遠距離恋愛の秘訣 その六
「俊、ちゃん……」
「晶、講義は終わったんやろ? 帰るで」
「ちょ、ちょっとあんた!」
私を連れてこの場から去ろうとする俊ちゃんの肩を拓真くんが掴む。
「……何か?」
「あんたが晶ちゃんの彼氏か? 晶ちゃんが草間さんに振られたタイミングで偶々付き合ってるだけなんだろ? なあ」
草間くんとの関係まで知ってるなんて、お姉ちゃんが喋ったのだろうか──でも、元彼に妹が振られたとか普通はイチイチ言わないでしょ……。
拓真くんの言葉に俊ちゃんは僅かに目を細めて小さく笑う。
「はーん。お前、晶のどこが好きなんや?」
「は? そりゃあ明るくて優しくて、みんなに平等で、あと……すごく綺麗になった」
「だろう? それはなあ、今までの人生とプラスオレと付き合って少しずつ形成された晶や。お前が作った晶やない」
「なっ──」
「10年振りにぽっと出てきて、自分がフリーだからって付き合いたいとか……自分勝手やと思わんのか?」
反論出来ずに唇を噛みしめる拓真くんを残し、私は俊ちゃんの暖かい手に引かれながらマンションへと戻る。
────────
俊ちゃんのマンション方面に行く電車を降り、少ない街灯の下2人で手を繋いで歩く。
酔いも覚めたお陰で、吐き気はとうに消えていた。
「晶、ビール飲んだやろ」
「ふぇ? 何でわかるの?」
「そんな真っ赤な目ぇして、頰赤くして──あいつに喰われる前に見つけられて良かったわ」
「んん?」
まだ状況の読み込めない私は首を傾げると、俊ちゃんは苦笑しながら「消毒」と呟いた。
冷たい唇が触れた後にもう一度顔が近づき、2回目のキスはうっすら空いた唇の隙間に俊ちゃんの暖かい舌が侵入してくる。
「んん……」
ふわふわ気持ちよくてそのまま俊ちゃんにしがみつくが、やんわりと手を離される。
寸止めに抗議の視線を向けると、肉食獣がニヤリと笑う。
「──帰ったら覚悟しいや?」
その言葉に私は無言で頷き、もう一度優しいキスを受けた。
「あ、本当はもっと一緒にいたいけど、明日は朝一の新幹線で帰らないと、明後日の仕事起きられない」
「休みはもらえんのか?」
「うん……今回は講義の為につけた分だから」
明日大雨が降ろうと問題なく新幹線は動くだろう。よほどのトラブルがない限り、大阪と東京なんて帰る手段はいくらでもある。飛行機だって使えるのだから。
『枠に嵌まらないから続いている──』
迫下さんとの会話がふと脳裏を過る。彼氏に直接聞いてみたら? と言われた言葉。
「ねぇ、俊ちゃん」
「んー?」
「俊ちゃんは、私のこと……遠距離だから好きでいてくれてるの?」
「晶……」
俊ちゃんの歩みがぴたりと止まる。彼は街灯の下でもわかるくらい悲しそうな顔をしていた。
(えっ──!? 私、俊ちゃんを傷つけた?)
「……俺にとって距離なんてもんは関係ない。最初は振られた傷心旅行言うてたから多少同情はあったかも知れん。でもな、オレは好きでもない女の為に指輪選んだりわざわざ休みつけてまで東京なんか行かんわ」
『なんかって、失礼』
『それは、東京のことやで。オレは晶を今すぐにでも大阪に連れて行きたいと思ってる』
あ──。
あの時から俊ちゃんの気持ちは変わってない。私が自分に自信が無くて勝手に不安になっていただけの話。
──そうだよ、めぐちゃんにだって『信じること』って自分で言ったじゃない。
勝手に1人で悩んで、不安になって──。俊ちゃんの過去の女性がたくさんいても、今私を好きでいてくれることを信じる。それしかないんだから。
「ごめん、俊ちゃん。またバカなこと聞いて……」
「晶は思いつくと突然しょーもないこと聞くからな。また勝手に悩んでたんやろ?」
「うん、どうしたいのかわかんなくて……」
「晶次第やで、どうしたいかなんて」
「え?」
私が大阪に行くかどうか。それを俊ちゃんは待ってくれているのだ。
──いつまでも彼を待たせていたら、今度は捨てられるかも知れない。
「ねえ俊ちゃん。あと1年間待ってくれる? そしたら、私も取りたい資格取るから」
「おう。──やりたいことに真っ直ぐな晶は大好きやからな」
────────
マンションについた途端、私達は残り時間を惜しむように啄むようなキスを繰り返していた。
「き、今日は……」
「和希はおらんで。あいつも分かってるやろ」
首筋に噛み付いてくる少し余裕のない俊ちゃん。どうしたのだろう? と顔をみると、彼は眉を寄せていた。
「晶。分かっとるな?」
「えっ……」
「明日はオレ休みなんや。朝駅までしっかり送るから、晶はオレのなんやってコト確かめさせて」
するりとシャツを脱がされた私は玄関から寝室に移動し、そのままベッドの上に2人でなだれ込んだ。
──遠距離恋愛の秘訣なんて私には分からない。でも、これだけは言える。
お互いに好きだって気持ちを信じること。周りに流されずに、ただ直向きに。
来年、私は癌・化学療法の認定を取る。自分自身の踏ん切りがつかない気持ちにケジメをつけてそれから──。
今度こそ、大好きな俊ちゃんのそばで働くんだ。




