歩兵砲のように砲を降ろす必要がなく、格段に整備性が良かった。

それでも砂漠の環境は容赦なく機械を蝕む。


「すぐに修理できそうか」


指揮官であるホルスト大尉が勝流に声をかける。


「確認中です。三分ください」


修理が長引けば、故障した車輛を置いて前進を続けなければならい。


(良かった。これくらいなら直ぐに修理できそうだ)


兵士達も早く走り出したい一心だった。

走行していれば風が生まれ、暑さもいくらか和らぐからだった。


「大丈夫そうです。15分ください」


「15分か。分かった、急いでくれ」


ホルスト大尉は部隊に小休止を命じ、ついでに補給も行わせた。


10分程が経過した後、それは唐突にやって来た。

双眼鏡を覗いていたホルスト大尉が硬直した。


「おい嘘だろ……見間違いであってくれ……」


再度確認するも、残念なことに現実だった。


「……冗談だろ!? Scheiße(畜生) !!」


全員がホルスト大尉を見た。

そして、怒号が響いた。


「全員!戦闘準備ぃー!!」


兵士達は一斉に動き出す。

タバコを投げ捨て車輛に飛び乗る者、寝ぼけ眼の運転手が頭をぶつけながら飛び起きる者。

勝流も修理の手を止めず、必死に作業を続けた。


修理作業中の車輛の乗員たちは焦った。


「まだ終わりませんか!?」


「もうちょっとです!待ってください!」


整備兵が冷静に声を掛ける。


「アルデルト少尉、諦めましょう。ここに敵がいるってことは」


「分かってます!でもここで修理を止めるわけにはいかない!」


その時、ホルスト大尉が無線により命令した。


「敵戦車二輌!全車三時方向へ旋回、駐鋤を降ろせ!」


挿絵(By みてみん)


ざわめく無線。

重榴弾砲で戦車に直射するなど無謀だった。

しかし、広大な砂漠に隠れ場はなく、背を向ければ撃たれるだけである。


「ホルスト大尉、本当に敵戦車ですか!」


「俺が見間違えるか!俺だって見間違いであってほしい!」


「こんな所に!?無理だ、逃げましょう!」


「もう間に合わん、こっちに気付いていないかもしれん!直射準備!」


「榴弾砲で戦車に直射なんて……これは対戦車砲じゃないんですよ!?」


「至近弾でもかまわん!履帯を切ればいい、奴の足を止めろ!」


必死にホルスト大尉は部隊を鼓舞する。

迫る敵影。その距離、約1500m。


「1号車は先頭を!2号車は後方!3、4、5号車は修正射!」


タイミングを見計らうホルスト大尉。


「今だ……Feuer(撃て) !!」


砲声が轟き、榴弾は弧を描いて飛び、砂塵を巻き上げる。

しかし、放った2発の砲弾は敵戦車の後方へ着弾した。


「次弾装填急げ!」


無線で必死に指示を出すホルスト大尉。


3、4号車が射撃修正の後、砲撃開始。

4号車は外すも、3号車の弾がついに命中した。

先頭を走っていた敵戦車の履帯が吹き飛んだ。


「当たった……やった……やったぞー!!」


歓喜の声。しかし2輌目は健在である。


最後に5号車も砲撃。

至近弾となったが、これも有効打とならず。


各車は砲撃を続けるが、どうしても当たらない。


やがて距離700mに接近。

唐突に敵戦車が停止し、こちらに砲撃してきた。

外れはしたが、矢継ぎ早に次弾が飛んでくる。


「逃げろ!」


ホルスト大尉の叫びより早く、敵戦車の砲弾が火を噴いた。

敵戦車の放った砲弾は、3号車の戦闘室正面に命中した。

撃破されたかと思いきや……まさかのまさか、砲弾が戦闘室前面の装甲板を貫通した後、そのまま車輛後方まで抜けていき、地面に着弾したのである。

しかし、命中した箇所にいた乗員は足を負傷した。


前進を再開する敵戦車。

各車は砲撃を続けるも、やはり当たらない。

高速で移動してくる敵戦車に、重榴弾砲で的確に捉えろと言う方が無茶である。


「次弾急げ!後は1輌だけなんだ!!」


ホルスト大尉が叫んだその時。

敵戦車の背後で炸裂。履帯が吹き飛んだ。


「……助かった」


視線を向ければ、それは修理を終えた6号車の砲撃だった。

勝流と整備兵が必死に修理している間は、測距離に専念していたのである。

そして復帰と同時に、敵戦車を狙い澄まして砲撃を叩き込んだのであった。


ホルスト大尉が双眼鏡で確認すると、敵戦車のハッチが開き、乗員が這い出ていた。

砂にまみれた彼らは両手を高く掲げ、ふらつきながらこちらへ歩み寄ってくる。


全員が胸をなで下ろした。

北アフリカの灼熱の砂漠で繰り広げられた即席の戦いは、辛くも切り抜けられたのであった。


この戦闘の結果は、直ちにドイツアフリカ軍団の司令部へ報告された。

恐らく、世界の戦史において初めて自走榴弾砲が迫る敵戦車に直射し、撃破した瞬間であった。

※本エピソードの戦闘描写はすべて妄想です。史実の北アフリカにも今回のような記録は存在しません。

ただし、榴弾砲が敵戦車に対して直射を行うこと自体は、それほど珍しいものではなかったそうなので、その点を参考に描きました。


↓アメリカ軍が鹵獲した?ロレーヌ・シュレッパー(f) 15cm自走榴弾砲の映像

恐らく鹵獲車輛のテスト風景と思われます。もしかしたらイギリス軍かも?

作者が調べた中では、15cm搭載型で唯一確認できた映像でした。

https://youtu.be/xtb80v9WMok?si=FlAucqzqSzKSpTm6


挿絵(By みてみん)


ちなみに「目玉焼き」の話については、単に車体の熱だけでは焼けなかったため、実際にはバーナーで装甲板を炙って調理したそうな。

挿絵(By みてみん)

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