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未来について その二


「……子供って本当に可愛い」


 手術の予定日ギリギリまで入院した真由ちゃんは、帝王切開で元気な女子を産んだ。

 本来、母子共に問題なければもう少し母体の中で育てた方が良いのだが、2人は母親のメンタルを選択した。ええっと普通は38週だっけ……私は残念なくらい産科領域はド素人なので、この話になるとうまく説明出来ない。


 真由ちゃんは初めての出産。しかも彗さんの子供というプレッシャーに何ヶ月も不安と戦っていた。

 ギリギリまで入院して、いつ産まれるのか不安でいるのが耐えられなかったのだろう。しかも、これから待ち受けているのは京都から呼ぶ予定の辻谷ご両親。


 若い夫婦は見えない不安から解放され、今は産まれたての子供に顔をくだけさせている。


 私は日勤業務の後に急いで着替えしてきたのだが、未だ赤子に触ることすら出来ない。

 どうやら、彗さんが赤子からなかなか離れないらしい。


「もう、彗さん。いつまでそうしてるんですか。晶さんが抱っこしたいって言ってるのに……」

「い、いえいえ、お気になさらず! 良かったですね可愛い女の子で」

「はい。女の子だから彗さんがもうパパの顔になっちゃってデレデレです」


 そこに普段のクールな印象の彗さんはどこにも無い。穏やかな顔は常に緩み、いつまでも嬉しそうに赤子を抱いてあやしている。


(いいなあ──彗さん。パパの顔)


「そろそろ茜ちゃん授乳の時間だから行きますよ?」

「あぁ。それじゃあまた明日な、真由──」


 そっと真由さんの腕に赤子を返し、彗さんは彼女の唇にキスを落とす。

 美しい2人のキスシーンになぜかドキドキしている私。それに、真由さん授乳に行くなら私邪魔じゃない! 確か授乳の時間は衛生的になんとかって理由で下の病棟に行くんだっけ。

 私は帰ろうと踵を返したが、一緒に産科病棟まで、と下の階に降りる。


「子供の名前。もう決めたんですか?」

「はい。もうずっと前から2人で決めていたんです。茜にしようと」

「あかねちゃん……可愛い」


 無駄のない2人の段取りは早い。子供を産んだ後の準備まで先のことまで考えているのだろう。


「移動大変ですね」

「私が無理言ってここの特別室でお願いしたんですもの、ちっとも大変じゃないですよ。それにこの階段移動も慣れました」


 出産を経験した女性は強いと言うが本当らしい。真由ちゃんの表情から、以前のような不安の色は消えていた。

 腹部の痛みも陣痛に比べたらそうでもないって言うし。


「じゃあ彗さん、晶さん。また──」

「おやすみなさい、真由ちゃん」


 真由ちゃんと産科病棟前で別れ、彗さんと私は時間外出口へと足を向ける。


 病院から出たところでふと彗さんが口を開く。


「──晶さん、最近兄貴に会ってますか?」

「え? 来月に俊ちゃんが来る予定でしたけど、何かありました?」

「いえ、こっちに来た時に報告が出来たらと思っていたのですが……実はこれで良かったのか今更ながら悩んでいるんです。真由が妊娠した時点で兄貴には言うべきだったと」


 確かに、産んでからどうしよう? と相談を受けても俊ちゃんも困るはず。

 真面目な彗さんらしからぬ選択だとは思うが、他人の私がそこまで介入なんて出来ない。


「──妊娠の時点で家族に言ったら、堕ろせと言われたと思います。だから誰にも言えなかった。もし真由に母が何か言うのであれば、私が全て責任を取るつもりです」


 彗さんは真由ちゃんを傷つけたくなかったんだ。その強い気持ちは痛いくらいわかる。

 でも──俊ちゃんは?


「私が俊ちゃんの立場だったらすごく悲しい。例えお母さんに言えなくても、兄弟なのに……一生に関わることも相談してもらえないなんて」


 これは私のすごく個人的な意見。でも、それは私がそうだったからだ。

 お姉ちゃんはいつの間にか拓真くんと別れ、別の人と結婚してその人との子供を産んだ。それを知らなかったのは、家族の中で私だけ。


 おめでとうを言うタイミングも失い、結婚式だって挙げたのかわからない。言いようのない疎外感は今も胸にしこりのように残っている。

 私の何とも言えない気持ちは、頭の良い彗さんにすぐ通じたらしい。


「今日にでも兄貴に電話してみます。今更と怒られるの覚悟で」


 俊ちゃんのことだから、多少文句を言っても絶対に彗さんを悲しませることはしないはずだ。それだけは私も胸を張って言える。


「はい。それがいいと思います。でも、もし俊ちゃんに何を言われても、まだ真由さんには伝えない方がいいと思います」

「そうですね……ありがとう晶さん。送りましょうか?」


 駐車場に向かう彗さんは穏やかな笑みを向けてそう話す。王子様のような彗さんと長時間2人きりなんて、絶対にドキドキが収まらない。


「い、いえいえ! 彗さんの高級車に乗るのは気が引けるんで! 電車で帰りますっ」


 咄嗟に苦しい言い訳をして私は駅の方を指さした。

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