波乱の大阪旅行 その五
外が真っ暗になる前に私達はホテルを後にして、俊ちゃんのマンションへ移動を開始した。
盛り上がり過ぎてすっかり昼食を取るのを忘れていたのを今更思い出す。脳がそんなことを認識すると、お腹が鳴る。
俊ちゃんのマンションは、電車で20分程の住宅密集地帯にある。駅からさらに徒歩15分。近くには商店街のような場所もあり、コンビニもさらに5分程歩くと行けるので、生活に困らない。
しかも、それなりに治安も悪くないらしい。
少し薄暗い細い道を、キャリーバッグと私の手を恋人繋ぎで握る俊ちゃんの暖かい手。指先から伝わる熱に心まで暖かくなる。
「俊ちゃん、夕飯どうよっか?」
「今日はオレが作るで」
こちらを向いた彼は愚問だとにっこり微笑み、そう言い放つ。
(俊ちゃんが料理? 出来るなんて、1度も聞いた事もない)
「晶が来たらな、コレ食わせんとって考えてたんや」
大阪。大阪で有名なもの。誰でも作れそうなもの……もしかして。
「たこ焼き?」
「……な、何で分かった?」
言い当てられた事に驚く俊ちゃんは新鮮だが、大阪の人がみんなたこ焼き機を持っているという話は、本当なのだろうか?
「……私、猫舌なんだけど」
「あかんて! あれはな、熱いうちに食うから美味いんやって。オレが、晶の為にふーふーしたるからな?」
それは嬉しいかも。私は以前たこ焼きで舌の火傷をした事がある。それもトラウマで、昔っから熱いものが食べられない。
大好きな人の作るタコ焼き。これで苦手を克服出来るだろうか?
────────
到着したマンションは、一人暮らしにしては広い2DKだった。──今は弟さんも一緒に住んでいるからこの広さで丁度良いのだとか。
「寝室借りていい?」
荷物を整理する為に寝室に案内される。私はキャリーバッグから化粧品や下着、部屋着を取り出して床に並べる。
今回は彼氏の家にお泊まりという事で、私は初めて通販で少し冒険な物を購入した。これを俊ちゃんが喜ぶかどうか分からないけど、物は試しだ。
購入したものは、淡いピンクと白の薄い布地で出来たベビードール。胸元にはシルクの黒い紐がつけられている。これは紐を解いたら胸が丸見えになるやつだ。
かと言って、私には千里さんみたいな豊満な胸も無いし……勢いで買ってみたはいいけど、大体こういうのを彼が好きなのかも分からない。
──でも折角だから何か俊ちゃんに喜んでもらえる事がしたかった。
これを見つけた時はドキドキしながら買ってみたけど。
(──俊ちゃんに喜んでもらえたら嬉しいなあ)
「晶ぃ〜そろそろ出来るで〜?」
「あっ! は、はあい! 行きますっ!」
慌ててベビードールをパジャマの下に隠し、呼ばれたリビングの方に足を向けた。
するとそこには、タコ焼き機を華麗に使いこなす俊ちゃんの姿。その手つきはそこら辺にいる屋台の店主のようだ。
鼻歌を歌いながら種を回転させるその手先をじっと見る。
「惚れ直したか?」
「最初からメロメロです」
何でも格好良い姿に、なんとなく悔しい……。精一杯の本音をぶつける。すると彼は目尻を下げて「そっか」と嬉しそうに微笑んだ。
「俊ちゃん、お水ある?」
「あ〜、冷蔵庫の中に和希が買ったペットボトルあるで」
少し大きめの冷蔵庫を開けると、中には誰かが作った手料理がタッパー分けで保存されていた。
「これも、俊ちゃんが作ったの?」
「それは和希の忘れもんや」
少し変化した棘のあるトーンに『誰が作ったの?』ともう1度聞く勇気は無かった。
手際よく作られたタコ焼きは、当たり前だが中はアツアツ。猫舌の私は俊ちゃんにふーふーしてもらって食べる事になった。
「ほら、晶。お口開けて?」
並んでソファーに座るこの光景も変なんだけど……俊ちゃんの左手が私の肩を抱き、耳朶をくすぐって遊んでいる。
彼の右手はタコ焼きを爪楊枝でとりながら、しっかりふーふーしてから私の唇にツンツンする。
「あーん」
(か、介護されてるみたいで恥ずかしいっ!)
「美味いか?」
「あふいへど、おいひぃ」
「食ってから喋り」
聞いてきたのはそっちでしょ……と言いたかったが、熱いタコ焼きを飲み込んでからもう一度感想を述べる。
「んっ。美味しいよ、本当にお店の味みたい」
「そっか。晶が喜んでくれるなら作った甲斐あるな」
残った最後の1個を私の口に無理矢理入れる。始終ご機嫌な俊ちゃんは、触れるだけのキスをするとタコ焼き機を持ってキッチンへ足を向けた。
「私も洗い物くらいするよ」
ソファーから腰をあげたが制される。
「晶はお姫様や。なんもせんでええからな」
「えー、私も出来る事したい」
頰を膨らませてそう言うと、俊ちゃんは笑いながら囁く。
「──先にベッドで待ってな?」
「う、うん……」
────────
結局言われた通りに先に寝室へ入り、彼のベッドに腰掛ける。──ベビードールはこっそりお披露目にしたいから、明日にしよう。そう思い、再びキャリーバッグの中にしまう。
持ってきたパジャマに着替え、すっかり忘れていた携帯電話を取り出す。仲間に『大阪ついたよー』とタイムラインを送る。
他にも何通か入っていた着信やメールを見ていると、LINEに新しく友達が追加されていることに気づく。
確か、LINEってあちらも私の携帯電話番号知ってないと相互に登録が出来ないはず。
別れた彼女の電話番号が、あの人の電話帳にまだ残っていたってこと?
追加された名前は、草間慎吾だった。




