未来について その三
「あっ……俊ちゃん……待って」
「待てん」
「こ、こんな……トコで」
彗さんのサプライズ過ぎる報告をいち早く聞いた俊ちゃんは、翌日に職場に年休申請を出して1週間だけ東京に来ていた。
既に退院してマンションで生活している彗さん夫妻のところに顔を出した後、私が仕事を終えるのを適当に時間を潰して待ち伏せしていたらしい。
私にとっては俊ちゃんがマンションに居る方がサプライズ過ぎて心臓に悪い。
玄関の鍵を開けた瞬間、背後から抱きしめられて濃厚なキスをされる。
「んっ……はぁ。だ、ダメ……」
「何で?」
「何で? じゃなくて! 俊ちゃんが東京に来たのは生まれたての可愛い姪っ子に会いに来たんでしょうっ!」
「そっちはついでや。晶とエッチしにきた」
思わずずるっと滑りそうになる。彗さんの報告を聞いたから東京に来たんじゃないの!?
しかも俊ちゃんは1週間の休暇申請を問題なく受理されたとか。どんだけ年休余ってるのよ。それとも、会社が初姪っ子ということで寛大なのかよく分からない──。
「俊ちゃん、仕事……忙しいでしょう?」
「ああ、仕事用のiPad持って来たから大丈夫」
キスは唇から首筋に移り、不埒な手は胸元のシャツボタンを外しにかかる。
このまま玄関で流されるわけにはいかない。私は最後の力を振り絞り、俊ちゃんの手首を掴んだ。
「け、彗さんのところに泊まらなくていいの?」
「──晶。オレのこと嫌いか?」
「そ、そんなわけないじゃない」
「だったら素直に喜び? 晶は普通に仕事行って、オレは晶の代わりに家のコトして帰り待ってるからな」
茶目っ気たっぷりにウィンクされ、私はそれ以上抗議するのをやめた。
────────
もっと早くに俊ちゃんが来ると知っていたらご飯も準備したのに、こういう時に限って冷蔵庫の中身が寂しい。
買い物に行こうかと財布を手に取ると、俊ちゃんは冷蔵庫の横に貼っていたデリバリーのチラシをじっと見つめていた。
「俊ちゃん、夕飯何がいい? 私買い物に──」
「いや、わざわざ出なくてもこれでええやろ?」
指先でピラピラと動かすチラシは宅配弁当サービスだ。先日ポストに入っていたのをそのまま冷蔵庫に貼っていたやつ。
最近のデリバリーは品が良くて一人暮らしには有り難いメニューが充実している。
「わざわざ来たのにお弁当でいいの?」
「うん。急やったからな。明日はオレが晶の為に腕を振るうから。あ、今回はたこ焼きやないで?」
「ふふっ。ありがとう。じゃあお言葉に甘えてお弁当にするね」
私はお弁当とドリンクを頼み電話を切る。その間に時間を無駄にしない俊ちゃんはさっさと風呂場に消えていた。
「女の子は入浴剤好きやなあ」
「それは先月退職したコがくれたの。みんなハンカチとか入浴剤くれるから溜まっちゃって」
「──『効能・エッチな気分になるので好きな人と夜のチョメチョメに』」
「ふぇ!? そ、そんなこと絶対書いてないっ!」
確かに寿退社した後輩はニヤニヤしながら私にその入浴剤とバスローションをくれたけど、もうオブジェのように置いていただけで中身まで見ていない。
慌てて俊ちゃんに手を伸ばすが、身長差で全く敵わない。
「ふぅん、慌てるってことは──晶、使ったんか?」
「使ってませんっ! 中身確認したくて。ちょっと、見せてよお」
「嫌や。これでホンマにエッチな気分になるか今晩試そうな」
「な、な、な、な……」
開いた口が塞がらない。俊ちゃんはちゅっと頰にキスを落とし、楽しそうに鼻歌を歌いながらリビングへと消えていった。
結局、手には謎のローションを持ったまま。
30分後にデリバリーが届き、2人で少し遅い夕食を食べる。私が食後の片付けをしている間に、寝室では俊ちゃんが荷物の整理をしていた。
1週間の旅行? とは言え、男の人は荷物が本当に少ない。
まあ、私のマンションをホテル代わりに使うんだし、確かに下着と服があれば困らないよね。それに足りなかったら現地調達って手もあるし。
「なぁ、晶」
「なあに?」
「──これ、なんや」
「ウサギさんセット? それ、こないだの病棟親睦会で会場をカジノ風にしようって企画で外科の先生が着たやつだよ」
「なんでまだ持ってるんや、こんなん……」
それは、コスプレセットの1つ。俊ちゃんがコスプレ好きなのは知っていたし、たまたま余った未使用のを1着貰ってきた──なんて言えない。
「それは……そのお……」
「使用済み?」
「ち、違うよ。それはたまたま余ってたもので、俊ちゃんがコスプレ好きだから……あ」
誘導尋問されたわけでもないのについついポロリと真実を話してしまった。その途端、俊ちゃんが嬉しそうに口角を上げる。
「今日はお風呂でエッチな気分になって、おまけにバニーちゃんがご奉仕してくれるんか。贅沢なサービスやなあ」
「何でそんなことに!? さっきのローションはどこ!?」
「後で食後の運動や。さあーて先に風呂行こうかなあ」
ご機嫌の俊ちゃんの背中はすぐに浴室へと消える。
一方、バニーちゃんセットを持つ私は小さなため息をついた。




