86. 思いは各々、戦いは続く(その2)
初稿:2019/03/30
宜しくお願い致します<(_ _)>
エーテリアに乗り込んだ伊澄は脇目も振らず真紅のノイエ・ヴェルトを追った。
追い始めはかなりあった二者の距離もグングンと距離が縮まっていく。だがそれは純粋な性能差というよりもオルヴィウスが速度を抑えているからであり、伊澄もそれを感じとっていた。
「エル、周囲に他の機体は?」
『エーテリア周辺に近寄ってくる機影、その他潜伏している機体は確認できません』
エルの言うとおり、伊澄にも他の機体は確認できなかった。レーダーでも目視でも感覚でも、そして思考リンクシステムから送られてくる情報でも、だ。加えて、システムが示す移動予測でも近寄ってきそうな気配はない。
それでもエルに確認したのは何となく機内の静寂が気持ち悪かったからだ。戦闘の前にはクーゲルやマリアと軽口を叩いていたが、それがなく一人での戦いを前にすると不安が過って落ち着かない。かといって、その役割をエルに自発的に求めるのは酷だろう。
「そう……フォーゼットとシルヴェリア――エレクシアさんたちの戦いは?」
『まだ多少劣勢ではありますがシルヴェリア王国側も持ち直したようです。おそらく、軍曹が一機撃墜したからでしょう』
「なら良かった」
シルヴェリアが優勢になるほどエレクシアたちがユカリを探すのも容易くなる。その意味でもクーゲルの奮闘は意味があった。まだ予断を許さないが、クライヴたちならばいずれ優勢に傾くはず。
なら後は彼女たちを信じるだけだ。伊澄は呼吸を整えると、意識を自身の戦いへと向けていった。
大きくなる真紅の機体。やがてオルヴィウスが乗っているだろうそれは飛行を止めて、エーテリアの方を振り返ると地上へと降りていった。
(……誘ってる?)
オルヴィウスの機体の動きを見て伊澄はそう思った。彼が何を考えてそうしたのかは断定できない。が、何となく想像はできる。
誘いと分かったうえで伊澄は迷わずそれを追いかけ、森を超えた先にある平原へと到着した。
上空から見たそこは、一面の荒れ地であった。ただっ広い土地に草木も生えず、無数のクレーターが今は雨水で埋められている。傍には池のような大きな水たまりがあったが、おそらくはそれもクレーター跡地なのだろうことが容易に想像できた。
「……戦争の跡地、かな……?」
ニヴィールもそうだがアルヴヘイムでも度々戦争が行われているらしいことは伊澄も知っていた。獣王国の滅亡と再興を巡る争いに、皇国が介入した小国間紛争。王国の歴史に詳しくないが、つい最近も戦いがあってここはまだ再開発が行われていないのかもしれない。
そんな荒野のど真ん中でオルヴィウスの機体が伊澄を待ち受けていた。
「……エル。あの機体の情報はある?」
『情報の有無に関しては肯定ですが詳細については否定。機体の名称はバアル・ディフィルと呼ばれるもので、フォーゼットの主力機であるゲルドゴールをベースとした後継機。それ以外の情報はデータベースに登録されていません。また開発元等についても不明です』
「……つまるところ、バルダーでも把握していない新型機ってところか」
であれば、後ろの方でドンパチやっているフォーゼットの機体――ゲルドゴールよりも高性能であることは間違いない。眼の前の一機しかないところを見るに、おそらくは汎用機というよりもオルヴィウス用にカスタマイズされたものか。
エーテリアにはない妖精の力も加算されることを考えると、機体性能だけをとっても相当な強敵と思っておいた方がいい。
「……、……!」
「ああ、ごめん。そうだよね。こっちだって君がいるもんね」
妖精がコクピット内を飛び回って自己の存在を主張する。それに苦笑いしながら伊澄が謝ると妖精は満足したか、もはや定位置となった伊澄の頭の上に座って、おっさんのように腕を組んで鼻息を鳴らした。
「うん……こっちだって負けてない」
ルシュカが開発した機体である。クーゲルも苦戦していたようにじゃじゃ馬もじゃじゃ馬であるが性能は折り紙付きだ。開発者のことを考えると妙な不安があるが、性能ではバアル・ディフィルには絶対に負けていない自信はあるし、妖精だって味方してくれている。
であれば――勝敗を分けるのは純粋にパイロットの能力だ。
「定石ならココから仕掛けるんだろうけど――」
オルヴィウスは腕を組み、上空のエーテリアを見上げている。攻撃の素振りも見せず、ただ伊澄を待っていた。先制を仕掛ければ戦いの主導権を握れるかもしれない。
しかし伊澄はそうしなかった。逃げも隠れもせず、ゆっくりとバアル・ディフィルの正面に降りていく。
不安はない。逆に伊澄はワクワクしていた。ここまでずいぶんと長く機体に乗っているが頭痛などの体調不良の気配はなく、そしてこれからも起きないだろうという確信があった。
自分の実力を試せる。それも、対等な立場で。強い相手と本気で戦えるのだ。滾らないはずがない。
これじゃオルヴィウスを笑えないな。伊澄は苦笑いしつつ、これからの戦いに期待して体が武者震いした。
エーテリアが着地し、二機は向かい合う。その時ピピピ……と電子音が鳴った。
『オープンチャンネルで通信が入っています』
「……繋いで」
『了解』
エルが通信を繋ぐとモニター隅に音のオシロが表示される。ノイズ混じりの音が鳴り、そこに、できるならば聞きたくもなかった声が入り込んだ。
『いよぅ、旦那』
「オルヴィウスさん……!」
『いや、思ってたよりも若かったしな。旦那なんて呼ばれる歳じゃあねぇか。いちいちフルネームで呼ぶのも邪魔くせぇし、ここは俺も伊澄、と呼ばせてもらっても構わねぇかね?』
「別に。旦那でも小僧でも好きに呼べばいいですよ」
ルシュカとは違った感じで人を喰ったような話し方だ。伊澄がつっけんどんな返事をすると、オシロが上下に揺れて楽しげな声が響いた。
『はっはっは。んじゃ遠慮なく伊澄って呼ばせてもらうぜ。
さぁて、伊澄。ようこそ、戦いのステージへ。こうしてノイエ・ヴェルトに乗ってテメェと戦えんのを、ここんとこずぅーっと楽しみにしてたんだぜ?』
「僕はそうでもありませんでした。さっさとユカリを連れてこんなところから帰りたいんです」
『まーたまた。ホントにそう思ってんのか?』
「……半分ホントで半分ウソです。ユカリを連れて帰りたいのは本気ですけど、正直、貴方と本気で戦えるのは楽しみです」
そう応えるとまたしても楽しげな笑い声が聞こえた。
『正直な野郎だ。いいぜぇ、自分に正直ってぇのは良いことだ。気に入った』
「僕は貴方が嫌いですけどね。
それで、ユカリは何処にいるんですか?」
『色男はやっぱ惚れた女が気になるかい?』
「惚れる、っていうのが正しいかは知りませんが彼女の事は気になりますね。賞品を持ち逃げされちゃ適いませんから」
『くっくっ、そりゃそうだわな。
安心しなよ。嬢ちゃんなら森のどっかで待機してるさ。さすがに逃げられちまったら探すのも骨だからな、部下の連中に見張らせちゃあいるがぁ無事だ。部下にも手ぇ出さねぇよう伝えてるよ。ま、暴れられちまったらその限りじゃねぇけどな』
「彼女を甘く見てると痛い目みますからね。気をつけてください」
『ははっ、そいつはさっき実感したぜ』
やっぱり暴れたか。オルヴィウスの言葉に伊澄は頭を抱えつつも、彼女が元気な証拠を聞いて少しホッとした。
「もう一つ質問を」
『なんだ?』
「ここは僕と貴方の一騎打ちということで間違いありませんね?」
『おう、それで間違いねぇ。他のノイエ・ヴェルトに乗ってる連中にゃ、たとえ俺が負けそうでも、ぜってぇ手出しすんなって言ってある。あいつらにゃ王国の邪魔が入らねぇよう遊んでもらってるだけさ』
「そうですか。最後に。
――僕が貴方に勝てば、素直にユカリを返して貰えるんですよね?」
『戦って勝ったんなら文句は言わねぇし言わせねぇ。こう見えても俺ぁ嘘が嫌いなんでな』
「でもそれだけだと僕の旨味が少ないです。ユカリを賭けたこの戦いだって貴方からもちかけたものなんですから、僕からの要求だって飲んでもらったって構わないですよね?」
『いいぜ、なんだって飲んでやる――と言いてぇとこだが、さすがに内容次第だな。まぁ言ってみろよ?』
「簡単な事ですよ。
僕が勝ったら――二度とユカリに近づかないでください」
伊澄の要求に一瞬間が空いた。しかし徐々に喉を震わせる音が鳴り、やがてオルヴィウスの愉快そうな笑い声が届いた。
『がっはっはっはっはっ! なるほどなるほど、そう来たか。
悪かねぇ要求だ。よっしゃ、その要求飲もうじゃねぇか』
「ありがとうございます」
『感謝されるほどのもんじゃねぇ。で、安心したか?』
「ええ。これさえ飲んでもらえるのなら問題ありません」
「なら――」
「ええ、これで僕も――」
『心置きなく戦えるってわけだ――なっ!!』
会話の終わりと同時に二機のノイエ・ヴェルトが一気に加速した。
黒と真紅が線となり、雨を弾き飛ばす。まばたきを終えた瞬間には剣と剣がぶつかり合い、激しく火花を散らした。
『いい反応だっ!』
「そっちだってっ!!」
騎士同士が戦っているかのように激しく剣戟が繰り広げられ、響く金属音が雨音をかき消していく。剣が交わったかと思えばマニピュレータの拳が頭部をかすめ、返す刀で振り抜かれた剣がコクピットの塗装を斬り裂いていく。
攻防が一息ついて二機は距離をおき、今度は地上で並走していく。
『おおおおおおおっっっっ!!』
「はああああああぁぁぁぁっっ!!」
エーテリアはハンドガンを、バアル・ディフィルは掌の魔法陣から火球を繰り出す。互いに勇ましく雄叫びを上げながら銃撃と魔法を繰り出し、しかし両者ともに凄まじい反応を見せて避けるばかりだ。
「しっ!」
『ふっ!!』
再度両機がぶつかり合い鈍い音を立てた。そのまま超至近距離での攻撃が繰り広げられていく。その動きはとてもノイエ・ヴェルト同士とは思えない。淀みなく攻撃を加え、しかし双方ともギリギリのところでかわし合い決定打を与えられない。
いつもどおり相手の動きを読んだ伊澄が剣を突き出し、それを上回る反応速度でオルヴィウスも上半身を反らし避ける。その勢いを利用してバク転し、体勢をすばやく整えると今度はオルヴィウスが突撃する素振りを見せた。かと思えば直前でかがみ込みエーテリアの脚を薙ぎ払う。
足元を蹴り飛ばされてエーテリアは体勢を崩し、しかし伊澄はそのまま片手をつきバーニア制御で姿勢を上下逆に回転させると、ハンドガンで反撃し追撃を許さない。
それぞれが機体の表面だけを浅く傷つけ合っていく。やがて両方共一度距離を置くと再び上空へと舞い上がった。
「――っ!」
『はぁっはっはっ! 楽しいなぁ! そうは思わねぇかっ!?』
「否定したいところですけどね! 残念ながら否定しきれない自分がいますよ!」
ハンドガンを連射する。いつもどおりにオートフォーカスをオフにし、頭の中に描き出される敵軌道の予測先に実弾が放たれていった。
並の敵であれば直撃は免れないはずのそれを、しかしオルヴィウスは驚異的な反応で強引に軌道を変更し、避けきれなかったものは魔法障壁と風魔法を利用して浅くかすめるに留めてしまう。
それでも伊澄は攻撃の手を緩めない。エーテリアの両ふくらはぎが外に開き、中から三つ孔が並んだポッドがせり出すと、そこから計六発の小型ミサイルが飛び出していく。
飛び出したそれらが白煙をたなびかせてバアル・ディフィルへと迫っていく。一度はかわしきったオルヴィウスだったが、ホーミング機能がついたミサイルが追撃を止めない。加速して引き剥がそうとするオルヴィウスだったが、その先に伊澄が回り込んでいた。
バアル・ディフィルの頭上側から発砲。出力を上げた魔法障壁によってハンドガンは防がれるも、速度の落ちたバアル・ディフィルにミサイルが追いつき、やがて爆発がオルヴィウスを包みこんだ。
「やった!?」
『――いえ、まだです』
しかしその爆発の煙を割ってバアル・ディフィルが飛び出した。左半身には所々に多少の傷跡が刻まれているが、動きに変化はなく、むしろ一層の速さを伴って伊澄へと突撃してきたのだった。
『甘ぇよっ!!』
「ちっ!」
鋭くバアル・ディフィルの剣が振り下ろされる。伊澄は身を捩って避けると、距離を置くために機体を更に上昇させた。
『今度はこっちの番だなっ!!』
バアル・ディフィルの全身が淡く光に覆われていく。手のひらのみならず全身の到るところに魔法陣が現れ、無数の魔法が一気に放たれた。
風は刃となり炎は破壊尽くさんとばかりに荒れ狂う。疾風は更に渦を巻き、幾つもの竜巻となって、あらゆるものをねじ切ろうと押し迫る。
「この程度――かわしてみせるっ!!」
叫ぶと同時に伊澄はペダルを一気に踏み込み目まぐるしくアームレイカーを操作していく。
押し寄せるおびただしい数の魔法を避ける、避ける、避ける。炎の弾丸が傍で炸裂し、地獄の中を飛んでいるかのようにコクピットを照らしていく。風に斬り裂かれた空気が甲高い悲鳴を上げ、その中をエーテリアは縫って自由に飛び回った。
時に身をひねり、時に天地を逆にし、わずかしか無い安全地帯を正確な飛行で移動していく。
やがて加速しきったエーテリアが魔法を置き去りにし、伊澄はそれを確認することなく機体を反転させた。
「はあああああああっっっっ!!」
『うおおおおおおっっっっ!!』
戦士二人の咆哮が木霊し、両者が高速を維持したままぶつかった。
最初と同じ様に剣と剣が交わり、交差して離れたかと思えば互いにまた反転しぶつかり合う。
『死ぃぃぃねやぁぁぁぁぁぁっっ!!』
「アンタこそぉぉぉぉぉっっっ!!」
どちらがより強いか。
互いのプライドを賭けた戦いは、まだまだ終焉の気配を見せることは無かった。
お読み頂き、誠にありがとうございました。
ご指摘等あれば遠慮なくどうぞ<(_ _)>




