19.オルレアンの乙女
目が覚めた時、真っ先に見えたのは
「見知らぬ天井だ……」
ん?
ここは何処? 私は誰?
いやいや、私はリリアーヌよ。リリアーヌ・アーバン。
ここは……私の取った宿の部屋ではないけど、木製の、この世界では、ありきたりの部屋。
木の窓。ガラスは無い。『窓』と言うより『戸』と言うべきかな。だから当然、部屋の中は薄暗い。でも木枠の隙間から漏れ入るのは陽の光。
……朝、なのね。多分。
さて。
私は何処に運ばれたのでしょうね?
昨夜の突然の意識の失い方は、一服盛られたとみて間違いない。
現状確認。
頭痛、無し。外傷、無し。ちょーっと胃もたれ気味かなぁ。二日酔いと言うより食べ過ぎね。
衣服の確認。昨夜のまま、乱された形跡なし。下着も履いてる。靴は脱がされている。
拘束、されていない。手も足も自由。
極めつけ、普通にベッドに寝かされていた。寝具付き。
私、快適な睡眠を取れたようね。
ふむ。
これはあちら側に認められて、ご招待されたと思って良いのかなぁ?
窓、開くかしらね?
押してみると……おぉ! 開く! 四角い枠の上部に蝶番があって、下部分が開くよ。ちょっと開けただけなのに、朝の眩しい光が部屋を満たしますよ。……ふむ。ここは2階なのね。つっかえ棒を立てかけて、窓を開けたままにして、と。
ふと振り向けば、ベッド脇にテーブルがあって、私の持ってたポシェットが置いてある。
テーブルの下に、私の履いていた編み上げショートブーツ。
うーん、ポシェットの中身、検分されたかもね。
まぁ、見られて困るものは無いけど。お財布と身分証、ハンカチとコンパクトと口紅。
前世だったら化粧道具じゃなくてモーゼルHScを隠し持ってたけどね……。
ジェ〇ムズ・ボンドなら口紅を隠し拳銃に改造してたかも? いやいや、007は女装しないって!
さて。
どうしたものか。
取り敢えず靴を履こう、そうしよう。
中身確認、と。
押しピンとか釘を入れられてる、なんて嫌がらせも無し。ふむ。
しかし、人間、経験が物を言うってあるわね~。
伊達に前世で原理主義者に捕まってないっつーの。捕虜にされるにしても、現状これなら、高待遇よ。相手の出方を待ちましょう♪ そうしましょう♪
と。
ドアの外から「起きてる? 入るわよ~?」と声が。昨夜のお姉さんかな?
果たして。
案の定、昨夜の赤い髪のお姉さんが入室して来た。手には……洗面器?
「起きてたのね。おはよう」
「おはようございます」
テーブルに洗面器とタオルを置く。お水持ってきてくれたのか。顔洗えって事かな?
有難く、洗顔させて貰います!
ぷはー サッパリした~気持ちいいね~♪
化粧水と乳液……は、無さそうね、残念。せめてボタニカルオイルが欲しい……。
「あなた、そんな繊細な顔してるけど、もしかして結構図太い?」
なんだか感心した! という表情のお姉さん。
「目が覚めて、見知らぬ場所だったら怯えたり警戒したりしない? 普通は」
ふむ。
「私、普通じゃないんで」
にっこり笑顔付き、良い子の返事。
「こう見えて、人生経験豊富なんです。多少の事では動じません」
お姉さんは口角を上げて笑うと言った。
「ついてきて。朝食にしましょ!」
大人しくお姉さんについて行ったら。
どうやらここは教会っぽいですよ。
数人の修道女とすれ違い、連れてかれた先は……食堂かしら。机の上にはパンとシチュー? かな? コップに牛乳? 山羊乳かしら、白い飲み物が用意されてる。
パンにはチーズがとろーりと……。
あぁ、あれだ! アルプスの少女ハイジのおじいさんが出してくれる山の食事!
あれ美味しそうだったのよね~流石パヤオミヤザキ! あのシリーズ好きだったなぁ。特に母をたずねて三千里が! アメディオを肩に乗せてみたかった!!
おっと。
席に着いてお祈りするのね。目の前に座ったお姉さんに従い私も手を合わせる。
日々の糧をありがとうございます。神に感謝。
「あなた、何処から来たの?」
ふぁっっ?! ビックリした!
いつの間にお隣に人が座ったの?!
お隣に座ったのは……。
修道女の服を着たお婆さま……お年は……お幾つでしょう? 髪を隠すベールの隙間から見える髪は白い。お顔の皺の様子から見るに……60は過ぎてるかしらね。お目がお悪いのか、濃い色付きの丸メガネをかけてる。総じて可愛らしい雰囲気のお婆ちゃまシスターだ。若かりし頃はさぞ美貌でブイブイ言わせてただろうなぁ。
もし。
もしロベスピエールが生きていたら、今年で96歳。もしこの方が彼の娘さんなら……年齢的には計算が合う? かも? ってゆーか、ロベスピエールを、知ってる可能性のある方って事じゃない? うっわ~生き証人見参! 滾る~!
「えぇと……首都から来ました。リリアーヌ・アーバンといいます。父の代からの生粋のロベスピエールファンです。シスター、彼のことを何かご存知ではありませんか?」
お婆ちゃまシスターは、笑顔のままゆっくり首を傾げた。
『あらあら。あなた、ジャンヌに会いに来たのではなくて?』
↑これを! この人、地球の! 英語で喋った!!!
「え」
『違うの? 転生者じゃないの?』(英語)
『て ん せい しゃ、 デス 』(英語)
懐かしすぎて上手く喋れない。
でも聞き取りは出来る……。
『ふふっここまで来てくれた方はリリアーヌちゃんが初めてね』(英語)
『は? うぇ? あれ? 転生? ジャンヌ、さん? ジャンヌ・ダルク? 本当に? 本物っ?!』(英語)
『地球からようこそ? かしら♪』(英語)
本物?! 本当に!?
私と同じ地球からの転生者?!
「って、ジャンヌさんは、マジでオルレアンの乙女だった人? ですか? 天使のお告げって本当にあったんですか? どうやってシャルル王子を見分けたんですか?! 最後に裏切られた事は恨んでいないんですか?」
私が矢継ぎ早に質問したら。
マジでシスターは、がっかりっていうか、しょぼーんな顔をした。
「あ? らら? 何か、私、失礼な事、言いましたか?」
「あぁ、いえね、違うの。わたくしは、ジャンヌダルクと名乗った過去もあるのだけど……ごめんなさいね、本物ジャンヌでもフランス人でも無いの」
フランス人、では、無い。
「あ、あぁ~、そんな、泣きそうな顔、なさらないでぇ、ごめんなさいね、わたくしの浅はかな考えのせいで、リリアーヌちゃんを惑わせたわね……」
ジャンヌさん(仮)が、オロオロしながら私の頭を撫でてくれる。
『わたくしの長年の願いだったの。わたくしと同じ様に地球から来た転生者に会いたくなって。誰か、地球で使っていた言葉に反応してくれないかな~って、ホント、浅はかな考えだったわねぇ。マックスに“マクシミリアン”と名乗らせたり……、孤児院にオルレアンと名付けたり……わたくし自身も本名は捨てちゃったから、ジャンヌって周りに呼ばせたり、したわねぇ……リリアーヌちゃんは、元フランス人なのね?』
『はい。ジャーナリストでした……あなたは……貴女の記憶では、フランス大統領は誰でしたか?』
「……誰だったかしら……アメリカ大統領はオバマって言ってたかも……」
「あぁ、そん位の時は俺もあっちにいたわ……」
「あら。“俺”さんなの?」
「はい。転生したら性転換シテマシタ……」
「あら複雑。違和感は?」
「無いですよ。こっちはコッチなんで……シスターは、結局、どこの国の人? 覚えてない感じ?」
「日のいづる国、ジャポンでございます。」
「……日本? ト〇タ?! ニンテ〇ドー?! スーパ〇マリオ?!」
「車好き? それともゲーマー?」
「どっちも! トヨ〇のランク〇は砂漠でもいい仕事するいい車っす! ガソリン無くても走ります! んで俺は格ゲーよりもじっくりドラク〇する派です!」
「ビア〇カ派? フロ〇ラ派?」
「断然! ビア〇カっす!」
「あーー、マザー? お部屋で、話したら? ここじゃぁ……」
赤毛のお姉さんの横槍で、ここは食堂だと思い出した。周りで数人のシスターが私たちをモンスターでも見るように凝視してる……おぅ、興奮してやっちまったぜぃ。
◇
ジャンヌさん(仮)の私室に場所を移して二人きり。
ジャンヌさん(仮)は目の前でハーブティーを淹れてくれた。
「さあ、召し上がれ。カモミールティーよ。心が落ち着いてよ……って言うか、コーヒーお出ししたかったわねぇ。フランスさんにならカフェオレ? が良かったかしら」
「いえいえ、日本さんのお手をそこまで煩わせたくないっスよ……」
お互い顔を見合わせてニヤリとする。
なんだろう、これ。初めて会ったのに故郷の友だちに会ったみたいな。この親近感? 親和感? バックボーンが同じ人に対する安心感?
「本当に、ごめんなさいね。フランスの方に会いたかったのでしょう? ガッカリさせたわねぇ」
「いえ! とんでもない。同じ地球出身ってだけでも嬉しいです!」
「そう? そう言って貰えると嬉しいわ、ありがとう」
にっこり笑顔のおばあちゃまシスター、上品だなぁ。いい歳の取り方した見本って感じ。
「幾つか質問しても?」
「良くってよ」
ジャンヌさん(仮)はここの修道院で院長をしつつ、併設された孤児院の運営もしてて、子供達からは“マザー”と呼ばれているらしい。
で、肝心のロベスピエールなんだけど。
「えぇ? 娘じゃない、だとぅ……?」
「わたくし、幾つに見える? 彼の娘だなんて言ったら怒られちゃうわ」
「あぁ、申し訳ない、もっとお若いのですね、孫? っていうか、彼と会った事があるのですか?」
ん?
またしてもしょぼーんな顔してる……
「あのねぇ、わたくし、今年で米寿なの。……あぁ、88になるのよ」
は?
はちじゅうはち? 嘘ん! 見えないよ?!
「当然、彼と会った事あるわよ。内縁だけど夫だったし」
おっと?
内縁の妻?! おぉぉぉぉ!! 新事実!!
た・ぎ・る!!
「先程“マクシミリアンと名乗らせた”って言ってましたが、それは何故?」
「彼が偶然ロベスピエールって名字で、それが良いかな~って単純に思ったの。勿論、フランス革命で活躍した“あの”ロベスピエールが念頭にあった上で、ね。わたくしが彼と初めて会った時は“マックス・ロベスピエール”って名乗ってたわね」
「フランス史、お詳しいですね」
「たまたまよ。ベ〇ばらのお陰」
「ベル〇ら……男装の近衛隊長がフランス革命で市民側に立つマンガ?」
「あら凄い! その通りだけど、よくご存知ね」
「日本のマンガ、アニメ、ラノベは一通り嗜みました! そのお陰で、転生なんていう事態にも冷静に対処できたと思います」
「あぁ、キリスト教だと生まれ変わり思想は無いものねぇ」
「人間として生を受けたのです。勝ち組ですよ! 性別なんて些細な事です!」
「なるほど」
「これは、ロベスピエールに失礼な質問かも、ですが……
貴女の夫が様々な改革を成し遂げたのは、貴女の前世の知恵があったおかげ、ですか?」
茶目っ気タップリなお婆ちゃまシスターは、ただにっこり笑って言葉としては返答してくれなかった。無言が返事とは高等テクニックだわ~。
そして
「びっくりさせついでに、わたくしの最大の秘密も話しちゃおうかしら」
と言って、丸い色付きサングラスを外した。
「わたくし、もう捨ててしまった名だけど、
この世で親に付けて貰った名前はグレース。
親戚の大おじ様が代父となって付けてくれたセカンドネームはフェリシアだったわ」
にっこり笑顔で私を見つめるその瞳は────
初めて見る、それはそれは美しい黄金の瞳だった。
嘘ん。
グレース・フェリシア・フォーサイス、伝説の天才児その人を目の前にするとは!!
誤字報告、ありがとうございます。
評価、ブックマーク等をよろしくお願いいたします。
グレースの出現は予測済!と言う方は↓の星を5個ほどクリックwww




