悪癖
令和七年三月二十三日(日)
僕の悪癖は、冠婚葬祭や式典などの厳粛な場で、ついつい笑ってしまうことです。思えば学生のころからそうでした。入学式、始業式、終業式、卒業式など、大勢が集い粛々と進行する式の場に身を置くと、どういうわけか普段は気にもとめないような些細な事柄が妙に気になりだし、それが可笑しくてたまらなくなり、思わず吹き出してしまい、周囲から大ひんしゅくを買うのです。
普段は気にもとめないような些細な事柄とは、例えば、演台で話す校長先生の息継ぎ加減、卒業式と書かれた横断幕の微妙な傾き加減、舞台上に座る来賓客の頭髪の刈り上げ加減などです。もちろん込み上げる可笑しさに只々翻弄されるだけでなく、自分なりにあらがっては来ました。僕が考案した防止策は、笑いが込み上げてきたら息を止め、意識を朦朧とさせて何も無かったことにするというものでした。しかし式典の間じゅう息を止め続けるなど土台無理な話で、結局は堪えきれず、息を止めていた反動も相まって、逆に盛大に吹き出してしまうのでした。
社会人になってからもこの悪癖は治りませんでした。というより学生時代より深みが増したようです。何故なら妻という僕と同じ悪癖を持つ女性と結婚をしてしまったからです。結婚式なんかもう散々でした。神父が歌う讃美歌の絶妙な音程の外し加減に、新郎新婦揃って小刻みに肩を震わせていました。
昨年の五月、妻のお父さんがなくなりました。通夜式の日。「あんたが笑ったら私も百パー笑う。他でもない実の父の葬儀だ。お願いだから私に恥をかかせないでちょうだい。いいか。笑うなよ。絶対に笑うなよ」妻が荒々しい態度で僕に詰め寄ります。
やたらと妻が「笑うなよ。絶対に笑うなよ」と連呼するものですから、僕にはそれがお笑い芸人が「押すなよ。絶対に押すなよ」と言いながら自ら熱湯風呂に飛び込んで行くフリのようにも感じられ、そう思うと夫婦揃って静かに暖機運転が開始されたような気がしてならないのでした。
結局、通夜式開始と同時にアクセル全開。お経をあげるお坊様の、恐らく「南無阿弥陀仏」の小粋なアレンジバージョンと思われる「ナモ~ナモ~ナモ~」という一節に夫婦でツボり、そのナモが「ナモ~?」と半疑問形に聞こえた瞬間に揃って吹き出してしまいました。
生前お世話になった義父が亡くなり悲しいやら、でもお坊様のナモ~のイントネーションは可笑しいやら、嗚呼この感情をなんと名付けよう、なんてことを考えながら隣を見ると、同じく妻も大粒の涙を流し、必死で笑いを堪えているのでありました。




