表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

16.愚か者の最後の日々②

 

  昨日と同じ代わり映えのない長閑なある日、乳母がジョンに寄越したのは、かなりの量の手紙の束だった。

 差出人はグレース・フェリシア・フォーサイス。

 宛先はジョン・レイナルド・ロックハート。

 ジョンが読みもせず捨てていた、グレースからの手紙だった。乳母が回収して保管していたらしい。


 一晩、手付かずのまま放置したジョンだったが、意を決してその手紙の封を切った。

 暇だからだと、自分に言い聞かせて。


 一番古い日付は10年前だった。

 幼いグレースは自分が設立した商会の代表として各国を飛び回り始めていた。国を移動する度にジョンに手紙を送っていた。まるで日記のようだった。

 各国の商人の様子、貴族の様子、市民の様子、天候、特色ある食べ物、人種の違い、言葉の違い。その国が抱えている問題、その問題を解決する為に奔走しているグレースの様子。合間合間に行われる、帯同する家庭教師から受ける王子妃教育の様子。

 時にユーモラスに。

 時に深刻に。

 話題は様々で読んでて飽きなかった。


 最初は子どもの拙い筆跡だったが、段々と美しい文字になっていく。


 そして必ず冒頭と文末でジョンを気遣っていた。


 誕生日に届く手紙には“おめでとう”の言葉が必ず添えられていた。

 文字なのに、温かさを感じた。




『おかぜなど召していませんように』


『10さいのおたんじょう日、おめでとうございます』


『お元気でいらっしゃいますか?』


『13歳、おたん生日おめでとう』


『何か欲しいものはありませんか?』


『16歳ですね。お誕生日おめでとう』


『学園には慣れましたか?』


『温かくしてお休み下さいませ』


『お友達は出来ましたか?』


『18歳、お誕生日おめでとう』


『寂しくはありませんか?』


『いつか、会えますか?』



 一番日付の新しい手紙は、グリフォン帝国で書いた物らしい。

 もうすぐ帝国との条約が結ばれそうだと。

 苦労したけれど、その甲斐があったと。

 アーサー王のご心痛も和らぐだろうと。

 ジョンの卒業に間に合わせて帰国する旨と、その時には会えるかと。


 会いたい、と。


 ジョンは、泣きながらグレースからの手紙を読んだ。

 何故、過去の自分はこの手紙を開封もせず捨てていたのだろう。


 忙しいグレースが帰国した折に組まれた茶会をジョンはすっぽかした事があった。

 そうだ、だから父上はあの日温室でグレースと共に居たのだ。本来、温室でグレースと会っているはずのジョンが来ないから、一人で待ち続けるグレースを不憫に思った王太子が現れたのだろう。ジョンは待ちぼうけしてるはずのグレースを嘲笑う為に温室へ足を運び、居るとは思わなかった王太子の姿を見て勝手にショックを受けていたのだ。

 過去の自分を殴りたい衝動に襲われる。

 そうだ、グレースは国の為に働いていた。

 寝る間も惜しんで。国から国へと強行軍で移動し身体中が痛いと手紙には書かれていた。


 自分は自分を顧みてくれない父や祖父に対して不満を持つばかりで、自分に心を寄せてくれる存在を無視し続けた。


 10年間。


 返事のない手紙を出し続けるのは辛くなかっただろうか?

 ろくに会おうとしない婚約者を恨んだりしなかったのだろうか?

 宰相に血も涙もないと言われるのも当然だ。

 後悔しかない。

 自分を思ってくれた存在を、グレース・フェリシアを、ジョンは地下牢なんかに投獄した。


 脳裏に浮かぶグレースは、あの卒業記念パーティーの日の姿。

 真紅のドレスに金髪は映えた。

 着飾った姿は見惚れる程美しかった。

 レオン王太子と踊っていた。


 本来なら婚約者である自分がエスコートしなければならなかったのに、誘わなかった。

 何も知らず、何も見ようとしなかったあの頃のジョンは、グレースが普通に学園で生活してると思っていた。そのくせ、彼女の姿が見えない事を不思議にも思わなかった。


 独りよがりな冤罪を突き付け、一方的に断罪した。

 顔色を悪くしていたが、彼女の美しさは最後まで損なわれなかった。

 去り際まで気高く女王然として振舞っていた。



 グレースからの手紙は、もう二度と来ない。







 日に二度届けられていた食事が来なくなった。

 毒杯ではなく、餓死させる事にしたのかもしれない。

 訪れる者もなく、することも無いジョンは寝台に寝そべって、後は死の天使が迎えに来るのを待つだけかと覚悟を決めた。




 何日か経って。

 階段を登ってくる足音が聞こえた。

 聞きなれた牢番でも乳母の足音でもなかった。塔の最上階まで来た足音の持ち主は、ジョンのいる部屋のドアを大きく開け放った。


 そこに居たのは、初めて見る赤い髪の若い男。


 彼は朗らかな表情で言った。



()()()()()()として来ました、ロベスピエールと申します。

 遅くなってすみません、()()です。

 貴方は()()されます」




 まさか自分にこんな未来が来るとは夢にも思っていなかった。







 -----------------------------

 ジョン・レイナルド・ロックハート王子

 残念王子。釈放時20歳。

 学園在学中に男爵令嬢マリアと出会い傾倒する。卒業記念パーティーで婚約者である公爵令嬢を断罪し婚約破棄宣言をする。これがアーサー王の逆鱗に触れ王族籍を剥奪され、塔に収監される。

 後に恩赦によって解放される。

 新政府で下級職員として余生を過ごした。

 享年36。独身。


↓星の評価、ブックマーク等をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ