一歩ずつ。時に一足飛びに
※昨日間に合わなかったお話が書き上がったので、時間関係なく投稿いたしました。
「と、やる気にはなりますが……現状ではあまり動けないのが何とも残念なところですね」
と、漏れ出していた黒いオーラを引っ込めて、ニアが苦笑した。
それに関しては全く以てその通りなので、俺も頷くしか出来ない。
「申し訳無いですが、今の段階では共有できる情報も限られてますし、手勢も使えませんからねぇ」
まあ、だから殿下も、先に書類上の手続きだけするか聞いてきたわけですが」
何せニアの表向きの身分は準男爵の娘、つまりほぼ平民。
さっき話していた程度の情報でも割とギリギリなんで、具体的に殿下がどう動こうとしているかなどについては、これ以上踏み込むことは出来ない。
かといって擦り合わせもなしに勝手に動いてもらっても困るしってことで、ニア達は動きたくても動けない状況なわけだ。
なんかローラとトムはちょこちょこ情報収集してるみたいだけど。
……手慣れてるって感じるのは、多分間違いじゃないんだろう。
ま、二人の出自がどうあれ、ニアに対する忠誠心が高く、かつ、ブリガンディア王国に対する敵対心がないのなら問題は無い。
俺に対して複雑っぽいのは仕方ないと思うので、これから心を開いてもらえたらと思うばかりだ。
何せ時間はある。……まあ、気がついたらなくなってる程度の時間だが。
「では、対外的にあれこれ揃う三ヶ月後に婚姻、で問題ないですか?」
「ええ、こちらはそれで構いません。むしろご配慮いただきありがたいくらいですし」
俺が問えば、ニアは微笑みながら頷き返した。
そんなニアの顔を、俺はじっと見つめる。
……綺麗だ。
いや、そうじゃない。
嘘や誤魔化しはないみたいだと俺の直感が言っている。
それはそれで、物わかりが良すぎるのがこう……彼女の今までを思わせてモヤモヤしてしまうんだが。
嘘はともかく、誤魔化しもない。感情的な引っかかりを押さえ込んだりだとかがない、ということ。
つまり、彼女の中の諦め癖は健在なのではないか、と思うとスムーズに事が運ぶことを喜べない俺がいる。
と、不意にニアが顔を逸らした。
いかんいかん、考え事をしてたから見つめすぎたか……頬が赤いし、怒らせてないといいんだが。
「すみません、考え事をしてしまいました。
それで、今後の段取りなんですが……盛大な式は後日にしても、貴族の結婚なんで神殿で儀式をしないといけません。
そのためのドレスは作らせて欲しいんですけど、どうでしょう」
「あ、いいえ、こちらこそ失礼しました。
それで、ドレスですね。申し訳ないですが、確かにお願い出来るとありがたいです」
そう答えるニアは、流石に申し訳なさそうだ。
でもまあ、神様の前に出ての儀式なんだから、ドレスをケチるわけにはいかないしなぁ。
万が一上手くいかなくて、ニアの身元保証が得られなくなっても困るし。
というのも……普段は全く意識しないのだが、どうやら本当に神は居るらしく、神殿で神に対して誓ったことを破ると、天罰が下される。
その形は様々で、ある者は雷に打たれ、あるものは健康だったのが急に重い病に倒れ死ぬまで苦しんだりなどなど。
命を取り留める場合もあるみたいだが、大体は死に至るようだ。
つまり神殿で誓うということは命がけであり、だからこそ誓うことに意味がある。
で、貴族という強い権力と重い責任を背負う人間は神に誓って結婚する必要があり、誓いによって縛られるから身元が保証される。
だからニアは俺と結婚するという手段を取ったわけだし、婚姻前後で大きく扱いも変わるわけだ。
ちなみに平民は義務づけられていないが、金持ちな商人とかは誓っているのが多いし、資産を考えたら当然というものだろう。
そういうわけで、神様の前で誓う儀式なんで、ドレスなんかもちゃんとそれ用のものを用意しないといけないし、ここは俺が出すのが甲斐性というものだろう。
「じゃあ、今度予定を合わせて仕立て屋に行きましょう。俺の次の休暇が明後日なんですが、流石に急すぎますかね?」
「あ、大丈夫です、こちらは大した用事もないですし……大丈夫よね?」
とニアが振り返ってローラに確認すれば、ローラも静かに頷いて答える。
……何だろう、なんか普段よりローラから圧を感じるのは気のせいか?
いやまあ、わからなくもないが。
ローラがニアのことを大事に思っているのは常日頃から感じるし、その大事な姫様の嫁ぐ準備が着々と進んでいっているのだ、複雑にもなろうというもの。
まして相手が、俺だしな。
手が血で汚れまくってる上にいつ死ぬかもわからない危険な職場にいる人間だ、ローラとしては歓迎出来ないだろう。
まあしかし、こんな世の中なんで、そこは諦めて欲しい。
ついでに、お近づきになろうとするのもちょっと許して欲しい。
「で、その後なんですが……王都を散策したり、ちょっとした店で食事したりしませんか?」
と、話のついでを装って誘ってみた。よく噛まなかった、俺。
やべ、何気なく言ったつもりだけど、もう顔が赤くなってきてるのが自分でわかるぞおい。
意味も無く視線があちこちうろうろするし……落ち着け、落ち着くんだ俺。
なんて、落ち着かない視界の中で捉えたニアは……呆気に取られた顔をしていた。可愛い。
いや違う。違わないけど違う。
流石にいきなり過ぎてびっくりさせてしまったか?
め、迷惑に思われてなきゃいいんだが……。
「あ、あの、アーク様。それって、つまり……」
やっぱり、意味は通じたらしい。
この場合、通じてしまったと言うべきか。
じわじわとニアの頬が赤くなっていくのは、嫌悪からではないと思いたい。多分大丈夫なはずだ。
「ええ、はい。その……デートの、お誘いです」
言った。
言ってやった。
あるいは、言っちまった。
めちゃくちゃ照れくさいが、ここで誤魔化すのは違うと思う。
恋愛初心者の俺が言うのもなんだが、ここは誤魔化してはいけないと俺の直感が言っている。
今この時ばかりは全くあてにならないが、しかしここが一つの勝負所に思えてならないのだ。
……だからって真っ直ぐニアの方を見たら睨むみたいな感じになりそうだから、視線を逃がしてしまうのは勘弁して欲しい。
ああもう、いい歳こいて何やってんだ俺。
そんな状態でちらちらニアを窺えば、耳まで赤くして顔を俯かせている。
ふ、雰囲気からして、怒ったりはしてない、んじゃないかな……?
照れてるとか恥ずかしがってるとかだと思いたい。そうだといいなぁ……。
なんて、ニアの顔色を窺いながら答えを待つ俺と、顔を俯かせたまま言葉のないニア。
沈黙が降りていたのは、数秒だったようにも数分だったようにも思う。
「ええと……あの、是非、ご一緒させてください……」
答えてくれたニアが真っ赤な顔で俺に向けた微笑み。
はにかむような、幸せそうなそれに俺の胸は撃ち抜かれ、俺は危うくその場で崩れ落ちるところだった。
※「肉と酒を好む英雄は~」の方でも後書きに書きましたが、他の連載や私事の関係で、今後は定期的な投稿が難しい状況でございます。
楽しみにしてくださってる方には申し訳ありませんが、随時書き上がり次第の不定期投稿となりますこと、ご容赦いただければと思います。




