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奇妙な三角関係!? その三


 後に俊ちゃんから聞いた話しによると、和希くんは退院した日に、大阪には帰らなかったらしい。

 何とか電話での連絡は取れるものの、どこに居るのか分からない事や、何をしているのか分からないことが、俊ちゃんを不安にさせていた。

 もういい大人なのだから、何かあってもそれは自己責任と思うのだが、そこは優しい俊ちゃんらしい。


『晶さん、すいません──うちの弟がご迷惑をおかけしたようで』

「いえいえ、入院なんてどこの病院に運ばれるか分からないですし、ちっとも迷惑なんてかかってませんよ」

『ですが、晶さんが和希の退院処理に関わってくださったでしょう。近々お礼に──……』

「あはは、彗さんが来るとみんな色めき立っちゃいますから結構です。和希くんは、彗さんのマンションに?」

『……いいえ。それが、私と和希は兄さん程親しい間柄では無いのですよ。本当、お役に立てなくて申し訳ありません』


 彗さんのマンションにも行っていない。そうなると、残る手がかりは緊急連絡先として聞いた彼の〔お相手〕だ。


 病院で聴取した情報は個人情報だし、勝手に私事で連絡するわけにはいかない。

 もし俊ちゃんがかけるとしたら、家族だし問題無いだろう。


 次の夜勤で私はこっそりと和希くんの電子カルテを開く。緊急連絡先として記載されていたお相手さんの名前と携帯電話番号をメモし、俊ちゃんにメールで送った。

 そんなコソコソした私の態度は不審だったと思う。一緒に夜勤をしている千里さんが心配そうに声をかけてきた。


「晶ちゃん、こないだ入院してた子ってもしかして……」

「そうです。彼氏の弟さんなんですけど、ちょっと自暴自棄っぽいんですよね」

「うーん。それは遅れた反抗期的な?」

「確かに……家族が複雑みたいだし……」


 腹違いの兄弟。それだけでも和希くんの悩みはかなり深いだろう。

 今まで彼を支えてきたのは俊ちゃんだから、部外者の私があれこれ口出しする事ではない。


「晶ちゃん。そういうのはあまり深く踏み入り過ぎたらダメよ。きちんと相手と信頼関係を築いてから深い話ししなくちゃね?」


 千里さんの言うことは尤もだ。私も和希くんの事は知らない。

 何とかしたいが正直な話、何も出来ない。


────────


「お先失礼しまーす」


 定時で上がらせてもらった私は、帰り道を音楽を聴きながら歩いていた。裏路地の方で揉めているような声が聞こえる。


(またいつもの柄の悪い奴らの喧嘩かあ……)


 呆れたように一瞬だけ揉めている声に視線を向ける。すると、そこにはボロボロになった和希くんの姿があった。

 あんなに綺麗な顔を見間違えるわけがない。慌てて私は男達の喧嘩に乱入する。


「ち、ちょっと! あんた達何してんのよ!」

「ああ? なんだテメェ」


やばい。乱入したのはいいけど、私よりもデカイ男の子ばかり。しかも20代の子相手に力で勝てる訳ない。こういう時は、手をあげるんじゃなくて、口で……!


「その子を離しなさい。警察呼ぶわよ」

「うるせーよ、ババア。和希がそうしてくれって言うんだからな〜」


 男が和希くんに向けて拳を振り上げたので、私は慌ててその手首を掴む。ババアとか、そんなのどう言われても関係無い。俊ちゃんの大切な弟を守らないと。


「離せってんだよ、このババア!」

「きゃっ!」


 流石に男の子の力は強い。あっさり振り払われた私は硬いマンションの壁に打ち付けられた。


「──お前ら、女に手ぇあげるなんてっ!」

「はぁ? このババアが勝手に……ぐっ」


 野生の狼のような目をした和希くんは、目の前の男の子達に強烈な右ストレートを鳩尾目掛けて繰り出す。実は強いんじゃないの──彼らをあっさりダウンさせていた。

 彼らが呻いている間に、和希くんは私の手首を掴むといきなり走り始めた。


────────


「はぁ……はぁ……」


 公園に到着した所で、和希くんは私の手首から手を離した。息一つ乱さない彼は私を怪訝そうに見下ろしている。


「あんた。ほんまお節介やな。何で俺に関わる?」

「だって俊ちゃんが心配してるでしょう? 貴方は俊ちゃんの大切な弟さんなんだから」

「俺は、望まれてないんや。それなのにアイツら……」


 そこまで言いかけて彼は言葉を止める。


「望まれてないなんて、悲しい事言わないで。生まれた事に意味があるんだよ?」


 千里さんには、あまり相手を知らないまま、深く介入しちゃいけないと言われていた。けれども、自分を殺そうとしている彼は、昔の自分を見ている気分になる。


「──私もね、お姉ちゃんと姉妹だけどお父さんが違うの。お姉ちゃんはお母さんの連れ子で、お父さんは何か気に入らないことがあるとお姉ちゃんを毎日殴っていた」


 私がお姉ちゃんの立場だったら良かったのに。毎日そう思っていた。

 意味もなく殴られるお姉ちゃんを守りたかった。でも私には何も力がなくて、ただその光景を見つめることしか出来なかった。


「お姉ちゃんは高校を卒業してからすぐに家を出ていってしまったの。私がお母さんとお姉ちゃんの絆を奪ってしまった気がしてずっと辛かった」

「…………」

「私には和希くんがお母さんにどう言われているか分からない。──でもね、生まれた事に意味はあるの。あなたを待っている人、あなたを必要としている人が必ずいるんだから」


 彼は義母とどう関わって良いのか悩んでいる。この悩みは当の本人にしか分からない。

 今でこそ、お姉ちゃんは私と仲良くしてくれているけど、あの当時は私の存在そのものを家族としても受け入れられなかった。

 それでもお互いに大人になって、わだかまりは溶けていく。


 和希くんの家もそうであってほしい。それに、彼には頼りになるお兄さんが2人もいるのだから。


「ねえ、和希くん。俊ちゃんの所に帰って、もう一度話しをした方がいいよ」

「……」

「東京に逃げても何も解決はしない。あなたを支えてくれるのは俊ちゃんでしょう?」

「じゃあ、アキ。お前が俺と付き合って」

「はぁ? 何言って……」


 和希くんの表情は真面目で、とても冗談を言っているようには見えない。


「そこまでお節介に俺を心配するなら、付き合うくらい出来るやろ。俊介には黙ってやるから。な?」

「ごめんね、和希くん。あなたは綺麗でとても魅力的だけど、私は俊ちゃんじゃないとダメなんだ」

「酷い女やな──俺を本気にさせといて」


 盛大にため息をつかれたが、それでもいい。嘘はつけないのだから。


「来月、俊ちゃんに会いに大阪行くから、その時までに元気になっててね?」


 少し頰を染め、少年のような彼の頭を優しく撫でる。私は和希くんにもう一度大阪に帰るよう伝え、その場で別れた。

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