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異星人のひみつ ―極端思考宇宙人ンタルバ 登場―

 「おーい!そっち行ったぞー!」

 「あはははは!まてぇーい!」

 ここは超弩級戦艦整備工房、通称『リペア』室内。

 ユメノマタユメダーの左腕を失った戦いから今日で一か月。運のいいことに、脅威はその身を潜めていた。

 「うお!?Aよお!強くねーか!」

 「へっへーん!昨日開発したOS『O-TINK-O』の威力、見たかよ!」

 彼らは自作した人型ロボットをラジコンで動かし遊んでいた。

 モノづくりが得意な彼らにとって、自分のおもちゃを作り出すことなど朝飯前であった。

 「まてまてまてぇー!!!!」

 「なんだキサラギ。うるせーぞ!」

 「そうだ!帰れ帰れ!」

 「帰れじゃねーよ!お前らなにさぼってんだよ!」

 「ああ?」

 それまで無邪気な子供のように興じていた彼らの顔は、一変してやくざに変わった。

 整備員Aは眉間に皺を寄せ、限りなく口元を歪めている。

 整備員Bは覗き込むように睨みを利かせ、威圧するように唾を吐き捨てた。

 整備員Cは……、以下同文。

 「っせーぞおらぁ!っか文句あんのかコラァ!」

 「てめぇこらあ!っんのかこらあ!」

 「ってんじゃねーぞおらぁ!っすっぞおらあ!」

 「目的語が何言ってんのかわかんねーよおらあ!」

 

 そんな言い合いをする工場から離れて、応接室。

 今、部屋の中には、三人の男たちがいた。

 この戦艦を預かる最高責任者、艦長。

 その護衛を務める、ボディーガード兼秘書。

 そして、二人に向かい合って座る男。

 そこには緊張した面持ちは無く、穏やかに話が進められていた。

 「……では、あなたはこの星に移住したいと?」

 「ええ。私達5000億人いる同胞を、ぜひ認めて頂きたいと」

 「ふむ。まあ、可能ではないかね?」

 「ええ。まあ。しかし、それには国際会議で承認が必要ですが」

 「結構です。最初にあなた方へ接触して、正解でした」

 そう。彼は異星人。暮らしていた故郷では生活が出来ず宇宙をさまよっていたのだと言う。

 対話はつつがなく締められようとしていた。

 「ところで、一つ、いいですかな?」

 「何か?」

 「金曜日の昼食は、シチューのみ認めることにして頂けませんかな?」

 「……シチュー?シチューというのは、つまり、あれですか?食べ物で、汁が乗った、あの……」

 「そうです!失礼とは承知ながら、我々が極秘に調査した時食べた、あの食べ物!あれは素晴らしい!クリーミーでコクがあり、何よりもあの優しい味が故郷を……っう!……失礼。つい涙が……」

 思わず、艦長と秘書はお互いの顔を見つめてしまった。これ程までにシチューを愛してしまったとは!

 「……そんなわけで、金曜日の昼は、シチューだけを食べる風習にしたいのですが、いかがですかな?」

 「……すまないが。世界はともかく、この艦内では、金曜日の昼はカレーということに決まっていてね」

 「そこをなんとか」

 「無理だ。君達だけが、昼にシチューを食べればいいだろう?」

 「ははは。ご冗談を。神聖な金曜日のお昼に、シチュー以外を食べる野蛮人を認めろと?」

 「ははは。この星の食事に魅入られたあなたが、それを言うとは。理解できませんな」

 ははは。ははは。ははははは。意味のわからない会話が、そこで途絶えた。

 「……いいでしょう。交渉は決裂だ」

 「いいだろう。シチュー野郎。ここはお引き取り願おうか」

 「バカを言うな。お前たちがいなくなれば、世界の昼をシチューで埋め尽くすことが可能になるのだ!待っていろ艦長!すぐに貴様たちを滅ぼしてくれるわ!」

 ははは。ははは。はははははは!!!!!

 笑い声を残して、異星人は去って行った。

 「……艦長」

 「言うな。君も、カレーは譲れないだろう?」 

 「はい。譲れません」

 「惜しいことをした。彼がカレーの魅力に気づいていたならば、こんなことにはならなかったろうに……」

 「…………」

 悲しい沈黙が、窓を覗く二人を包んだ。

 「うぉ!?」

 「な、なんだ!?」

 「ははははははははははは!!!!」

 高らかな笑い声と共に、戦艦の前が光った。するとそこには、先程の異星人が巨大な姿を現していた!

 「なんだあれは!」

 「ふふふ……ふはははははは!!!!!お前たち、潰す!ぶっ潰してやる!!!!」

 「な、なんだあいつ!逆上して襲ってきやがった!」

 「おい!工房に連絡を取れ!親方を呼びだすんだ!」


 「お呼びで。艦長」

 「親方。今、修理の進捗はいかほどかね?」

 「はい。腰から下までは、完全に修理が終わっております」

 「……異星人が、侵略してきた。戦えるかね?」

 「無理に決まってるだろぉ!」

 「キサラギ!」

 「腰から下だぞ!?どうやって勝つんだよ!」

 「……下がってろぉ、若造ぉ……」

 「ミカヅチ!」

 「俺が、この俺が、腰から下だけで、アイツをブッ飛ばしてやる……!」

 「キタァ―!ミカヅチさんだぁ!!!」

 「『リペア』内ラジコンバトルおっさんの部優勝のミカヅチさんがキタァ-!」

 「動かせるのかね?」

 「このラジコンがあれば」

 そう言ったミカヅチの手には、黒く大きなコントローラーが。

 ずっしりと重そうな箱から突き出た、異様に長いアンテナが煌めく。

 「嘘だろ!?動かせるわけねぇよ!」

 「……そう思うなら、そう思っていればいい……」

 「なにぃ!?」

 「……おい!オートバランサーのOSは積んだかぁ!」

 「はい!ハラシノ製『O-TINK-O』と、ヤマキラ製『IQQU』を改造した『IGGUUU!』を合体させたOSを積んであります!」

 「名前はァ!」

 「その名の通り、『O-TINK-O IGGUUU!!!』です!」

 「よぉし!良くやったぁ!」

 「待てよぉ!!!そんな名前却下しろぉ!品性が疑われてもしらんぞぉ!!!」

 キサラギの叫びは、しかし、ミカヅチが肩に置いた手によって遮られた。

 「……いいかぁ。もう俺達には、失う物なんてないんだ……」

 「!ミカヅチぃ!!!」

 「さあ!蹴りをつけようぜぇ!!!」


 「ふははははははは!!!!!!こんなものかぁ!こんなものかぁ!!!」

 目の前の超弩級戦艦を殴り、殴り、殴る。巨大化した異星人ンタルバは、その凶暴性を日の元に晒していた。

 「おお!?」

 しかし、上空から落下した物体が、彼を踏みつけた。

 そう、それこそが!獅子奮迅ロボ・ユメノマタユメダーの下半身だった!

 踏みつけから華麗に跳躍し、難なく地面へ着地した機械の足腰は、上半身が無いまま安定した姿勢を保って雄々しく聳え立った。

 「なんだと!?下半身だけだと!?」

 「舐めるなよぉ異星人んんんん!!!!」

 「貴様ァ!舐めてるのかぁ!」

 「お前ごとき、下半身で十分だぁ!!!!」

 異星人とミカヅチの会話が、テレビ越しに実現した。否!厳密には実現していなかった。ただ、胡坐をかいてTVに向かい、コントローラーを操作するミカヅチの独り言が、ンタルバの言葉に絶妙な噛み具合を持って挟まれたに過ぎない!そう、それは大きな独り言!ゲームに熱中した時に「痛って!」などとやられていない本人が口ずさんでしまう現象と同じようなことが今、ミカヅチに起きていた!

 「舐めるなよできそこないがあぁああああ!!!」

 襲いかかるンタルバ。だが、下半身はバックステップを取り、華麗に距離を空けた。

 バランスを崩した異星人に、華麗な回し蹴りが炸裂した!

 「ぐああああああ!!!!????」

 「すげぇー!これがハラシノとヤマキラのOSが合体した姿かよぉ!!」 

 「いや、それだけじゃねぇ!磨き抜かれた匠の技が、あの下半身をまるで生きた巨人のように動かしてやがるんだ!!!」

 「嘘だろ…。嘘だろぉ!」

 「残念だったなキサラギぃ……。また、ユメダーの完全復活は、お預けだなぁ……!」

 「夢がぁ!おれのここ最近の夢がぁ!!!」

 激戦が繰り広げられる画面の前では、男達が食い入るように画面を見つめ、ひしめき合っていた。

 ちょうど天井のモニターが壊れた今、昔ながらの箱型テレビだけが、男達のリング同然だった。

 「く、くそがぁあああああ!!!!!」

 ンバルタが、大声を上げた。

 「き、貴様らぁ!これを見ろおおおお!」

 「な、何だアレはァ!」

 「ふあっはははははは!!!!この世界を木端微塵にできる爆弾だァ!」

 「なんて単純な説明だア!あいつもしかしていい奴なんじゃねえのかぁ!?」

 「これを俺の身体にセットして……どうだぁ!もう俺に攻撃できまいいい!!俺と共に、この世界も木端微塵に吹き飛んじまええええ!!!!」

 「……坊主。ヤケを起こすなら、一人で起こしな」

 「なにっ!?」

 巨大な腰が、深く沈んだ。そして次の瞬間には、腰に着くかと思われるほど太ももが垂直に上げられた。

 どごぉ!

 凄まじい音が、周囲を巻き込んだ。

 「何が起こったぁ!」

 「ドローン!上を映せぇ!」

 「あ、あいあい!」

 上空を映したドローンが見た光景。それは、空高く放り投げられたンバルタの姿だった。

 「まさか!蹴り上げたのか!?」

 「そう。空中で爆発させれば、アイツは目的を達成できない!」

 腰が沈み、蓄えた力をバネに跳躍した。その速度は、今蹴り上げた巨体さえも凌ぐほどであった!ぐんぐん迫る足腰は、足先を上に向け、その屈強な右足でンバルタを貫こうとした!

 「今だァ!対生命体必滅エネルギー『アカツキ』臨界!!!!」

 「ミカヅチさぁん!」

 「いっけぇぇぇぇえぇえええ!!!!」

 「おぉりゃあああああああああ!!!!!必殺!『ミ・カ・ヅ・チ・キィィィック!!!!!』!!!!」

 「「「「ダ、ダセェーーーーー!!!!???」」」」

 ネーミングセンスと共に、ンバルタは光に包まれ、そのまま消えた。

 もちろん、ユメダーの足腰も共に。

 「……終わったな……」

 そっとコントローラーをTVの前に置いたミカヅチは、ポケットから煙草を取り出すと、一人火を着け息を吐いた。

 ふぅぅぅぅ……。悲しい余韻が、彼らを包んだ。

 たった一つの、それもしょうもない行き違いが生んだ、悲しい戦い。

 勝者には、ただただほろ苦い決着だった。

 「キサラギぃ……」

 「なんだよ……」

 「今日の晩飯は、シチューだ……」

 戦いは、幕を下ろした。

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