恋情と戦略と
「そういうわけで、これからお前も忙しくなるし、早いとこ婚姻を無事済ませて欲しいところなんだけど……流石にこういう理由で急かすのも無粋だよねぇ」
と、いきなりアルフォンス殿下が少々悩ましげに言い出した。
「え、殿下が人間らしい配慮をしている……あ、俺だけじゃなくてニアも絡むから、ですか」
「いや、一応お前の心情にも配慮するつもりではあるけど、どうせ結婚式に憧れとかないだろ?」
「まあ、それはその通りなんですが。ニアは……どうなんでしょうね……」
殿下に言われて、俺は考え込んでしまう。
婚約も無事まとまり、後はある程度の期間を置いた後に結婚するばかり。
ということで、結婚式の打ち合わせをぼちぼち始めたところなんだが……。
あ、ちなみに本来は一年だとかもっと時間をかけて準備すべきものってのはわかってる。
わかってるんだが、今回は色々と絡むから二ヶ月から三ヶ月程度の準備で済ませることになるし、ニアもそのこと自体は了承済みだ。
「どうなんだとか聞かれても、私がわかるわけないじゃないか。彼女に聞いてないのかい?」
「もちろん聞いてるんですがね、特にこれといった要望が出てこないんですよ」
「あ~……彼女はどうも物わかりが良すぎるタイプみたいだからねぇ」
困ったように俺が言えば、殿下もまた納得して、同じように困った顔になる。
何しろ俺とニアの結婚は、彼女がアルフォンス殿下に仕えることが出来るような身元を得るためのもの。
更に言えば、その立場を使ってのシルヴァリオ王国の攻略・併合。
つまり、ガッチガチの政略結婚である。ちょっと普通のものとは違うが。
俺の方には下心もあるというところが更に普通と違うところだが、それをニアに押しつけるつもりは毛頭無い。
むしろそこは、俺の男としての器的なものが試されていると思っているので、何とかじっくり口説いていくつもりだ。
話が逸れた。
まあそういうわけで、彼女としては元々の憧れはともかく、この結婚に夢を見ることはないんじゃないかと思ったりもするのだが。
そうでない、かも知れない、という淡い希望も持っているわけだ、俺としては。
……それくらいの希望を持つくらいはいいんじゃないかと思う。
ただ、仮に夢や憧れがあったとしても、ニアは現状を考慮してそういったことを口にしないんじゃないかというのが懸念事項なわけだ。
「実際、あまり派手な結婚式をするわけにもいかないですからね。彼女の素性を考えたら、多くの人目に触れるのは避けたいところですし。
花嫁衣装や指輪については頑張るつもりですが、出来る限り、にはなってしまいますし」
最大で三ヶ月の猶予があるとして、オーダーメイドのドレスを作るには足る時間だろうが、王族が着るような豪華な奴は難しい。情けないが、予算的にも少々きついところ。
子爵家への嫁入り衣装として十分なものは準備できそうだし、彼女は間違いなくそれでいいと言うんだろうけど。
彼女が心からそう思っているかはわからない。
「むしろ、これ以上無いほどの政略結婚なんだから、書類だけで済ませたいと思ってる可能性もあるよ?」
「それ、否定出来ないんでやめてもらえますか」
冗談めかしていう殿下に、思わず真顔で返してしまう俺。
うん、まあ。そう思われているのがある意味で一番怖い。
ただ、その場合傷つくのは俺だけだから、構わないっちゃ構わないんだが。
「悪い悪い。けど、こうして私とうだうだ言い合っていても、確かなことなんて何一つわからないだろ?
まずは彼女としっかり話し合うことじゃないかな」
「わかっちゃいるんですけどね……ちゃんと話してもらえるかどうか……」
「ふむ。となると、問題はそこかな」
「はい?」
一人納得顔の殿下に、俺は怪訝な顔になってなってしまった。
視線で問いかければ、殿下はもったいぶることなく答えてくれる。
「ある意味当然といえば当然の課題なんだけど、お前とニア嬢の間にはまだまだ信頼関係だとかお互いの理解だとかが足りないんじゃないかい?
話してもらえないかも知れない、話してもらえる関係かがわからないっていうのは、そういうことじゃないかな」
「う……それは、確かにそうですね……」
殿下に指摘されて、俺は頷かざるを得なかった。
何しろ俺とニアは出会ってからまだ一ヶ月も経っていない。
その間にコミュニケーションはもちろん取ってきているが、それはどちらかと言えば業務連絡だとか打ち合わせだとか、ビジネス的と言われたら否定出来ないもの。
そういう雰囲気のやり取りで、果たして感情的な歩み寄りだとか信頼関係が築けたかと言われたら、即答は出来ない。
だから俺は、ニアの言葉が本当に心からのものかがわからないわけだ。
「……どーすりゃいいってんですか、これ」
「残念ながら、これに関しては絶対の正解はないだろうからねぇ。お互いに会話を重ねていくしかないんじゃないかな」
「そうなりますよねぇ。……時間制限がないなら、いくらでも重ねるところなんですが」
ニアの父親の振りをしてくれる学者先生に確認を取って、諸々の段取りを整えたという体裁をとっても不自然でない期間が二ヶ月から三ヶ月、とは前言ったが、現状、結婚を伸ばせるのも三ヶ月が限度、という状況になってきている。
シルヴァリオ攻略に向けた仕掛けは出来るだけ早く取りかかりたいし、鉱山開発なんてものは時間がいくらかかるかわかりゃしない。
後単純に、国境付近の領地が長い間領主不在で王国軍だけ駐屯している状態、というのは色々要らん刺激を与える可能性がある。
だから俺は出来るだけ早く領地に行かないといけないし、その際には参謀というか相談役としてニアを伴う必要性があり、そのためには結婚をしていなければいけない、というわけだ。
……つくづく、必然性でがんじがらめになってる状況だな、おい。
「大体三ヶ月を目処に結婚、これはずらせないですよねぇ」
「まあ、ねぇ。流石に伴侶となっていない女性を前線基地に送り込むわけにはいかないし、向こうでの活動には彼女の助言が必須だろうし。
となると、三ヶ月後には結婚してもらわないと……いや、まてよ?」
「え、何ですか急に、酷い悪だくみを考えついたみたいな顔して」
「不敬罪でしょっぴくぞ?」
なんて俺を軽く脅してくる殿下だが、いやまじで今見せた腹黒い笑みは、滅多に見られないくらい真っ黒だったって。
あんまり言い募って本気で怒らせるのも嫌だから、黙ってるけど。
……悟られてる気もするけど。
「それで、一体何を考えついたんです?」
「いやね、別に書類上の結婚だけ済ませて、結婚式は後日って形も割とあるじゃないか」
「ああ、まあありますよね。正直ちょっと考えたんですが、そもそもいつになったら出来るのかわからんというのがありますし」
「だったら、わかるようにしちゃえばいいじゃないか」
うわっ、背筋が冷えるっ!
めっちゃゾクゾク来たんだけど……え、何かとんでもないこと考えてないか、この人。
「そもそも、派手な結婚式が出来ないのって、彼女の生存がシルヴァリオ王国側にばれたらまずいからだよね?」
「ええ、それはそう……って、まさか殿下」
「うん。シルヴァリオ王国がなくなってたら、ソニア王女が実は生きていたなんてわかっても、何も問題ないだろ?」
やばい、何てこと考えるんだこの人。
さっきから背筋がゾクゾク震えて止まらない。
ただそれは、恐怖じゃなくて。
「で、シルヴァリオ攻略が成されたら派手な結婚式やっても問題ないぞっていう餌を、俺の目の前にぶら下げることが出来るわけですね?」
「もしかしたらニア嬢もかも知れないよ?」
さらっと軽く言ってくれちゃって。
ああもう、俺の中にいる『黒狼』がまた目覚めちまいそうじゃないか。
俺は第三王子殿下に対して向けてはいけない顔になりそうなのを抑えて、ひくつくような笑顔で殿下に問いかける。
「前代未聞じゃないですかね、結婚式挙げるために国を落とすって」
「そこは勘違いしないでくれ、お前達の結婚式をちらつかせたのも手段の一つ、あくまでも目的はシルヴァリオ王国攻略、それによってもたらされる我が国への利益だからね」
いつもより大分温度が下がった微笑みでにこやかに言う殿下。
この人の恐ろしいところだが、本気でこう思っている。
それでいて、同時に俺達のことを考えてくれるのも嘘じゃない。
打算と感傷を共存させ、その軋轢や歪みまで飲み込んで平然としている。
これが王族の器って奴なのかと思うと、ほんとにこの人には畏敬の念を抱いてしまう。
しかしだな。
「……人の心理を理解して上手いこと利用する策謀家って、控えめに言って悪魔じゃないですかね?」
「良い加減ほんとにとっ捕まえるぞこの野郎」
俺が思わず本音を言ってしまえば、殿下が睨み付けてくる。
ただ、その口元は笑みの形を作っていた。
……いや、あんな物騒な話の後に笑ってるのもどうかと言えばそうなんだが。
まあ、俺も同類というか手下なんだ、今更ってものだろう。
そんなことを思いながら、俺は殿下と今後の話を詰めていくのだった。




