65話:ダンジョンをクリアするとどうなるのじゃ?
ぼとんどてんと鳴らしたのはわちの尻。
お尻から落下したショックで危うく漏らすところじゃった。
「おーい! 大丈夫かー!?」
と、のんきな声で現れたのは当然のごとニッシー。
「うむ! 漏らさなかったのじゃ!」
「そっちかよ」
ニッシーは女児の膀胱の小ささを知らぬのじゃ。ぶるりと来たらもう危険な状態なのじゃ。これだから女児になったことのない男は困る。
「ゲート出現中注意の看板が立ってたのになぁ」
「むぅ。清掃中かと思ってたのじゃ」
黄色い注意看板が立っていても、脳が意識して視界に入らないのじゃ。
「そんなことより不味いのう。やばいのう」
「ああ、戻るゲート消えちまったな」
「いや、おちっこ漏れそう」
おトイレしたくておトイレに入ったのじゃ。
チャージ完了発射準備良しなのじゃ。
「見ててやるからその辺の茂みでしちゃえよ」
「ニッシー……そういう趣味が……」
「そういう意味じゃねえよ!?」
あやしい。最近わちの周りの人間が変態だらけということが発覚した。
ニッシーもきっと女児の野良ション、もといダンションを見て喜ぶ類に違いない。
ぶるり。
「んじゃさっさとクリアして出ようぜ。あの館に入ればいいんだろ」
「う、うむ」
館、といってもわちのダンジョンの館とは違う。カラスがギャアギャア鳴いてるタイプの陰湿な雰囲気な館だ。
周囲は森と茂みで空には月が煌々と輝いており、一見開放型ダンジョンに見えるが、おそらく洞窟型の変種であろう。目の前にはあからさまに怪しい洋館が立っており、いかにもここをクリアしてくださいといった作りだ。
「なんか嫌な予感がするのう。強そうなモンスターが出そうなのじゃ」
「んー、まあ大丈夫っしょ」
ニッシーが強気で不安になる。これが妹とか北神くんなら「頼れるのじゃ!」となるのに、悲しいかな。ニッシーなのである。
洋館の周囲に張り巡らされた柵へ近づくと、なんか酷く臭い。
「ニッシー、うんこ漏らした?」
「漏らしてねえよ!」
わちがニッシーのお尻を怪しんでいると、尻ではなく洋館の庭の地面がぼこんぼこんと盛り上がった。
なんじゃなんじゃとニッシーの背中から様子を覗いたら、土気色した肌がぐずぐずの人間が、『う゛あ゛ー』と声を上げながらのそりのそりと立ち上がった。
「うぎゃあああ!!」
ぞ、ゾンビじゃあ!
わちはぶるりと震えて、尻もちをついた。じわっとおぱんつが濡れる。
「お、おい……」
「ぞんび、こわい、ぷるぷる……」
ゾンビは最初のダンジョンで稀に現れたが、臭いし殴ると肉片が飛び散るし最悪なのじゃ。最終的に妹マッチョはドロップキックで処理するようになったが、その衝撃でわちの足下に頭が転がってきたりトラウマなのじゃ。
「しょうがねえな。俺が殺るから下がってろ」
「に、ニッシー……?」
迫ってきたゾンビが、ニッシーの左手に食いついた。
いきなりやられてるぅ!? と思いきや、食いついたゾンビの頭が破裂した。
そして食われたニッシーの左手が無かった。いや、肘から先が変形していた。
「実は俺も少しだけ人間辞めちまったんだ」
ニッシーが持ち上げた黒く鈍い金属質の左手が、月明かりに輝く。
その先の筒状の銃口から、まばゆい光が発射され、ゾンビの群れが爆発四散していく。
あっという間に、ゾンビは元の躯となった。
「あと2分でダンジョンをクリアする」
「ダンジョンをクリアするとどうなるのじゃ?」
ニッシーはお漏らししたわちに振り返った。
「知らんのか? ダンジョンがクリアされる」
ニッシーの宣言の通り、ゲーセンにあるホラーシューティングのようなダンジョンは、あっという間に踏破してわちらはあっさり脱出した。
ニッシーは左手を元に戻し、ゲーセンの店員に説明。
わちは元に戻ったトイレでこっそりおぱんつをポリエチレン袋に入れた。プリーツミニスカートもびしょびしょでお尻に貼り付いて気持ち悪いけど我慢じゃ……。
ちなみに洋館のボスは吸血鬼だった。ロリ吸血鬼vsダンディー吸血鬼の戦い! にはならず、ダンディー吸血鬼はサイコガンで瞬殺された。かわいそ。
ニッシーに色々聞きたい事はあるが、ひとまずわちは家に帰ってお風呂に入る。
すまぬパパン……。おしっこちびっちゃったのじゃ……。
パパンが手洗いしておくから大丈夫らしい。大丈夫? ほんとに?
お風呂に入って着替えてわちの部屋に行き、テーブルにケーキを切り分けた。
なんか妹もしれっと混じっとるが、ケーキに釣られたのだろう。
「それで、その左手はどうしたのじゃ?」
「これか。話すと長いのだが……」
ニッシーは右手で左手を引っ張るとすぽっと抜け、サイコガンが現れた。
妹はフォークからケーキをぽとりと落した。
「ダンジョンに入ったらこうなった」
「短いじゃねえか!」
妹がぺしんとニッシーの左手を叩いた。暴発しそうで怖いからやめろ!
しかしニッシーならこんなもの、手に入れたらすぐに自慢してきそうじゃが……あ、そうか。
「ニッシー、冒険者はダンジョン部違反じゃぞ?」
「ちげえって! た、たまたまだって! 偶然だって!」
あやしい。
野良ダンジョンに入るのはダメなのじゃ。
ゲーセンダンジョン? 今回は事故じゃもん。
「でも隠してたっていうことはそういうことじゃろ?」
「まあな。幸いアズマとかと違って左手しか変わってないし、日常生活にも困らないからな。それに――」
「それに?」
「隠してた方がかっこいいだろう?」
ふむ。良かった。ニッシーが身体に付いた危険物を自慢して歩くようなタイプじゃなくて!
見せびらかしてたら逮捕されてそうじゃしのう。
「まあ、もし元に戻りたくなったらわちのダンジョンを使っても良いぞ」
「どゆこと?」
「知っての通り変身型じゃからのう。その代わり女になるが」
「どゆこと?」
だけどニッシーは悩むことはなかった。
便利そうじゃしなそれ……。いいなぁ……。わちもちょっとほしい……。
「ダンジョン攻略に困ってるなら、助けるぜ?」
「まじか」
そうだ。確かにニッシーのこのパクリサイコガンは凄い。
ニッシー連れ込めば簡単にクリアできるな……。え? なにこのチートお助けキャラ?
俺ダンジョンの攻略法わかったわ。ニッシーを女にする。
「そのためには一回ニッシーを女にしないと……」
「どゆこと?」
この冬休み。ニッシーは女として過ごしてもらう!
「ところでそのサイコガン、欠点はあるのかの?」
「すっげえ腹減る」
「じゃからばくばくケーキ食ってたのか」
気づいたらホールケーキ丸々1個無くなっていた。
やっぱり魔法と同じで腹が減るのか。もしかして空腹度システムというより、エネルギー源として糖とか脂質を使ってる……?
「ふぅむ……。魔法ダイエット……」
闇魔法使ってれば、わちのぽっこりお腹も凹むかもしれん……。
おっと、思考が逸れた。
「ってことは、今日はニッシーをメスにして終わり?」
「どゆこと?」
「みんなで入って、ニッシーだけ殺しておけば良いじゃろ」
「どゆこと?」
いいからニッシーは黙って女になればいいのじゃ!
夕方。クリスマスだというのにみんな暇なのか、いつものメンバーがわちの部屋に集まった。
そうだ、北神エルフも元に戻さなきゃ。
「わ、わたしも協力、するよ?」
「南さんは部屋で待っててくれれば大丈夫じゃ。切り札じゃからのう」
「わ、わかった!」
にこー。にぱー。
南さんを男に戻す必要はない。ニッシーが犠牲になるからな。
「それでは、今日はわたくしと西川くんが死ねばよろしいのですね」
「さっきからみんな死ぬだの殺すだの、怖いんですけど」
「大丈夫じゃ。すぐ慣れるのじゃ」
妹がバンとニッシーの背中を叩いた。
「男だろ! 死ぬくらいでビビるなよ!」
「ふつうビビるだろ!?」
困ったことにニッシーは常識人であった。
「TSローグライクダンジョンへようこそじゃ!」
さて、ニッシーはどんな姿になるやら。
あ、そういえばアイドル声優に憧れてるとか言ってたな……。やばい気がするな……。
恐る恐るニッシーの姿を探してみたら、見知らぬ赤い髪の胸の大きい美少女が。
「割と普通の美少女じゃな」
「普通とか言うなよ!」
ニッシーは自分の顔を鏡で見ると、「ほう」と感嘆して「かわいい。おっぱいでかい」と漏らした。
「アイドル声優にしては派手な見た目じゃが?」
「これ、前言った子が担当してるキャラだわ。スカーレットちゃん」
どうやら、赤い髪で炎属性でお姫様なキャラらしい。なんか100万人くらい居そうなキャラじゃな。
とりあえずスカニシちゃんには死んでもらう。
「え? まじで?」
「大丈夫。僕も一緒ですから」
「き、北神……」
北神くんとスカニシが手を取り合う。なにいちゃついてるの?
二人はとりあえずトロールで死んで貰って……、いやちょっと待てよ?
「とりあえずみんなでダンジョンへ行ってみるのじゃ」
館からダンジョン内ダンジョンへ入る。
そしてスカニシに能力を使わせてみる。
「能力と言われてもわかんねえよ」
「サイコガンはどうやってるのじゃ」
「ああなるほど。同じ感じでいいのか」
スカニシが左手を前に出すと、ブオッと火炎放射器のように炎が噴出された。
「うおー! かっけー!」
あれ? これこのまま行けるんじゃね?
いま困ってる難所は虫の大群だ。火炎放射で全て焼き尽くせば先に進めるのでは?
「うあっちー! うわあああ!!」
洞窟内で美少女の声が木霊する。スカニシの身体は炎に包まれていた。そして死んだ。
ニッシー……惜しいやつを亡くした……。
さて、安全に1階だけアイテム回収をして、わちらは精霊姫の部屋へ戻った。
あ、北神くんを元に戻すのを忘れた……。スカニシの焼身自殺が衝撃的すぎて……。まあいっか!
そして半額ケーキを手にしてプリンセス俺に会いに行ったら、左手にサイコガンが付いていた……。なんで?




