89. 思いは各々、戦いは続く(その5)
初稿:2019/04/10
宜しくお願い致します<(_ _)>
『発進シークエンス、オールクリア』
『F-LINKシステム接続。およびその他システム、全て異常ありません』
「了解した。こちらも異常なし。アンビリカルブリッジを外してくれ」
『了解』
純白の機体の中からクライヴが指示を出すと、機体を固定していたロックボルトが外れ、続いて肩を覆っていたエネルギー補給用のブリッジが跳ね上がっていく。
固定が外れたことでガタリ、と機体がやや前傾になる。そのまま機体を二歩、三歩と前に進ませるとクライヴは管制スタッフへと告げた。
「クライヴ・ヴラッツヴェルト――『エアリエル』出る!」
機体の側面に光のラインが現れ、ふわりと浮き上がる。F-LINKシステムによって外部からダイレクトに伝わってくる浮遊感を感じると、クライヴは握った両手のレバーを一気に前へと押し出した。
エアリエルの両肩のフレームが左右に開く。一瞬の静止の後、またたく間に機体は加速し、格納庫の中に一陣の風を撒き散らしてエアリエルは空へと飛び出した。
城から空へと躍り出たエアリエルは、まるで鳥が風を掴むかのように滑らかに高く舞い上がっていく。クライヴの瞳に機体を避けていく雨粒が映り、その奥には戦う部下たちの姿が見えた。
「せっかくのご訪問だが――お引取り願おうっ!!」
エアリエルの手に握られたスティックから白い刃が現れる。それと同時に機体の側面がひときわ強く輝いた。
機体の前方に五つの魔法陣が整然と現れる。それらは回転を始め、無数の風の刃をガトリングガンのように撃ち出した。
雨を斬り、乱戦の様相を呈していた戦場に刃が降り注ぐ。シルヴェリアのノイエ・ヴェルトと交戦していた敵機たちが散開。刃の雨をかわしていくが、そのうちの一機にクライヴは狙いを定めた。
「遅いわっ!!」
振り下ろされた風の剣が敵機を捉えた。初撃こそ手にしたソードで受け止められたが、敵が反撃するより早くエアリエルの剣が横薙ぎに振るわれる。
紙を斬るようにして頭部が斬り裂かれる。エアリエルは更に敵の右腕を斬り飛ばし、背後に回りこんで無防備なバックパックにウィングソードを突き立てる。残った推進剤が反応して小規模な爆発を起こし、交戦能力を失ったノイエ・ヴェルトをクライヴは地面へと蹴り飛ばした。
『隊長!』
「待たせたな」
スピーカーから聞こえる部下の無事な声にクライヴは僅かに頬を緩めた。しかしすぐにまた口を真一文字に結び、敵の姿をにらみつける。
「この程度の敵に手こずっている説教は後だ。隊列を立て直す。しっかり俺について来い。いいな!」
『了解っ!!』
クライヴが入ったことでシルヴェリアは形勢を一気に立て直していった。エアリエルが敵陣をかき回すうちに隊員たちは隊列を組み直し、連携して攻勢を強めていく。
一転して守勢に回ることになったフォーゼット側も再び戦列を立て直そうとするが、そこにクライヴが突撃していく。
「甘いっ!!」
彼の有り余る魔力を妖精が増幅し、魔法陣を次々と展開。絶え間なく魔法を放って部下たちを援護し、同時に自身は最新の機体を操り敵中へと襲いかかっていった。
空気に溶け込むようにして敵戦列に切り込み、蹴散らす。振るわれた風の剣が敵機を傷つけ、撃墜せんと奮闘する。だがフォーゼットの敵兵も経験を積んだ歴戦揃いである。かろうじて致命傷を避けると、距離をとって一斉にエアリエル目掛けて魔法の雨を降らせていく。
「やるなっ!」
軽く感嘆を口にするとエアリエルは空高くへと飛翔し、妖精の力を得てさらに加速した。背面からの攻撃を振り切ると、再び敵陣の中へと突貫していく。
「うおおおおおおぉぉぉぉっっ!」
急旋回からの急加速。凄まじい慣性力がクライヴの体をシートへ押し付ける。しかしこの場にいる誰よりも自らを鍛え、戦い抜くことに貪欲な彼が臆することはない。
威力よりも弾数を重視し、フォーゼット軍たちが弾幕を張る。その微かな隙間を、エアリエルは風に乗って泳いでいく。
肩部から風を噴出し、更に加速。少々の被弾は張られた魔法障壁で弾き飛ばしていく。
「ここは、貴様らのような者がいて良い場所ではないっ!!」
咆哮を響かせ、クライヴの剣が再び敵機を捉えた。
肩から脇に掛けて大きく斬り裂き、腕を失ってバランスを崩した敵機を蹴り飛ばす。その隙をついて背後から敵が迫るが、クライヴは冷静に避けると、すれ違いざまに蹴りを食らわせる。
更に追い打ちを仕掛けようとするが、そこに別機体からの新たな弾幕が押し寄せる。味方のフォローを活かして蹴り飛ばされた敵機が体勢を立て直すが、やがてその機体を含め、クライヴの部下たちと交戦していたフォーゼット軍が一斉にシルヴェリアから離れていった。
『敵部隊、撤退……? ――うわっ!』
安堵混じりの報告が、すぐに悲鳴に変わる。離れていったフォーゼット軍が距離を取ったところで振り返り、再びシルヴェリアに向かって一斉に魔法を放射し始めた。
クライヴたちは再び散開してフォーメーションを組み直し、敵を蹴散らそうと接近する。しかしフォーゼットたちは、シルヴェリア軍が近づくと再度撤退を始め、そうかと思えば嫌がらせのように王城に近づく素振りを見せ攻撃を加えていく。それを防ごうとクライヴたちが動けばまた回避に専念してさらなる損耗を防ぎ、しかし撤退をするわけでもなく一定の距離を保ち続ける。
『隊長!』
「うろたえるなっ!
……奴ら、時間をかせぐつもりかっ……!」
敵の隊長はオルヴィウスだ。倒せるならば倒せ。だがそれが難しいなら自身と伊澄の戦闘を邪魔せぬよう遅滞戦術を取れ。クライヴはオルヴィウスが下したであろう命令をそう予想した。
(奴にとっては王国を攻撃する意味などないからな……!)
敵わないならオルヴィウスの気が済むまで、ただただ千日手に徹すればよい。彼が鍛えた部下たちにとってこんな楽な役回りはないだろう。だがクライヴたちにとっては気の抜けない嫌な戦術だ。
「王城の前で横に展開! 少しずつ敵を押し返すぞ! 王城に流れ弾一発でも当ててみろ! 動けなくなるまで俺が直々に扱いてやる! いいなっ!?」
『了解です!』
『そいつはゴメンですぜ!』
『ご命令とあらば完遂してみせます!』
クライヴの発破に士気の高い返事が次々に返ってくる。コクピット内で満足気にうなずくとクライヴは先陣を切って戦線を押し上げ始めた。
その最中、チラリと横目でもう一つの戦場を伺う。
(伊澄……!)
絶対に、負けるなよ。
そう口の中でつぶやき、彼もまた祖国の被害を抑えるべく自身の戦いへと集中していくのだった。
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