52話:ゲーミングティルちー
そして俺たちは何も成果なく部屋に戻ってきた。
諦めて館のゲートを潜ってきたのじゃ。
「お、おかえり……?」
「む、むぅ」
荘園の西側を歩き続け、何も見つからなかった俺たちの表情は暗い。そんな疲れ切った俺たちの顔を見て、南さんは怯えてしまった。
「何かあったわけじゃないのじゃよ。むしろ何も無かったのじゃ」
「そうそう。30分散歩してきたんだわー。あとトロールぶっ殺した」
「と、とろる?」
妹は殴る蹴るでストレス解消になってよかったのう。
「アズマくんの予想は全く外れてたね」
「き、北神も賛成してたじゃろ」
「可能性は高いと言っただけだけど?」
ぐぬぬ。こやつ責任回避しだしたのじゃ!
「でもさー。どこかにダンジョンあるんでしょ?」
「うむ。あるはずじゃ。確かにゲームのマップだとダンジョンの位置は荘園から遠いのじゃが……」
わちはノートも真ん中に四角と三角を組み合わせた館のマーク□を描いた。
そしてその前に丸く麦畑を描く。
さらにノートに山や木々をざっと書き込んで、ぽつぽつとゲートのマークを描き加えた。
「各地に入り口があってじゃな。イメージじゃがこんな感じじゃ」
「げ。近い場所でも今日歩いた分の3倍は距離あるじゃん」
「往復で2時間、3時間も歩きたくはないのう」
ダンジョン探索は長くても30分から1時間程度だ。それ以上は訓練した人間でないと集中力が続かない。まあ、うちのと一般的なダンジョンは大分違うが。
「バイクとかないのバイク」
「ないじゃろ」
あっても乗れぬじゃろ。乗ったことないじゃろ。
しかし北神が「運ぶというのは良い案だね」と応えた。
「アズマさんがみんなを担いで行けばいい」
「あたしの負担100%!?」
確かに。妹ゴリマッチョならロリショタのわちと、スレンダー北神エルフを担ぐくらいは余裕だろう。星野猫人は足が速いから駆ければ良い。
わちゃわちゃと議論していたら、南さんがじーっとノートを見ながらおろおろしていた。
「どうしたのじゃ?」
「あ、あの。これってファーミングプリンセス、だよね?」
おお! 南さんもプレイヤーじゃったか!
わちは星野さんの腕の中からするりと抜けて、南さんにすり寄る。
「ID交換しようじゃ!」
「え、と、持ってきてないから、今度、ね?」
「わちパソコン版じゃ! ID渡すのじゃ!」
「わかった。登録しとく」
ファーミングプリンセスはIDを教えあったフレンド同士で、遊びにいったりアイテム交換できるのじゃ。わーい! フレンドゲットじゃ!
「フレンド!」
「ふ、ふれんどっ」
にこー。にぱー。
「むむっ。いいなー。私もそれ買ってくる! ティルオくんフレンドになってね!」
わちと南さんがフレ交換していたら、星野さんが混じってきた。
いいぞ。やろうやろう!
「期末テスト前は止めた方が」
北神くんのセリフでみんなが状況を思い出した。遊んでる場合じゃねえ。
特に俺の勉強がな!
翌日からゲームもダンジョンもお預けとなった。目の前にダンジョンがあるのにもどかしい。
でも北神くんから貰ったスマホがある。ふふーん。
おっと、LIMEに通知が。
■ニッシー『今から遊び行くが?』
行くがじゃねえのじゃ。
□ティルち『お断りいたします』
ちなみに、LIME名は妹に勝手に「アズマ兄」から変えられた。
俺がロリショタになり妹がマッチョになってから、妹の権力が強すぎる。
あんまりそんなに俺あいつのこと虐めたりしてないぞ!
■ニッシー『アズマが冷たい。私の事は遊びだったの?』
□ティルち『しね』
よし。勉強するか。
赤点じゃなければいいよねって志だと本気で可哀相な目で見られるからな。みんなに。
環境というものは大事なのである。みんなが賢くて良い点取るならわちも頑張らねばと思うのじゃ。
ぴんぽーん♪
■ニッシー『着いたぞ』
馬鹿が寄ってくるのじゃー! 馬鹿になるー!
□ティルち『へるぷ。馬鹿がきた』
妹へ送信。妹からは『殺せ』と返信が来た。過激なやつじゃ。
こうなったら図書館でも行こうかのう。
ニッシーに『その場で待機』と送ってから荷物を鞄にまとめる。よいちょ。ショタ姿だとちょっと教科書とノート入れただけで重いのじゃ。
しまった。服がワンピース姿であった。いや慣れると楽なんだよワンピース。世の中の男たちはみんなワンピースをもっと着るべきだと思うね。
外に出るとしたら部屋着のままだと当然寒いので、急いでタイツを穿いて、コートを羽織る。猫耳フードと白いマフラーと手袋をして完璧じゃ。
「図書館行ってくる」
廊下から部屋の中の妹に伝え、とてててと階段を下りて玄関へ向かう。
すると本当にニッシーがいた。幻であってほしかった。
「ニッシーなぜ来たし」
「どうせ暇なんだろ? 遊びに来たぜ!」
「わち、図書館、行く」
付いてくるなら勝手にしろと、ニッシーの脇と通り抜け外へ出た。
びゅるるんと吹く風がショタの顔の薄皮をぴりぴりと凍てつかせ、思わず家に戻りたくなってしまう。
「俺何も持ってきてねえよ」
「じゃろうな」
わちは空手のニッシーを置いて前を歩く。
歩いてるつもりじゃ。
だが歩幅が違いすぎて、秒で追いつかれた。隣に立たれるとなんか腹立つ。
「なんかデートみたいだな」
とか言ってくるから寒気がする!
「わちは男じゃ!」
「え、でもスカート穿いて……」
「金髪の時は男なのじゃ!」
付いてるのじゃ!
それにわちは知っておるぞ。わちはニッシーの噂のTMITTERを覗いたら、本当にメイド服女装を自撮りしていたことを!
その事を突きつけるとニッシーは「罰ゲームだし」と返してきた。
ふーん? ほんとかのう?
「テスト前に図書館とか真面目すぎ」
「ニッシーが不真面目なだけじゃ」
図書館に着いた。びゅいいんと自動ドアが開き、顔に当たる暖気に歓喜する。ほかほか陽気。
席を探す。時期が時期なので人が多い。
そしてわちの姿を見た人が、じっと目で追ってくる。なんじゃ。なんじゃよ。悪いのか。おう!
「わちのかわいさがみんなの邪魔をしてしまっておる」
「アズマ、お前……」
「わかっておる。美しさは罪じゃからな」
その気がなくても惑わせてしまうのは仕方ないのじゃ。
絨毯の上をぽてぽてと歩き、邪魔にならなそうな席を探す。
すると、知った顔を発見した。
こっそり近づき、隣の席に座った。
「う、おわあ! なんかキラキラすると思ったら、ティル様じゃない」
「しー。竹林さん静かにじゃ」
「ごめーん。ニッシーもいるの? 図書館デート?」
「んなわけあるかいじゃ」
竹林さん。言ってはならぬ冗談もあるのじゃ。
こうしてダンジョン部三人が並んだ。
「二人共、テスト期間中はダンジョン部も休みだからね」
「うぃーす」
「わかっておる」
そして私語を慎む。
暇そうなニッシーには教科書を押し付ける。適当に読んでろなのじゃ。
そうだ。前回はニッシーに噛み付いて使役して帰らせたのじゃった。その手があったか。
いや駄目だ。今のわちはティルミリシアじゃなくてショタだった。吸血鬼じゃないのじゃ。見た目同じじゃが。
そういえば、金髪ショタにも能力はあるのかの?
気になり始めると勉強に集中できなくなった。
「ええと、プリンセスは精霊だから……」
「どんな勉強してるの……」
おっと、いかんいかん。口に出てた。
館の姫は呪われた存在で、精霊は邪気や瘴気を払うのじゃ。そうなるとお祓い的な力かの?
むぬぬぬぬっ。
「え、ティル様なんか光ってません?」
「あっやば。わちゲーミングティルちーになっとった?」
ぴかぴかティルちーしてもうた。光るのかわち。
「うああ目がぁ!」
そして光に当てられて苦しみだすニッシー。
騒がしいニッシーは司書に追い出されてしまった。さらばニッシー。
「こ、これが邪気を祓う能力……!」
「何してるんですか、ティル様……」
こうして世界は平和になった。




