91. 思いは各々、戦いは続く(その7)
初稿:2019/04/17
宜しくお願い致します<(_ _)>
「ぎ……いぃぃ……!!」
『はぁっはぁ! 残念ながら運は俺に味方したみてぇだなっ!!』
まばゆく散っていく火花にオルヴィウスの楽しげな声が混じっていく。伊澄はもう一度強引にバアル・ディフィルを押し返して距離を取ろうとするが、すぐにオルヴィウスが追いついて凄まじい勢いで伊澄に剣戟を浴びせていく。
『どうしたどうしたぁっ!? こんままじゃここで散った連中の仲間入りしちまうぞっ!?』
「っ!?」
至近距離で幾度も剣戟が繰り広げられ、押された反動を利用して伊澄は離れ一気に上空に逃れるが、足元からバアル・ディフィルの魔法が迫ってくる。伊澄はかすめながらもそれらをかろうじて避けきった。
「散った連中ってどういうことですか!? ここで戦争でも起きたってことですかっ!?」
『はっはっ! 違ぇよ!
ここはな、十三年前にあった激戦の跡地なんだよ!』
「十三年前……? 瑠璃色の黄昏のことかっ!」
追ってくるバアル・ディフィルに向かってハンドガンを撃つ。その弾丸をオルヴィウスは切り払い、または障壁で受け流しながら追いかけるのを止めない。
『そうだ! とんでもなくおっかねぇモンスターとの戦いだ! テメェも聞いた事くれぇはあんだろっ!? たっくさんのノイエ・ヴェルトがぶっ倒され、兵士どもが殺された! ここは十三年経っても草一つ生えねぇ不毛の大地になっちまった、その怨念の溜まり場だよっ!』
「貴方はっ……! なんだってこんな場所を選んだんですか!?」
『なぁに、ちょっとした感傷さ。俺も十三年前にゃここで戦った一人だからな!
せっかくの戦いに観客の一人もいねぇのは寂しいだろう?』
「観客なんていませんよっ!」
『そうか? 俺にゃ見えるがね! テメェの脚を引っ張ってやろうって連中がっ! 仲間に引きずり込んでやろうっていう妄執がなっ!』
「なら亡霊ごとアンタを撃ち抜いてやるよ!」
ハンドガンの弾が切れ、カチカチと虚しい音が響く。伊澄は舌打ちをするとそれをオルヴィウスに向かって投げ捨て、胸部に内蔵されたバルカン砲を発射した。
軽い音を立てて弾が散っていく。だが所詮は豆鉄砲。バアル・ディフィルの強固な魔法障壁を打ち破るには至らない。
『どうしたぁっ! 俺を撃ち抜くんじゃなかったのかぁっ!?』
「エル! 他の武装は!?」
『生憎ですが、バルカンを除けば脚部のミサイルポッド一基で打ち止めです』
エルの言葉を裏付けるように手元の小さなモニターには、全ての武器が「Empty」、あるいは破損を意味する赤い色で塗りつぶされていた。
ギリ、と伊澄は歯噛みしながらなけなしのミサイルを発射する。白煙をたなびかせて飛行していくが、それらも全てオルヴィウスの魔法によって撃ち落とされ、逆にその倍の魔法がエーテリアへ迫ってくる。
「こなくそっ!」
幾度も押し寄せる魔法の雨を伊澄は必死にかいくぐりながら剣を構え、オルヴィウスを待ち受けた。オルヴィウスは自機の前に魔法陣を展開させたまま、一気にエーテリアへ迫る。
武装が切れた以上、近接戦でケリを付けるしか無い。これ以上の長期戦は不利になるだけだと判断した伊澄は、最後に放たれた魔法をかわしてバアル・ディフィルに仕掛けようとした。
しかし避けようとした最後の魔法が、エーテリアと交差するところで破裂した。
「閃光弾っ!?」
これまでとは違った激しい閃光が一気にコクピットを白く染め上げる。モニターも一瞬で白一色に変わり、即座に自動でフィルターがかかって焼付きを防ぐ。
だがモニターが再び色彩を取り戻した時、すでにオルヴィウスが目の前にいた。
バアル・ディフィルの巨大な機影が覆いかぶさる。手の中には、魔法で赤黒く染まった剣。
伊澄の背に、戦慄が走った。
「うわあああああっっ!?」
伊澄は直感に従ってとっさにバーニアを切った。そのおかげで二機の距離がずれ、かろうじて振るったエーテリアの剣が間に滑り込む。しかし勢いを殺しきれない。
振り下ろされたバアル・ディフィルの剣に押されて、受け止めたエーテリアの剣が自身の肩に食い込む。さらに押し込まれたバアル・ディフィルの剣もまた肩部に達し、右肩に十字の傷を作っていく。
「くぅぅぅぅっっ……!」
アラームが鳴り響く。コクピットが赤く染め上げられ、伊澄の噛み締めた歯がギリときしんだ。
その時、アラームに混じって電子音が鳴った。
『ちっくしょう! しぶてぇ野郎だ! しかしまぁその生き汚さは嫌いじゃねぇ!
だがなっ!』
オルヴィウスに押し切られ、後ろに弾き飛ばされるエーテリア。再びバーニアを噴射して踏み止まるも、バアル・ディフィルは止まらない。
再接近すると烈風のごとく剣が振るわれていく。一太刀ごとにエーテリアに傷が増えていき、その度に伊澄の体がシートの上で振り回される。
そして――
『これで終いだなっ!!』
歓喜をにじませたオルヴィウスの叫び声がコクピット内に響いた。
無防備になった胸部目掛け、剣を前に突き出したままバアル・ディフィルが加速していく。
モニターの中で大きくなっていく切先。濃密に薫りだす死の匂い。
しかし――伊澄は前進した。
『なんだとぉっ!?』
突き刺さった剣がコクピットのすぐ傍を貫通していく。機体の破片が飛び散り、二機が激突する。激しい揺れと衝撃が両者を襲い、だが胸部に刺さった剣を握るバアル・ディフィルの腕を、エーテリアの左腕がしっかりと掴んだ。
『くそがっ! 心中でもするつもりかぁ!?』
拘束から逃れようとオルヴィウスはもがく。密着した状態のまま僅かな隙間で機体をよじり、エーテリアの右肩を殴りつけていく。もろくなった装甲が剥がれ落ち、内部のハーネス類が顕わになる。
それでも伊澄は離さない。オルヴィウスが飛翔の勢いで引き剥がそうとすればエーテリアもバーニアを噴射して、決してバアル・ディフィルを逃そうとしなかった。
『なんのつもりだ、羽月・伊澄ィ! 聞こえてんだろぉ!』
「……」
『ちっ、返事すらなしかよ。ホントに生きてんだろうなぁ? まぁいい。ならトドメを差してやろうじゃねぇか』
苛立ちながらも冷静さを取り戻したオルヴィウスは伊澄の背後に魔法陣を展開させる。普段は外に向かって伸びる光が内を向き、エーテリアのバーニアパックを照らした。
そしてその光を伊澄もまた感じていた。機体が揺れ、剣が突き刺さった時に脱落したのか頭上でカラカラと何かが転がる音がする。それを聞きながら伊澄は「帰ったら、ルシュカさんに謝らなきゃなぁ」と思い、しかし今の状況に陥ったのも彼女の設計の不適合が原因だと気づき、謝る必要もないか、と思い直した。
ざらつくモニターにバアル・ディフィルの頭部を映しながらも、そんな事を考えるくらい伊澄は不思議なほどに冷静だった。落ち着いてペダルを踏み込んでバーニアを全力で噴射させ、バアル・ディフィルを引きずって翔ぶ。
『おいおい、追い詰められておかしくなっちまったか? 俺を連れてる限りどこに行こうが逃げられりゃしねぇぜ?』
からかいを多分に含んだオルヴィウスの声が聞こえる。どうやら彼には伊澄が恐慌状態にでも陥っているように感じてるらしかった。
それも仕方ないことだ。先程から伊澄の行動は常軌を逸している。理屈では理解できない行動を取るのは追い詰められた人間がすることだ。
だが伊澄はおかしくなっているわけではない。彼は――ただ待っていた。その時が来るのを。
そして――
「――来た」
レーダーの隅に現れる幾つものマーカー。不規則に並んだそれらを認めると、伊澄は機体の進む方向をそちらに向けた。
『さぁて、そろそろ休憩も終わりだぜ、羽月・伊澄よォ。安心しな。ここまで頑張ったテメェに敬意を表して、すぐに楽にしてやる――!?』
そこでオルヴィウスもまた近づいてくる集団に気づいた。シルヴェリアのノイエ・ヴェルト部隊かとも思ったが、彼らはまだ子飼いの部下たちと戯れている。何より数が違う。
遠くからやってきていたのは、翼竜の群れだった。
『ちっ、なんだってこんな場所に!?』
オルヴィウスは面食らうが、よく見れば翼竜と言っても非常に小型の、生身でも問題なく狩れるタイプのものだ。ノイエ・ヴェルトであれば魔法を使うまでもなく蹴散らすことができる。
『そこに突っ込んで俺の気を散らそうってハラかぁ? その悪あがきも嫌いじゃねぇが、その程度で俺を――』
しかしオルヴィウスのセリフは最後まで続かなかった。
バアル・ディフィルの背面に走る衝撃。それがシートの上でオルヴィウスを激しく揺らし、彼は驚いて翼竜たちの方を振り返った。
『魔法だとぉ!?』
背面スラスターを焦がしたのは間違いなく魔法であった。だが小型の翼竜たちにそんな魔法やブレスを使うことはできない。では今のは何か。舌打ちしながらオルヴィウスは左顔面を濡らす血を拭うとジッと眼を凝らし、黒い小型翼竜の群れを拡大させる。そして群れの奥にいる、明らかに別の大きな翼竜種の姿を認めた。
『ソルディニオス!? なぜこんなところにいやがるっ!?』
彼の戸惑った声を聞きながら、伊澄は翼竜たちの群れに向かって更に加速させていった。
アームレイカーを力強く握る。視線を右手脇にある小型モニターに移し、そこに書かれているショートメッセージをもう一度見直す。そして彼は嬉しそうに口端を吊り上げたのだった。
『今から行くから待ってろ――ユカリ』
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