9.国王陛下による断罪④
「お前、何故、嘘の報告を殿下に進言したのだ。答えよ」
宰相は、跪いたまま震えている男に、ジョン王子に進言し今は拘束されているグレースの侍従と名乗った男に、詰問した。
男はおずおずと顔を上げて宰相を見た。意外な程秀麗な顔が苦悩に歪んでいた。
「このままだと……グレースお嬢様が、結婚してしまう、から……」
「婚約したのだから、いずれ結婚するだろう。それに何の問題が?」
「……! 問題だらけです! こんな男がっ! 顔だけで頭空っぽな無能がグレースお嬢様の夫になるだなんて、許せません! だから……だから、俺は……王子の方から婚約解消するように、わざと……」
「わざと、王子の怒りを買うよう、嘘の進言をした?」
「はい……でも、まさか、まさかこんな事になるなんて……お嬢様を北の地下牢に入れるなんて、ここまで王子が非常識な人間だと思ってもいなくて……旦那様……俺の浅慮のせいで……申し訳、まことにっ……もうしわけ、ありませんっっ……」
男はとうとう声を上げて泣き崩れた。
ホール内に男の悲痛な泣き声が響く。
男の泣き声が小さくなった頃、宰相は再び問う。
「……お前は、北の地下牢に入れるのは非常識、だと言ったな。お前の常識だと、王子はどんな行動をとると思った?」
「……そもそも、パーティで騒ぎを起こすなんて、問題外ですが……お嬢様に罪があり投獄が必要だとしても、貴族用の一般牢に入れるのが普通だと、愚考します……地下牢なんて有り得ない……領地に蟄居させるとか、修道院へ送るとか、その程度なら言うかも、とは思っていましたが…………」
そう。例え罪が疑われてもその身分を考慮して、一般牢に入れるのが普通だ。『牢』と言っても作りは平民の家となんら変わらない。ベッドもきちんとあるし、風呂もトイレも狭いながらちゃんとある。見張りが立ち、行動と面会の自由が無くなるだけだ。
裁判が済み、最終審議が終わり極刑が下された罪人が入るのが『北の地下牢』である。裁判官でもない王子が挙げ連ねた冤罪で、しかも『容疑者』の段階で公爵令嬢が入れられる場所では無いのだ。本来なら。
「その時の状況……パーティ会場でグレースに冤罪が被せられた後、どういった流れでグレースは『北の地下牢』行きを命じられたのか、説明できる者はおるか?」
会場内を見渡しながらの宰相の問いかけに、皆一斉に彼らを見た。その時の当事者、王子とマリア、そして彼らの傍に居たロバートとキース。
キースが青い顔をしながら口を開いた。
「あの時……グレース様に、罪を、告げて……殿下が確か……
“マリアを害した傷害罪、王族への侮辱罪、不敬罪、罪を重ねたお前など牢に入れ!”って……言って……確か、そのあと、に、……マリアが」
「マリアが“地下牢ですね!”って言ってた……」
ロバートも呆然とした顔で言葉を繋げた。
「まさか、地下牢なんて有り得ないって思ったけど……殿下も“地下牢! そうだ、それがいい! お前にふさわしい場所だ! とっとと行け! 衛兵!”って叫んで……マリアがグレース様に、何か囁いて……」
「そうだ、マリアが“最後だから”って言って、グレース様の耳元で何か言ってた。聞こえなかったけど。グレース様、が、真っ青な顔で、でも笑顔で、姿勢を正して、カーテシーを、して」
「そうだ、笑顔で言った。
“皆様、御機嫌よう。この栄華が一日でも長く続きますように。草葉の陰からお祈り致します”……と」
「それで……殿下に呼ばれて近寄っていた衛兵に手を差し出して……」
「エスコートされるように、会場を、自ら出ていった……俺も、……誰も、止めなかった……皆、唖然としてた……」
キースとロバートの発言に国王は瞳を閉じた。彼が一番聞きたくて、一番聞きたくなかったグレース・フェリシアの最後の言葉だった。
「カーペンター嬢が唆し、王子殿下が承認した。そして我が娘は自ら地下牢へ向かった、という訳か」
宰相がポツリと呟いた後、“殿下”とジョン王子に呼びかけた。
「殿下は、ご自分の恋人があれだけ嫌がらせを受けている学園内で、我が娘も同じ目に、冤罪をかける為の罠を仕掛けられたなどとは、夢にも思わなかった、という事ですね」
「罠……だと?」
「違いますか? ありもしない罪をかける為に、ありもしない行為を進言され、それも初見の者の申し伝えた事象をまんまと信じ、婚約破棄を宣言する……罠に掛けられた我が娘を、哀れに思っては下さいませんか? まぁ、この罠は娘と同時に貴方にも掛けられた罠でしたが、それに気が付きもせず……
……貴方は、そこの男爵令嬢にかける情けの10分の1も、我が娘にはかけて下さらなかった……幼い頃からの婚約者だというのに、花の一輪さえ贈った事などなかった……、しかも、学園に通っていない事に2年も気が付かなかったとは……
娘は貴方に手紙を書いていましたが、それへの返事もありませんでしたね……侍従に定型文で返信させる事さえ、なさらなかった血も涙もないお方ですから、当然の事か……」
淡々と語る宰相に、ジョンは何も言えなかった。悪いのは、グレースのはずだ。
そのグレースが罠に掛けられるなど、あるわけない、のに……。手紙なんて、覚えていない。血も涙もない、なんて……そんな事……。
「さて、陛下。私は我が娘とジョン王子殿下との婚約解消、いいえ、破棄を、奏上します。それと同時に」
宰相は国王に向けていた顔を一度、会場中に向けた。そして感情の読めない冷たい目で、ジョン王子の腕に縋り付く男爵令嬢を睨んだ。
「そこの、マリア・カーペンターをスパイ容疑、並びに公爵令嬢への侮辱罪、並びにジョン殿下を煽り未来の為政者である公爵令嬢を貶めた国家反逆罪で起訴します」




