戦勝と、後始末
こうして、当初の狙い通りほとんど被害を出すことなく俺達はシルヴァリオ軍を撃退することが出来た。
……正直、上手くいきすぎて怖いくらいに。
元々戦場での勘働きというか、『ここで突っ込め』『ここは引け』といった直感的な判断が得意だった自覚はあるんだが、今回は特にそれがハマった気がする。
また、部下達の戦意高揚だとか統率だとかもいつも以上に上手くいったと思う。
特に何かしたわけでもなく、いつも通りに振舞っただけだというのに。
「ニアのおかげかな」
特務大隊の騎士達が指揮し、義勇兵達が多数の捕虜を縛り上げている様子を見ながら、根拠もなく、そんな呟きが口から零れた。
だってなぁ、前の戦争から今までの間で、大きく変わったとすればニアの存在くらい。
鍛錬の内容も変わっていない、なんなら以前より忙しくなったせいで量が減ったくらいだ。
おまけに今までにない幸せいっぱいな生活を送ってるから感覚が緩んでしまってもおかしくはない。
だというのに。
戦場に出た俺の感覚は鋭く、部下たちにかけた声はいつも以上の力を帯びていた。
きっと、今までの俺だったら何人か戦死者を出していたことだろう。
だが、そうはならなかった。
俺の声はいつも以上に通り、部下達の戦意を高揚させ、指示を行き渡らせることが出来た。
身体もそうだ、記憶にある限りあんなに軽々と『狼牙棒』を振るえたことなんてない。
今日の俺は、恐らく人生の中で最も動けていた。
その最たる要因は、どう考えてもニアとしか思えないのも仕方ないだろう。
「早く会いたいなぁ」
思わずそんな呟きが零れてしまうが、許してほしいものだ。
ニアの顔を思い浮かべるだけで、疲れた身体に力が戻ってくる。
気力も漲り、今からでもまた駆け出してしまえそうだ。
「隊長、何締まりのない顔してんすか」
顔なじみでもある特務大隊の騎士がそんな不躾なことを言ってくる。
だが、今の俺は寛容だ、これくらいは鼻で笑って受け流してやろう。
「これはな、浸ってる顔っていうんだ。違いがわからんようではまだまだだな」
「いや、どっちにしてもあんま変わらん気がするんですが?」
そんな他愛もない会話に、出来ることに、ほっとする。
勝算はもちろんあったが、それでも形の上では多勢に無勢、何が起こってもおかしくはなかった。
突撃した相手、バルタザールとその守備兵の数は、あれだけ酷い用兵をしていたにも変わらず、それでもこちらとほとんど変わらないか少し多いくらいが残っていた。
そこに突っ込んだんだ、普通は何人もの死者を出すのが当たり前のはず。
だが、そうはならなかった。
ならないという確信があった。
そしてそれは、現実になった。
「ま、そのうち違いもわかるようになるさ」
明日があるから。生きて明日を迎えられたから。
俺達には、次が与えられた。
「隊長! 俺達やりましたよ隊長!」
「勝ったんだ! あいつらを追い払ったんだ!」
捕虜を縛り上げ、あるいは逃げ出す兵達を追い払った義勇兵達が俺の方へと駆け寄ってくる。
どいつもこいつも、良い顔つきになった。
それがなんとも頼もしい。
まだまだ色々叩き込まないといけないことはあるが、彼らは一番に経験させたいことを乗り越えてくれた。
戦場を一つ生き延びること。
これが出来た兵士は、本当に強くなる。
そのことは、よく知っている。
後は、彼らを伸ばしていくだけだ。
「よくやった! 流石は聖女ニアが認めた勇士達だ!」
俺が労えば、彼らの顔が誇らしげなものになる。
これが得られたのも、今回の大きな戦果と言っていいだろう。
感情的な話だけではない。実利の面でも、だ。
これで、戦場を経験した兵士が五百人も生まれた。
彼らをストンハントとディアマンカットに半数ずつ配置すれば、治安維持だけでなく有事の際にも有用な戦力となるだろう。
そこらの野盗なんざ目じゃないし、今回の戦で逃げ落ちた傭兵達が徒党を組んだとしても精々十数人程度を集めるのがいいとこだろうから、十分撃退は可能である。
そうなれば、計画されている色々な開発も安心して進められるというものだ。
もちろん、これもまたアルフォンス殿下が立てた計画のうちである。
ほんとに人間かあの人。
ニアももちろん優秀な参謀役なんだが、あの人に比べると優しさがどうしても出てくる。
ことに人を使い切るという点においては、性格も相まって殿下の方が上だ。
いや、考えてみればニアが上に行く必要はないな、うん。
というか、あんな風になられたら、気の休まる場所がなくなっちまう。
ただでさえ仕事の話が多いってのに、その内容まで殺伐としてきた日には目も当てられない。
おかしいな、甘い新婚生活とかどこいった?
「……隊長? どうかしたんですか?」
「うん? いや、なんでもない、ちょっと感慨に耽っていただけだ」
思わず考え込んでしまった俺に、義勇兵の一人が声をかけてくる。
いかんいかん、計画や思惑はともかく、今は勝利を喜ばないと。
何しろ、喜んでいられるのもそう長くはないから。
「よし、捕虜を縛り上げたら、町に連行するぞ! その後は、戦勝祝いの宴だ!」
「おおお~~!!!」
俺が声を張り上げれば、呼応するように周囲から声が上がる。
この辺りの反応も、そのタイミングも、戦が始まる前から比べて随分と一体感が出てきた。
特務大隊の騎士を数人指揮官として残すつもりだから、こういう空気になっているのはありがたい。
なんせ、再配置後の面倒を俺は見ることが出来ないだろうから。
「いやぁ、今夜の酒は美味いでしょうなぁ!」
「ああ、だろうな。お前らもしっかり味わっておけよ?」
ご機嫌な様子の騎士に、俺は軽く笑いながら答える。
彼らが今日口にするのは、いわゆる勝利の美酒ってやつだから、そりゃ美味いことだろう。
ただし、俺がそれを口に出来るかはわからない。
「俺はアルフォンス殿下に報告しないといけないから、すぐには参加出来ないけどな」
すぐには、どころかそもそも参加出来ない可能性すらあるんだが。
なぜならば。
特務大隊の長、第三王子アルフォンス殿下がビグデンの街に来て、俺の報告を今か今かと待ちわびているから。
あれこれ聞かれるだろうから報告が長くなるだろうし、休む間もなく次の仕事を振られる可能性すら十分にある。
勘弁して欲しい気もしつつ、俺が断ることは出来ない。
あれこれを片付けた先にあるだろう甘い新婚生活のためにも。




