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波乱の大阪旅行 その七


 草間くんに連れてこられた場所は、高級ホテルのラウンジだった。豪華なシャンデリアに赤い絨毯──最近出来たのかな……ここにこんなホテルなんてあったか記憶にない。


 慣れた様子でフロントの女性に挨拶をする草間くんに連れられ、奥へ向かう。慌ただしく出てきた支配人のような男性と笑いながら言葉を交わしている。

 スーツ姿の草間くんと私は違う。しかも、周りの人はみんなおしゃれな格好で、私だけ場違いな感じ。


(早くここを出たい……。)


 草間くんの生家が俊ちゃんの取引先の1つじゃなかったらわざわざこんな事しないのに。

 ──下手にお坊っちゃまのご機嫌を損ねると色々厄介なのだ。そんな事も知らないで一年も付き合ってた私。──これって、ある意味すごい経験だったと思う。


「初めまして、草間様のお客人はいつでも大歓迎ですよ」

「え、えっと──」


 ホテルの支配人が私ににこりと微笑む。──まさか、私を草間くんの彼女と誤解したわけじゃないよね?


(お茶だけ飲んで、早く俊ちゃんのマンション帰らないと)


 支配人に案内された席は窓際の一角だった。ここならば外からも丸見えだし、彼ともし揉めても変な事にはならないだろう。

 高級感漂う椅子に座り、私はもう一度ここは場違いだとため息をつく。

 楽しみにしていた大阪旅行。──本来なら今日は俊ちゃんとお買い物予定だったのに。


「──辻谷さんやろ、お前の彼氏」

「そうよ。何か文句あるわけ?」


どうせお前には釣り合わないとか言うんでしょ。分かってるわよそんなの……私が一番。


 俊ちゃんは、ただのイケメンではなく、仕事もとにかく出来る男。弟にも優しく、プライベート問わず男女からモテる。

 そんな彼が、どうして私を選んでくれたのか未だに分からない。

 その質問をすると、100倍甘い愛の言葉と共に、散々褒めてくれる……。


 コンプレックスの塊だから、彼と付き合う自信が無いんだ。


 口籠る私の態度を見て、草間くんは口元に笑みを浮かべると一枚の書類を取り出した。


「辻谷俊介……ね。三兄弟の長兄で、次男は東京の金融機関で働いている。三男の和希は腹違いの弟。そして最近は──」

「はあ……たった一日でそこまで詮索? コンシェルジュじゃなくて、探偵でもやってるの?」


 呆れたような私のため息に、彼の表情が険しくなる。


「晶、俺はなあ」

「高桑です。もう草間くんに名前で呼ばれたくないの」


 馴れ馴れしく『晶』って呼ばれたら、また俊ちゃんは怒るだろう。意外と彼は嫉妬深い。あの一瞬の火花だけでも相当怖かったんだから。


 微妙な空気の中、運ばれてきた紅茶を見て、一瞬だけ怒りが吹き飛んだ。

 カップを持った所で、草間くんがぽつりと呟く。


「……何で、あいつがええねん」

「俊ちゃんは……確かにちょっと怒りっぽいけど、弱い者虐めをする人を絶対に許さない。陰口も大嫌いだからSNSも使わないし、他人の評価も嫌う」


 言いたい事は男女構わずハッキリ言う俊ちゃん。その性格のせいで敵も多いけど、黒白はっきりさせたい人柄は仕事でもプライベートでも、皆に好かれてる。

 しかも、ただ言葉を言い放つだけではなく、彼は必ずその後のフォローを忘れない。誰に対しても平等で、真摯な態度。──性格も顔もいいなんて、そこはちょっと神様不公平かも。


「周囲に沢山の人を侍らせて、親の権力で人の信頼を勝ち取る貴方とは違うのよ」


 彼のご機嫌を損ねないように、仕方なく茶に付き合ったつもりが、思わず本音を喋っていたらしい。はっと我に返ったが、もう遅い。

 怒られると思いきや、草間くんは少しだけ目を伏せてククッと楽しそうに笑っていた。


「あ〜オカシイ。ほんま……晶くらいや。俺にそんなコト言うの」


 名前で呼ぶなと牽制したのに、彼は話しを聞いていないのだろうか?

 優雅に紅茶を飲みながら、俊ちゃんの名前をぼそりと呟き、忌々しいと舌打ちをする。


「好きで権力なんて使っとらんわ。何かて、俺の周りには親の名前を聞いたやつが寄ってくる。俺は、俺個人としての価値を認めてくれるから、晶が好きやのに」


 草間くんの周りは、権力に食いついた女子が多かった。──そりゃあ、彼に好かれたら完全に玉の輿だ。

 そういう生き方も憧がれなのかも知れないが、私は彼の家に全く興味なんて無い。


 『親の転勤で』と嘘を吐いてまで、その生い立ちを隠してわざわざバイトをしていたのは、家とは関係なく自分を愛してくれる女性を探していたのだろうか?

 その心掛けは立派だが、もう恋愛対象は私ではない。


 彼の気持ちが昔から何1つ変わらなくても、私と草間くんの先に繋がる道は無い。


 私はティーカップをテーブルに置き、カタンと席を立った。

 ロールケーキを運んできたウェイターが困惑したような顔でこちらを見つめてくる。


「すいません、用事があるので失礼します」

「晶っ!」

「──もう一度言うわ。さようなら草間くん。私は俊ちゃんが好きなの」


 たとえ不釣り合いでも、慰めから発展した関係だったとしても。

 遠距離で毎日不安でも、私は俊ちゃんが好きだ。


 草間くんにはっきりと自分の気持ちを曝け出せるようになったのは「隠し事をしないで何でも俺に言え」と言う俊ちゃんの存在が大きい。

 私もやっと成長出来たのかな? なんて自分を少しだけ褒めてあげたい。


 ホテルから出たものの、方向音痴の私に知らない土地など分かるはずがない。

 店員さんに駅の方角を聞いたり、スマホの地図を駆使して、何とか俊ちゃんのマンションに戻る事にした。

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