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未来について その五


 翌日、私達は彗さんのマンションを訪れていた。彗さんは普通に仕事なので、家にいるのは真由さんと赤子のみ。


「──緊張するなあ……」

「中にいるのは真由ちゃんとお子さんだけだよ。大丈夫だって……」


 何故かカチコチになっている俊ちゃんの肩を叩き、彗さんの部屋番号を押す。すると、電話越しに出た真由ちゃんのトーンは明らかに低かった。


「どうかしたのかな?」

「行ってみれば分かるやろ」


────────


 勝手知る俊ちゃんがまるで家主のように玄関のドアを開けて中に入る。

 中にいる人物を見て、俊ちゃんの表情は一瞬で固まった。


「なんで、おるんや……」

「理由がありますか? 彗はんは立派に東京でお勤めされていると思っていたら……まさかこんなことになっているとは」


 鋭い目つきでこちらを睨みつけるのは、多分俊ちゃんのお母さん。

 学校の先生って聞いていたけど、モデルさんみたいにすごく美人。

 標準語だけど京訛りのアクセントがあって、その柔らかいようでドスの効いた迫力が逆に怖い。それなら京都弁の方が柔らかいような気がする。


「おかんがおるならオレら帰るわ」

「お待ちなさい、俊介」


 俊ちゃんはよほどお母さんと逢いたくなかったのか、聞こえないように小さく舌打ちまでしている。和希くんを匿っていることもあるから後ろめたいのかもしれない。


「そのお嬢さんは?」

「ふぇっ!? あ、あの、私は……」


 突然の飛び火にギクシャクしていると俊ちゃんが私の肩をぐいっと引き寄せた。


「オレの嫁さんや」

「はぃ!?」


 あ。やばい。思わず咄嗟に否定してしまった。隣の俊ちゃんが明らかに嫌そうな顔をしている。

 だ、だって仕方がないじゃない。嫁さんとか、まだプロポーズもされてないもん……。


「あなたは俊介のことをどう思っているんですか?」

「え、えと、私は高桑晶と申します。……俊ちゃ……俊介さんとは2年間程遠距離恋愛させてもらってまして」

「晶さん。もう遊びは気が済みましたよね? では早く別れてください」

「……あのなぁおかん」

「お黙りなさい。藤宮令嬢との婚約が決まっているでしょう。あなたがいつまでもはぐらかすからこんなことに」


 お母さんの深いため息と、突然耳に入った婚約の話。

 確かに俊ちゃんはもう37歳になるし、仕事も安定、イケメンで元々モテるのは知っている。でも、婚約していたなんて聞いていない。


「あ、晶?」


 ポロポロと溢れる涙。私は、俊ちゃんに遊ばれていたのかな。

 そうだよね、釣り合わないのは知ってた。でも、いつか俊ちゃんに必要とされて、隣に並べる日が来るかなって──。

 プロポーズ、してくれるの待ってたんだ。夢のような白馬の王子さまを待ってたってしょうがないんだけど、俊ちゃんのことは本気だったんだよ……。


「真由さん、ごめんなさい。帰りますね……彗さんによろしくお願いします」

「あ、晶さん!?」

「ちょい待ち、晶──っ」


 気力も失せていた私は力無い足を叱咤して玄関まで向かう。

 そんな私を追いかけようとした俊ちゃんは鬼のような形相をしたお母さんに止められていた。そして閉めた玄関のドアから聞こえる真由ちゃんの声。


 私はどうやって家に帰ったのか……記憶がない。そして、その日俊ちゃんはマンションに戻ってこなかった。


────────


「晶ちゃん、今日遅番大丈夫なの?」

「はい。いつも休み頂いてますし。へっちゃらです」

「そう? ありがとう。お疲れ様」

「はぁい」


 遅番の看護助手さんが体調不良とのことで、私は遅番業務に名乗りを上げた。

 本来看護師が遅番をすると給料体制的な問題が発生するのだが、今はただ働きでもいいからとにかく仕事をしていたかった。

 それは、気まずくなった俊ちゃんから離れるため。


 あの後真由ちゃんからメールがあり、俊介さんと話をしてほしいと連絡があった。けれども私は俊ちゃんと話が出来る気分では無かったので、それに返事はしていない。


 何度も俊ちゃんから連絡が入っていたが、私はそれを無視してマンションに書き置きだけ残してきた。

 今日、遅番を終えて帰った時に俊ちゃんはマンションにいるだろうか。でも、もういい──。私は所詮遊ばれていたのだから。


 遅番を終えた私は明かりのついていないマンションの鍵を開けた。


「ただいま……」


 勿論、中から誰の返事もない。そして私が書き置きしたメモもリビングから消えている。寝室に足を向けると俊ちゃんの荷物は消えていた。


「そうだよね……。別に、俊ちゃんはうちに泊まらなくてもいいんだもん……」


 喉が焼けるように痛い。胃がキリキリ軋む。どうしてこんな悲しい別れ方なんだろう。


「俊ちゃん……嫌だよ」


 素直にたった一言聞けばいいことなのに、それが聞けないのは、今の心地よい関係が完全に崩れてしまうのが怖いから。

 何も聞けないまま俊ちゃんが消えていくのはもっと嫌だ。


 声が枯れるまで泣いた私は携帯電話の着信に気付かないまま眠りに落ちていた。

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