7.国王陛下による断罪②
「3日前のあの断罪の場で、貴女は王子殿下たちに庇われながら金髪の女性と対峙してました。わたくしの耳にはあなた方の会話全ては聞こえておりませんでしたが、貴女の高い声だけは、ハッキリと聞き届けられました。貴女は、こう言ってましたね。
“大丈夫、最後にちょっと言いたいだけだから。私たち友だちだったんだもの!”
そう言って、貴女は王子殿下の傍を離れて、金髪の女性の耳元で何かを囁いた。
短い言葉で内容は聞こえませんでした。でも、その後で、金髪の女性が去った後で、わたくしはその方がグレース様だと聞き及びました!
本当に悔しくてなりません。わたくしが、ナーガラージャ国の第一王女であるこのわたくしが、どんなに面会を申し込んでも忙しくてお会い出来なかったグレース様と、いつ友だちになったと言うのですか?!
いつも外交で国外を飛び回っている、学園生でもないグレース様と、男爵令嬢でしかない貴女と!
接点は何処なのです?! 有り得ない!!
貴女は、ただ、グレース様に何か嫌がらせを言ったに違いないわっ! 卑怯な人!」
マリアは真っ青な顔で震えた。何も答えられなかった。
「ですから! 陛下! わたくしはこの者がどこか良からぬ組織の間者だと推察いたします! だからこそ、王子殿下をハニートラップにかけて籠絡したのでしょう?! 違いますか?!」
「ち、違います! ハニートラップだなんて……ひどいっ」
ターニャはマリアの悲鳴のような声に取り合わず、今度はその紫の瞳をジョン王子に向けた。
「先程、王子殿下はハッキリと仰ってましたね。“私の最愛の女性”と。婚約者のいる男性がその婚約者と違う女性を“最愛”と呼ぶのは……不貞ではありませんの? 少なくとも、わたくしの国の認識では不貞でしてよ?」
「違う! 不貞などでは無い! 真実の愛だ!」
「ならば、穏便に婚約解消すれば良いだけの話では? 何故、わざわざパーティ会場で騒ぎを起こしたのですか? それに王子殿下のご身分なら、その娘を愛妾か側室になされば良い。なのに何故わざわざ才女と誉高いグレース様との婚約を破棄したのですか? それがこの国の流儀なのですか? 理解できません。
わたくし、あの夜のあらましを鷹を飛ばし国に伝えました。今頃周辺諸国に知れ渡っていると推測しますわ。ロックハート国の王子は宝玉を捨てた愚か者だと」
「なっ……ターニャ様、それはまことですか?」
王太子が問うとターニャは頷いた。
「わたくしだけでなく、他国の留学生たちも、似たような情報は国元に報告しているはずですわ」
常識でしょう、と微笑むターニャ。シンと静まり返るホール。
「ここに」
宰相の低い声が響いた。
「ここに、ジョン・レイナルド王子の2年間の行動、接触した人間の数やその様子などを事細かに記した報告書があります。報告者は王家が付けた影。嘘偽りが無い本物です」
「影を付けた……?」
「影には護衛の任も含まれております。御身を守るためですので、事後ですがご了承ください。
……さて。
この影の報告で、いかに殿下がそこの男爵令嬢と学園内で仲睦まじくお過ごしだったのか、分かるのですが……男爵令嬢が他者から害されていたのは事実ですね。所持品を隠したり壊したりした者、直接足をかけて転ばせた者、突き飛ばした者、全て別の人間です。名前も判明しておりますが、今この場での公表は致しません。後日、それぞれの家の当主に書簡でもって正式に王家から通達致します。このような悪辣な手段で他者を害そうとするなど言語道断。品位を疑います。二度と王宮に足を踏み入れる事は叶いません。今名を公表しないのは、せめてもの温情と思いなさい」
宰相閣下の厳しい通達に、何人かの令嬢が項垂れた。
「そして」
改めて声を上げた宰相の冷たい瞳が男爵令嬢マリアを射抜く。
「階段から落とされた、という事だけは虚言ですね。ロバート・ミンツが通りかかるのを確認し、悲鳴を上げてから、貴女は自分でタイミングを図って階段落ちをした。ちゃんと報告が上がっています」
マリアは震えながら隣に立つジョンに縋った。
「無防備に階段から落ちたのなら、確かに命の危険があったやもしれません。が、覚悟の上の落下ならば……捻挫、とやらも嘘なのでは?
打撲程度覚悟の上で階段落ちを決行するとは呆れ返るばかりですが……。何のためにそんな真似を? もしや、殿下の同情を引いて婚約破棄のキッカケにならんとした、とか?
返答せよ、マリア・カーペンター!」
マリアは震え上がるばかりで何も答えない。否、答えられないのだ。
彼女は乙女ゲームの中で起こるはずだったイベントが中々始まらない事に焦れていた。『階段落ち』があって、初めて王子は婚約破棄を決意する。その大事なイベントが起きないのなら、起こしてしまえと決行した。
結果、見事にロバートに庇われて事なきを得たマリアは階段落ちの恐怖で本当に震えていた。その本物の震えは騎士志望の少年の保護欲を煽り、義憤に駆られた彼はマリアの『グレース様らしき人に突き落とされた』という訴えをなんの疑問も持たずジョン王子に伝え、彼に婚約破棄を勧めたのだ。




