『黒狼』の知恵袋
「……第二王子バルタザールが、ゴートゥックと繋がっている、ですか……」
尋問を終えた俺が聞き出した内容を共有すると、ニアは思案げな顔で言葉を切った。
軍需物資まで扱っている商人が第二王子と繋がっているだけなら不思議じゃないが、そいつが工作に加担して他国にちょっかいを出している、となると話は変わってくる。
「以前から、ゴートゥックにはきな臭い噂がつきまとっていました。あちこちに火種を作り、必要に応じて小競り合いを起こしては物資を売り込み、荒稼ぎをしている、と」
「そりゃまた、きな臭いどころの話じゃない。やってることは死の商人じゃないですか」
ニアの説明に、俺は思わず眉を寄せて顔をしかめてしまった。
戦争って奴は、大量の人を必要とするだけでなく、それだけの人数を飢えさせないだけの食料や、凍えさせないだけの寝具やテント、煮炊きする燃料なんてものも必要になってくる。
そして、国が消費するからといって、タダで接収して消費しているわけではない。
一部の例外を除けばきちんと金を払っているし、貿易で儲かっているシルヴァリオ王国が金を渋る理由はないだろう。むしろ注ぎ込めることを戦略に入れ込んでいる節もあるし。
……いや、まてよ?
「紛争を解決することで手柄を上げたい第二王子バルタザールが、紛争で儲けているゴートゥックと手を組んでいる……なんなら儲けさせるために紛争を作り出している可能性がある? おまけにゴートゥックからキックバックを受け取ったりしてた日には……」
「王位だけでなく私腹を肥やすためにゴートゥックを利用しているという可能性は否定できません。……そこまで人として堕ちているとは思いたくないのですが……」
俺よりも早くその可能性に至っていただろうニアは、小さく溜息を吐いた。
もしそうであれば、これは王族が国庫の金を詐取していることになるわけだもんな……。
王族と言えども、一度国庫に入った金を好き勝手に使うことはできない。
きっちりと予算が編成され、貴族会議の承認を受けて執行される国がほとんどであり、第二王子といえども自由にすることが出来る金額には制限がある。
その中でも軍事関係は元々金額が大きい上に、想定外の事態になれば臨時予算も組まれて金が注ぎ込まれることが多いわけだが……そこに奴らは目を付けたんだろう。
紛争解決のために糸目を付けず金が注ぎ込まれる。
ゴートゥックが軍需物資を売り込むことでその金を受け取る。
便宜を図ったバルタザールに何割かキックバックする。
この流れでバルタザールに国庫の金が流れ込めば、察知することも止めることも難しい。
もしも本当にこんなことをやっているとしたら、奴らは国民の血税を、国民の血を無駄に流させることで己の懐に入れる仕組みを作って運用していることになる。
家族としての情はとっくになくなっているとはいえ、血筋の上では家族である人間がそこまで唾棄すべき存在だとは思いたくないのだろう。気持ちはわかる。
まして、そんな存在が王族として君臨しているなど。
だが、人の心を捨て去ったような人間というのは、どこにでもいるもんだ。
「……先の戦争で停戦条約を結んだ際に王族の私費予算を大きく制限しましたが、その時に第二王子バルタザールは逃げるようにして出た地方巡視の名目で不在だったこともあって、反対の表明がありませんでした」
「比較的安全な場所にいた上に、予算を抑えられても問題がないくらいに貯め込んでいたか、他の収入源があるから気にしなかった、という推測が成り立つわけですね……」
俺が小さく頷いて同意を返せば、ニアはまた溜息を吐いた。
状況証拠でしかないが、伝え聞く人柄、今までやらかしたことを考えると、九割方当たりなんだろう。というか、今までの振る舞いはそういうことだったのかと納得までしてしまう。
「もしそうであれば。今回、やや強引とも言えるような策を打ってでも割譲した土地を取り戻そうとしている動機にも納得がいきます」
「地方の紛争解決とは比べものにならないほどの大規模な戦闘になるでしょうから、当然そこにゴートゥックが入れば大もうけ。バルタザールにも桁違いの収入が入ってくる。もちろん王太子争いにおいても大きくポイントを稼げる、と」
「はい。バルタザールにとっては一挙両得の好機に見えて仕方ないのではないでしょうか」
最低だ。最悪ではなく、最低だ。
ニアも同じ事を思っているのは、その顔を見ればわかる。
別に、王族だから国のために滅私奉公しろ、だなんてことは思わない。
真っ当な手段で儲ける分には、王族だろうが貴族だろうがやればいい。
だが、これは違う。これは違うだろう。
「やっていいことと悪いことってもんがあるでしょうに。バルタザールはそんなこともわからないわけですか」
「残念ながら、元々そういうところはありましたが……一層酷くなっている、そう言わざるを得ません。いえ、まだ確定したわけではないですから、断定は出来ませんが」
ニアが、小さく首を振って待ったを掛けた。
言われて、俺も少々熱くなっていたことを自覚して、大きく息を吐き出す。
こんな仕事をしている人間だから、今更正義漢を気取るつもりもないが……それでも頭にくるってことはあるもんだ。
だが、怒りは判断を歪ませる。特に、頭にくるタイプの怒りは。
落ち着け、落ち着け、と俺は頭に上ってきていた熱を、腹の中に落とし込んでいく。
ある程度落ち着いてきたところでもう一度息を吐き出せば、大分頭はクリアになったが。
「とはいえ、状況は極めて疑わしい。否定のための材料がないですからね」
結局そう言わざるを得ないのもまた事実であり、ニアもこくんと頷いて同意してくる。
しばし、沈黙が場を支配して。
それから、ニアが顔を上げた。
「今考えるべきは、第二王子バルタザールが本当にそんな人間かどうか、ではありません。この仮説が正しいのであればどんな手を打つべきか。そうでないならばどうするかでしょう」
「なるほど、それはそうだ」
色々折り合いを付けたらしいニアの言葉に、俺も頷いて返す。
大事なのは、今後どうするか。
もちろん、事態が動いていって最終的にはバルタザールを追及することにはなるかも知れない。
だが、それは今じゃない。今考えるべきことでもない。
「まず、連中がやっていた物流に対する妨害工作が失敗に終わったことが、どれくらいの速さで向こうに伝わるかの把握。次に、それを受けて彼らがどんな手を打ってくるか。それに対して、こちらがどんな手を打つのか。あるいは、先んじて手を打つのかを決めたいところです」
「こちらは既に何があったかわかっている。把握するまでの時間差がどれくらいあり、それをどう活かすかってことですね。当然、向こうが諦めるなんてことは考えにくいわけだし」
「はい、先程の推測が外れていた場合であっても、領土奪還を諦めることは考えにくいかと」
「とりあえず、ゴートゥックには数日のうちに伝わるのは確かでしょう。国境近くまで出張ってきてるようですから。その後、バルタザールに連絡を取って指示を仰ぐのが普通ですが……」
そこで一旦、俺は言葉を切った。
それを聞いたバルタザールはどう反応するか。
バルタザールの性格を知っているだろうゴートゥックはどう動くだろうか。
「……そもそも、ゴートゥックが正直に報告しますかね? 話から伺えるバルタザールの性格からして、失敗の報告なんて聞いた日には暴れて手が付けられなさそうな気がするんですが」
「……言われてみれば、そうですね。確かに、自分の責任を棚に上げてゴートゥックを叱責するでしょう。そして、ゴートゥックとしては理不尽だけれど逆らえないはず」
「そんな時にセコい人間が考えることは決まっています。失敗を何とかして誤魔化そうとする奴が大半だ。となると、ゴートゥックが考えそうなことは……」
そこで言葉を切って、少し考える。
ゴートゥックが利己的な人間だということはわかっている。
そして、商人として名が売れているということは、それなりに頭も回ることだろう。
考えているところで、先にニアが口を開いた。
「上手くいったと虚偽の報告をすることはないでしょう。後からバレることは明白ですから。予定より進捗が悪い、と報告して時間稼ぎをするのがまず考えられますね。明確にこれを達成すれば終了、という目標はないようですし」
「バルタザールが傭兵を雇い終えるまで、かな。であれば時間稼ぎをしつつ私兵を雇い直して再度工作を始めるか……あるいは、報告すらせずに雇い直すか。いずれにせよ、もう一度仕掛けてくる可能性は高い」
「であれば、どちらを取るかによって再度しかけてくるタイミングが変わりますか……あちらの都合次第で、というのは少々よろしくないですね……」
ほんの少しだけ眉を寄せて悩ましげな顔になるニア。可愛い。いやそうじゃなく。
確かに、あっちの都合に合わせてばかりじゃ後手後手に回ることになる。
すると、いつ仕掛けてくるかと備えることになるわけで、巡回だなんだも必要になるんで単純に歩き回る疲労もあれば、精神的な疲労だって出てくるだろう。
それよりは、打てるのならばこっちから手を打てたらその方がいいに決まっている。
折角、相手の工作員達をとっ捕まえて、主導権が握れそうなタイミングでもあるんだし。
「であれば、何か餌を用意して食いつかせるようにしますか? 欲の皮が突っ張ってる連中だ、良い餌があればまた食いついてきますよ」
「それは一度、アーク様というこれ以上ない餌で実行してますし……」
俺は餌か~い! とは言わない。自分でもそう思ってたから『また』って言ったんだし。
また、『これ以上ない餌』ってのはある意味褒め言葉だしなぁ。
特務大隊にいたころも、何度も俺を囮にしたりしてたし。
「戦場だと、二回か三回くらいは、俺を囮にしたら釣れましたけどねぇ」
「戦場ですと、情報の共有がすぐには行えない、というのもあるかも知れませんね。……いえ、待ってください。もしかしたらアーク様以上の餌があるかも知れません」
「……ニア、自分を餌にするってのはなしですよ?」
何か妙案が浮かんだらしいニアに、俺はすぐさま釘を刺す。
多分彼女は、俺と同じで有効であれば自分を危険に晒すことを躊躇わない。
だから俺は、慌てて止めたのだが。
そんな俺に対して、ニアは首を横に振ってみせた。
「いえ、大丈夫です。私のことが知られるのは、まだよろしくないですし。それよりも、もっといい餌があるな、と思いまして。ただ、これを餌にするには、アルフォンス殿下の許可を頂かないといけないのですが……」
「ほう。随分と大がかりなことになりそうな?」
「はい、上手くいけば……第二王子バルタザールが軍を動かす時期すら早めさせることが出来るかも知れません。その備えもしなければいけませんから、私の一存ではとてもとても」
そう語るニアを見て、俺はちょっとほっとした。
そこまで語るニアの顔は、いつもの不敵さが戻って来ていたから。
だから俺も、ニアへと笑ってみせる。
「であれば、急ぎ殿下へ連絡することにしましょう。あの人だったら、『そんな面白そうなこと、なんで早く教えなかったんだ』って理不尽な怒り方をするかも知れない」
いや、滅多に理不尽なことは言わない人なんだけどさ。俺に対してだけはなんか妙な絡み方してくることあるんだよな。いいんだけどさ。
そんな俺を見て、ニアもクスクスと笑っている。
「では、早速お手紙をしたためていただかないと。私が考えているのはですね……」
と、ニアが語り出したことを聞いて、俺は驚きに目を瞠る。
そして確信した。
殿下なら、絶対にこの献策を採用する、と。




