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奇妙な三角関係!? その一


 外科病棟は救急指定日以外も事故など、突然の入院がありえるので常に空床を確保している。

 本日の夜勤で滅多にない不思議な入院が入ってきた。


 外科の若手、大幡(おおはた)先生が緊急手術を終えて病棟へ上がる。


「センター満床だって。あと5分くらいで上がってくる肛門裂傷の子、奥の個室で引き受けて」

「分かりました。ご家族へICは?」

「それがよ〜。家族構成が複雑らしくてなあ……救外で連絡先聞いたけど、付き添いしてきた奴は彼氏だって言うし。──ったく、若いからって何やってんだか」


 ──要するに、夜中に異物除去(・・・・)の手術で先生はわざわざ呼び出しをされたらしい。


「は、ははっ……お疲れ様です」

「クソっ。可愛い女の子だったら違うのに、何が悲しくて野郎のケツをなあ」

「まぁまぁ、人の嗜好は色々でしょうし……」


 夜中に呼び出しされた先生には同情しかないが、コメントしかねる。


「おっ、これ晶ちゃんの?」

「口つけてないんでお疲れさまってことであげますよ」

「やりぃ、やっぱ優しいなあ晶ちゃん」


 私の夜勤用ストックのブラック缶コーヒーを飲み、先生は手を振りセンター(集中治療室)へ降りていった。

 その間に私は後輩と苦笑いしながら使っていない特室のベッドを整える。


「高桑さん、肛門裂傷って……アレですよね?」

「ん〜、私も2件しか症例見たことないけど、大体は行き過ぎたオモチャの暴走っていうか、まぁ女性の患者さんが多かったけど」

「うっへぇ〜。どんな人だろ。興味あるぅ」

「コラコラ、あまり個人情報で妄想しないの。ポンプ準備して、Aチームだから私担当するから」

「はぁい」


 後輩の玲奈(れな)ちゃんを窘めながら、私は痛みについて考えてみる。


(裂傷だからバルンよね。前にも女の人があそこにビン突っ込まれたってのがあったけど──)


 男の人がそんな目に。それって、もしかしたら性的な犯罪? レイプとかそういう次元じゃないのかしら。


「高桑さん、オペ迎え」


 もう1人の夜勤メンバーである先輩からの呼び出しで、私は慌てて3階中央棟にある手術室へ足を向けた。


────────


 やはりご家族は不在のようで、付き添いをしていたのは20代くらいの茶髪の若い男の子だった。


「あの、すいません……和希、無事なの?」

「手術は終わったので、後は麻酔が覚めるのを待つだけです。入院は4階になりますので、お部屋にご案内しますよ」

「いや……僕には無理だよ。まだ付き添いしてなきゃダメかな?」

「えっと……失礼ですが、患者さんのご家族は……?」


 手術が終わったとは言え、何かあった時の連絡先は聞かないといけない。

 今付き添いしてくれた彼が今帰るのならば、第2連絡先が必要となる。


「──和希の兄貴は大阪なんです。もう1人のお兄さんも今ヨーロッパ方面に出張してていなくて……」


 大阪在住のお兄さんに、ヨーロッパ出張中のお兄さん──なんとも忙しい兄さん達ねえ。

 

(ん? 和希?)


 そういえば、患者の苗字は確か『辻谷』


「まさか……辻谷和希くんって……俊介の弟さん?」

「え!? 看護師さん、和希の事知ってるの? 本当にありがたい。じゃあ後頼みますよ。放って置くと自殺しちまいそうで」

「えええ!? そ、そんなの無理ですよ。だって私も仕事中ですもん」


 それに、私も和希君とは初対面だ。


 彼は俊ちゃんの、腹違いの弟さんで、元・彼の住んでいたお屋敷にいた使用人の子供らしい。

 その使用人が、不慮の事故で命を落としてから、俊ちゃんのお父さんが和希君を引き取ったとか。

 

 浮気の果てに産まれた子供など、愛情を受けるわけもなく育つ。

 高校教師をしている義母から、和希くんは相当陰湿な虐めを受け続けたらしい。


 自分が望まれて産まれたわけではないことを悩み続けた和希君は少しずつ心をを閉ざしていた。何度も屋敷を抜け出し、翌日連れ戻されるという事を俊ちゃんから聞いた。


「申し送りお願いします」


 手術室からまだ浅い夢の中にいる和希君が酸素マスクをつけられた状態で出てくる。

 申し送りを聞く中で、彼が受傷した詳しい経緯のアナムを見て私は顔色を無くした。


────────


 お金持ち以外は殆ど使われない特室。そこに和希君はたった1人で眠っていた。

 麻酔はほぼ醒めている。しかし、激痛で安静が保たれず、今もシリンジェクターから鎮痛剤を投与している。


 1日で抜去するだろうが、まだ彼の腰椎に麻酔のチューブが入っている。これのせいで下半身の感覚はほぼないに等しい。


「失礼します」


 手術後の状態観察と血圧測定の為に部屋へ向かうと、彼は安静中だと言うのに上体を起こしていた。

 酸素マスクまで外して肩で荒い呼吸をしている。心電図モニターに変化があってもいいハズなのに、彼のモニターは全くの平静だった。


「ち、ちょっと、まだ安静に……!」

「なんで俺を助けたんや!」


 少し女性らしい柔らかい顔立ちの彼は、二重の瞳できっとこちらを睨みつけてきた。


「お、落ち着いてください。貴方は、彼氏に玩具で……」

「ちゃう。アイツは何も悪くない」


 まだ薬が残ってふわふわしているハズなのに、和希くんは床頭台にある携帯電話を手に取った。

 しかし、手術後の麻酔が残っているので、彼は呼び出しボタンを押すことも出来ず力つきる。

 忌々しく舌打ちをするその姿は、見た目の綺麗さとは全然違う。


「あの〜……一つ聞いてもいいですか?」

「なんや」


 厳しい瞳で睨みつけられる。私が一体何をしたって言うのよ……うう、俊ちゃんの弟くんとは思えないくらい口が悪い。

 確か、28歳だったかな。彗さんの穏やかさを見習ってほしい……。


「辻谷さんって、辻谷俊介の弟さんですよね?」

「は……? な、なんでお前が俊介のコト知ってんねん! ははぁ……さては、お前も俊介の金目当てか!」


 確かに俊ちゃんは化学者で色々なものを開発しては特許も取っているプチ有名人だ。

 そしてあのイケメン。生家も有名だから確かにお金目当てって勘違いされても仕方がない?


「おまえみたいな女には絶対やらんで、俊介は誰にもやらん!」


 彼には何か勘違いされてるみたいだけど、私だってもう中堅看護師で1人暮らしだってしている。お金目当ての結婚とか、玉の輿なんて全く興味ない。


 そういえば、彼は俊ちゃんと半同居してるんだっけ? ──これは、筋金入りのブラコンだ。


 しかも、手術したばっかりで、腰痛麻酔のせいで下半身はしびれてるはずなのに結構元気じゃないの。


「私は高桑晶。先月30歳になりました。俊ちゃんとはもうお付き合いして2年目なります」

「アキ? あぁ、俊介がメロメロになってる女か。ふーん、お前が? 俊介の好みちゃうやん」


 好みじゃない。くぅ……綺麗な顔をして私が気にしていることをズバズバ言ってくる。

 た、確かに私だって自分は俊ちゃんにどうして好かれてるなんて分からないよ。


 遠距離だし、いつ切り捨てられるか分からない。

 相手はイケメンだし、毎日が不安。もしかしたら、実は愛人の1人や2人──なんて思ってしまう。


 それでも、俊ちゃんが好きだという結論に行き着いてからは、誰に何を言われても開き直る事にした。


「私の事を貴方が嫌っても構わないですけど、手術終わったばかりなので、あと3時間安静にお願いしますね?」

「はぁ? 何で俺がおまえの言うこと聞かないと……」

「では、お兄さんに貴方が入院されたこと、連絡しますから」

「なっ! 卑怯やで、ブス!」


 流石に大好きな俊ちゃんにバレると色々とまずいのか、和希くんは一気に顔色を無くした。


「なんとでも言ってください。私は看護師ですから患者を守るのが仕事なんです。あまり暴れるならその手足縛りますからね」


 今、この状態で口論しても勝てないと悟った和希くんは、大人しく布団に潜り込み無理矢理瞳を閉じた。それを見届けた所で私も退室する。

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