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遠距離恋愛の秘訣 その一

序盤シーンのみムーンライトと違います。


「あああああああああっ! ち、遅刻するうっ!!!」


 1回だけ。──なんて甘い声に負けた私がバカでした。これで遅刻なんてしたらシャレにならないっ。


 私は高桑晶、30歳。東京のT大学病院外科病棟に勤務。

 3年間の専門学校を経てそのままずーっと看護師だから、もう中堅というか、お局さまに近い。


 そろそろ勤務移動になるだろう。でも、私は外科病棟の主軸である抗ガン剤についての知識を高めたい。

 元々、癌・化学療法認定看護師の資格を取りたいと思っていたので、師長にお願いしてとある研修に参加していた。


 それが、大阪のとあるビルで開催される全国各地から看護師が集う研修。


 はっきり言って地域によって看護の質やレベル、あとは病院がどれくらい地域密接型かによって色々と違う。私はそれを田舎から東京に出てきて嫌というほど思い知った。


 私がどうしてこの研修に参加したかったのかと言うと、海外でも有名な講師の先生が呼ばれているからだ。


 うちの病院からこの研修にいけるのは、抗ガン剤を扱う病棟からそれぞれ2人ずつ。


 ──そして研修場所は大阪。


 私情も噛み合っていたけど、私はジャンケンに勝ってこの切符を手に入れたのだ。


「はぁっ……はぁっ……ま、間に合った……」

「先輩、寝坊ですかあ?」


 息を切らし額から汗を流す私を見かねて後輩にクスクスと笑われる。

 大体方向音痴の私が1人で大阪を回れってのが無理なのよ。


 今回は目の前で笑っている6つ下の後輩、上島惠(うえじまめぐみ)と共にこの研修参加予定となっていた。

 そもそも、私がこんなにも遅刻しそうになったのは昨日の俊ちゃんが激しいから……って、それに流された私も悪い。


「あっ、先輩。首にキスマーク」

「ひえ!? 嘘!?」


 私は慌てて両手で首筋を抑えて不審者全開の動きをしていた。私のそんな様子をめぐちゃんが見て笑っている。


「あははっ、嘘ぴょ〜ん」


 後輩にも揶揄われる私は、三十路だけどもまだまだ遠距離恋愛真っ最中なのだ。


「でも先輩、よく遠距離で続きますね?」


 うう、待ち合わせにギリギリセーフとは言えバタバタしたのは否めない。もちろん、突っ込んだ質問にも答えないといけない。


「……めぐちゃん、こないだお付き合いしてたN病院の合コンの彼は?」

「ああ、1週間で別れました。だって、あたし達の仕事って不定期じゃないですかあ。日曜日なのに何で休み取れないの? 俺以外とも遊んでるの? とかまじ無理ですもん」


 暦勤務の休みではない病棟の仕事。昼間に寝て、夜中に出勤するのも当たり前。一般の仕事をしている人から見ると、よほどの器じゃないと理解は難しいのかも知れない。


「あたしは相手が側に居ないと不安で無理です。先輩、遠距離恋愛の秘訣って何ですか? 夜勤で連絡出来ない時とかどうしてるんですか?」

「うーん……秘訣、ねえ……」


 正直、そんなものない。寧ろ、秘訣があるなら私だって欲しいくらいだ。

 何せ私がお付き合いしている俊ちゃんはモデルのようなイケメン。もう少し若ければモデルでも通用しそうな外見なのだ。


「相手を信じる。それしかないと思う」

「やっぱ、そーですよねぇ……」


 たとえそれが、遠距離恋愛であろうと、近くに住んでいるとしても。


────────


 会場となっている場所はとあるビルの一角にある。日中真夏のように熱い日差しでも冷たいコンクリートの壁がそれを遮ってくれるので心地よい気温だ。


「あっ、先輩とグループ違う」

「そりゃそうでしょ。グループワークだってあるのに、一緒のチームじゃ意見交換もできないでしょ」

「先輩、お昼ご飯は一緒に食べましょうね?」

「はいはい。じゃあ、また後でね」


 意外と寂しがり屋なめぐちゃんはとても可愛いことを言う。私はFのチームだったので、そこのメンバーが集まる長テーブルに座った。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 ぺこりとお辞儀をしてきたのは私よりも小さい看護師さんだ。そうよ、どうせ身長が小さくなるならこれくらい小さく生まれたかった。

 ──大体、160センチって中途半端なのよ。せめて、あと5センチ伸びるか縮むかしたかった。


 もう1人の女子も小顔に二重の可愛い方で、いきなり目の保養ゲット。なんで私ってこんなにオッサンくさい考え方なんだろ。


「高桑、晶ちゃん?」

「へ? あ、初めまして。名前チェック早いですね。えっと──」

「晶ちゃんかあ! まだ看護師してたんだ。すげえ運命感じちゃった。オレだよ、オレ。拓真! 斎藤拓真!」


斎藤なんてどこにでもいる苗字──拓真、拓真って……。


「まさか、たっくん?」

「そっ! うわ久しぶりってか、10年振り? 学生の時と全然変わってないじゃん。東京にいるんでしょ? もう会えないと思ってたよ」


 にかっと白い歯を見せて笑う彼は斎藤拓真くん。私と同じく田舎の専門学校で3年間苦楽を共にしてきた仲間。

 そして、年上好きの彼は私のお姉ちゃんと当時お付き合いをしていた。


 お姉ちゃんから、もう別れたって聞いていたし、卒業して10年間。別に用事も無かったから、連絡も取っていなかったっけ。

 一発で見抜かれるって、そんなに私って昔から顔変わってないのかな。すごく複雑……。


「晶ちゃんと2日間一緒に講習なんて嬉しすぎる。よろしくな」


 差し出された手は、学生の時と全く変わらない。私が実習で単位を落としそうだったり、勉強ができなくてへこんでた時にずっと支えてくれた優しい拓真くん──。


 あの時の私は、お姉ちゃんの彼氏だって知ってたけど、拓真くんのことが好きだったんだ。

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