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奇妙な三角関係!? その五


 楽しみにしていた3月下旬。彼氏に会うための恒例休暇。なのに、私は和希くんとUSJに行くことになっていた。

 しかもこの1ヶ月間、俊ちゃんと全く連絡が取れないでいる。私がメールをしても、何故か和希くんから返事がくる。不審に思って電話をすると、当然一緒に住んでいる和希くんが電話に出る。


 「俊ちゃんと変わって」と言うと、「今忙しいみたい」と断られてしまうので、ワガママなんて言える訳がない。

 楽しみにしていた旅行なのに、ため息ばかりが口をついて出る。


 当たり前だが、新大阪駅まで迎えに来てくれる俊ちゃんの姿はなく、和希くんがこちらに手を振っていた。

 薄手のダウンとロングシャツにスリムパンツ。顔立ちは女性めいているのに、男性らしい格好をすると、格好いい。

 身長も高いし、さり気なくキャリーバッグを持ってくれる辺りも俊ちゃんと同じ。──優しいから好感が持てる。


「俊ちゃん忙しいのに、私がマンションに押しかけていいの?」

「大丈夫やて。今日から4日間、俊介は九州に出張行っとる」

「えっ!? 聞いてないんだけど」

「あれ? 何でアキに言うとらんのかなあ……まぁええやん。だから、部屋は自由にってさ」

「……」


 ってことは、和希くんとこの旅行期間中二人きりって事? そんなの無理に決まっている。


 大体、大阪に今回来たのは仕事終わりの俊ちゃんに会えると思っていたからだ。これが始終和希くんと2人きりと分かっているなら、来なかったのに。


「──私、明日帰るよ」

「はぁ? どないした?」

「だって俊ちゃんに会いに来たのに、居ないならここに来た意味がないもの」


 和希くんに申し訳ないが、誰も俊ちゃんの代わりにはならない。

 この数ヶ月の仕事も、全部彼に会うために休みを調整してきたのに。


「俺じゃ不満?」

「不満とか、不満じゃないとかの問題じゃなくて……」


 ふぅん、と和希くんは私の顔を覗き込んでくる。


「俊介と電話する?」

「う、うん……出来るなら」


 和希くんは不満そうな顔のまま、携帯で俊ちゃんを呼ぶ。


「アキに変わるわ」


 渡された携帯電話をドキドキしながら耳に当てる。


「も、もしもし……?」

『なんや』

「あ、あのね、大阪ついたよ」

『……そうか』

「し、俊ちゃん、出張だったんだね……私、俊ちゃんに会えるかなって思って来たんだけど……」

『……用件は?』

「えっ……?」

『用件は、それだけか?』


 仕事モードのせいか、いつもの明るい関西弁ではない。さらに丁寧な標準語で返して来た。

 用件……と言われてもそれ以上何も言えない。呆然と立ち尽くしていると、電話越しから小さなため息が聞こえた。


『和希と楽しんで来いよ。──じゃあな』

 その一言に、私の瞳からぽろぽろと涙が溢れていた。


 なんで、俊ちゃんとすれ違っているんだろう。

 なんで、俊ちゃんは私の連絡に出てくれないの。

 なんで、俊ちゃんは出張になった事を教えてくれなかったの。

 なんで、和希くんと楽しんで来いなんて言うの。


「なんでっ……!」

「……アキ、マンション行こか」


 思わず叫んでしまってはたと気付く。そうだ、まだ新大阪駅。──私が泣いていると、和希くんが私を泣かせている悪い男にしか見えない。


「ごめんね……」


 私は乱暴に目元をハンカチで拭う。泣く私の頭をそっと胸元に引き寄せてトントンしてくれる和希くんの腕。

 駅前で捕まえたタクシーに乗り込んでからも、俊ちゃんの言葉の意味を考えていた……。


────────


 元気のない千里さんにお土産を買いたかったので、私達は翌日、予定通りUSJへと足を向けた。

 アトラクションを楽しめる気分ではなかったので、買い物とパスをもらい、ハリポタゾーンへ行くだけ。

 前回俊ちゃんとここで見つけた原作に忠実なグミを買う。──その色々な味に笑った記憶が懐かしい。


「アキ、これやろ? グミ」

「あ、ご、ごめん……なんで……」


 グミの入った瓶を渡された直後に、涙が勝手に溢れる。笑いながら手で擦るのに、涙が止まらない。そんな私を見かねたのか、和希くんは少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。

 むしろ、和希くんは私の買い物にわざわざ付き合ってくれているのだ。こっちの方が申し訳ない気持ちでいっぱいなのに。


「それ、2つ買って帰る。先輩が最近元気なくて、そういうお遊びのものあげたら元気になるかなって」


 無理に笑顔を作り、さっさと会計を済ませる。隣にいる和希くんは「そっか」と小さく呟いただけで、それ以上は何も言ってはこなかった。


 みんな楽しそうにパレードを見ているのに、私の視界は全てぼやけていた。人の動きすら、スローモーションのように見える。

 この歪んだ景色の中に、俊ちゃんが居ない。


 半年前に来た時はアトラクションが改装中で、次はこれに乗ろうとか沢山プランも考えていた。

 いかに上手く待ち時間を短くして楽しむか、という現地の極意のような物まで教わったくらいだ。


 そんな事を考えていると、胸がきゅうきゅう締め付けられる。俊ちゃんに会いたいのに会えない。でも、わざわざ付き合ってくれる和希くんに申し訳ないから、我儘なんて言えない。


────────


 気まずい空気のまま、俊ちゃんのマンションに戻る。靴を脱ぎ、リビングに入ったところで私の足は止まった。

 どんな理由であれ、弟と2人きりなんてダメだ。私は再び荷物を持ち玄関へと向かう。


「アキ?」

「ごめんね、和希くん。USJ付き合ってくれてありがとう。どっかのホテル泊まって明日帰るね」

「はぁ? な、なんで……!」

「此処に居ると、俊ちゃんの事を思い出して、苦しいの」


 俊ちゃんの煙草や灰皿、銀のジッポ。綺麗に整頓されている彼の寝室に、仕事道具の入った革のバッグ。

 それを見つめていると、まるで俊ちゃんの影が、私に向かって微笑みかけるようだった。


『晶──』


 彼は今ここにいない。でも空気を堪能できた。仕事だもん、仕方がない──。


「また3ヶ月後ね、俊ちゃん」


 私はキャリーバッグを引きずりながら、こちらを見つめる和希くんに微笑みを返す。

 引き止めようとしてくれる和希くんにごめんねと詫び、マンションを後にした。

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