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82. 踊るマイ・ウェイ(その4)

初稿:2019/03/20


宜しくお願い致します<(_ _)>

「……ええ、言いたいことは山程ありますよ。

 どうしてユカリをさらったんですか?」

「そりゃあ色々理由はあるが」オルヴィウスは顎髭を撫でながらニヤリとした。「一番はあのクライヴをコテンパンにのした(・・・)っていう凄腕のノイエ・ヴェルト乗りと戦ってみたかったからに決まってら。このおてんば娘が危ないって分かりゃ、テメェだって戦わざるを得ねぇだろ?」

「そんな理由で……!」

「褒められることをしたたぁ思っちゃいねぇが、人の価値観を頭ごなしに貶めるのは感心しないねぇ。アンタにとってしょうもなくたって、俺にとっちゃあ何よりも重要な理由だ」

「だからって! それなら直接僕を誘拐なりなんなりすれば良かったでしょう!」

「それでも良かったんだが思いのほかテメェのガードがきつくてな。それに、後々のことも考えるとユカリの嬢ちゃんの方が色々と使い勝手が良さそうだったんでね」

「エレクシアさんといい貴方といい……いったい、ユカリに何があると言うんですか?」

「なんだ、テメェこの娘がどんな人間か知らねぇのか?」

「……不思議な力があることくらい知ってますよ」

「その様子じゃあ詳しいことは知らねぇみてぇだな」


 オルヴィウスはユカリを担いだまま器用に肩を竦めてみせた。


「いいさ、良く分からんまま運命に翻弄されるだけってのもそらぁそれでオツなもんだが、ちったぁ業腹だろ? ここまで助けに来た王子サマにいっちょご教授して差し上げようじゃあねぇか。

 嬢ちゃんはな、未来が見えんだよ」

「……何を言ってるんですか?」


 唐突なオルヴィウスの話に伊澄は鼻白む。だがオルヴィウスはククッと喉を鳴らして話を続けた。


「眉唾な話だろ? 俺も最初に聞いた時は何処の神の所業だって、思わず皇国の説教する神さんにでも入信しそうになったぜ。けどまぁ、どうやらコイツがマジな話らしいんだよ。

 嬢ちゃんみてぇな人間を『ヴォイヤー』だとか『ヴァイエリスト』だか言うらしいんだがな――ああ、命名したのはおたくらニヴィールの人間らしいぜ――なんでもアルヴヘイムともニヴィールとも違う摩訶不思議な世界を通して未来のことを覗き見る、なんてふざけたことができるらしいんだとさ。

 テメェとこの嬢ちゃんはそこそこ付き合い長ぇんだろ? 心当たりの一つくらいはあんだろ」


 そう言われて伊澄が思いついたのはユカリから聞いた話だ。彼女は男が相手であろうとケンカで負けたことがないと嘯いていた。もしオルヴィウスの話が本当だとすれば納得のいく話だ。

 もっとも、彼女に関しては他にも気になるところがあるのだが。


「エレクシアの嬢ちゃんなんかはその力を当てにして、なんやかんやとやりたがってたみてぇだが、ま、この娘の力を欲しがる連中は山程いるってことでな。俺がテメェに勝ちゃあ、せっかくだし他のそういった連中の需要でも満たしてやろうって腹なわけさ。

 ――さて、そろそろ頃合いだな」

「なにを――」


 話し終えたオルヴィウスはニヤリと笑う。その態度に異変を覚えた伊澄は銃を構え直した。

 だが、にもかかわらずオルヴィウスは手にしていた魔法銃をユカリから離したのだった。

 無防備に立つオルヴィウスに伊澄は面食らう。この状況で人質から武器を離すなどありえない。しかし現実にオルヴィウスはそうしている。いったい何を狙って――

 その時、頭上の妖精が再び騒ぎ出した。


「えっ!?」

「今だっ!!」


 そこに、オルヴィウスの背後から好機と見た兵士たちが飛び出した。輝く手のひらを彼に向け、走りながら予め詠唱しておいた魔法を発動させるキーを口にしようとする。

 しかし。


「がっ……!?」


 彼らの背後からおびただしい数の魔法が降り注いだ。

 火炎や氷、そして風の刃が兵士たちに襲いかかる。それらは兵士たちのパッシブな障壁によって数度は留められるも、次々と襲い来る魔法の弾たちによってガラスが砕けるような音と共に破壊され、焼き、貫かれ、斬り裂かれていった。


「うわっ!」


 その流れ弾が伊澄にも飛来し、一、二発がかすめていく。悲鳴を上げ、それでも何とか転びながら通路の壁に隠れることで難を逃れた。


「そんじゃな、羽月・伊澄。外で俺ぁ待ってるぜ」

「待っ……ちぃっ!!」


 魔弾の中をユカリを連れてオルヴィウスは進んでいく。伊澄は顔を出して銃を向けるも、すぐに魔法が飛んできてまともに構えることさえできない。


「予定きっかり。さっすがだねぇ」

「オルヴィウス様にいつも鍛えられていますから」


 魔弾を連射する、整備員に変装した部下にオルヴィウスが声を掛けると一人が帽子をあげてニヤリと笑う。


「しかしこの新型魔銃は良いですね。威力が弱いのが難点ですが、連射能力は対人には効果抜群です」

「バカとハサミは使いようってな。モンスターに効かねぇっつって捨てるだけじゃもったいねぇ。要は使い所の問題よ」

「ですが弾を確保しづらいのは頂けませんね。流石に残弾がキツイですよ」

「もう十分だろ。最後に派手なの仕掛けて撤退だ」


 オルヴィウスの指示に部下の男は了解の意を告げる。そして他の部下にハンドサインを送ると、数人が壁に魔法陣の描かれた紙を貼り付け、そこに魔素を注いでいく。

 魔銃に加えて、王国兵たち側へ自身の魔法も放ちつつ通路から一人、また一人と消えていく。伊澄は弾幕が止まったのを見て壁から飛び出した。

 だが直後、激しい閃光に伊澄の脚は止まった。

 爆音、それと爆風。自身に押し寄せるそれに弾き飛ばされ、伊澄は床を転がった。両耳からは耳鳴りが響き、めまいを起こした時のように視界が揺れる。飛んできた破片で斬ったか、左のこめかみ辺りから血が流れ落ち、それでも幸運にもひどい傷は負わずに済んでいた。


「この場合は悪運が良いって言うのかな……」


 傷はたいしたことはない。拭えば、戦闘服越しでもぬるりとした血の感触を覚え、しかしそれ以上に伊澄は行く手の通路を見て舌打ちをした。


「くそっ、通路が……!」


 先程までオルヴィウスたちがいた通路は完全に破壊されていた。壁や天井の瓦礫が積み重なり通路を塞いでいる。幸いにして上の階には誰もいなかったようで人影はないが、この瓦礫を押しのけて進むのは不可能だ。


「ちっ、別の道を……」

「伊澄っ!!」


 オルヴィウスを追いかけるために踵を返した伊澄だったが、そこに響く女性の声。振り返った先からは近衛兵を連れ、スカートを翻しながらエレクシアが走ってきていた。

 伊澄は銃を構えた。エレクシアの頭に照準を定める。それを見た近衛兵たちも即座に攻撃の構えを見せた。

 だがエレクシアは息を切らせながらも手を挙げてそれを制した。


「貴方たちは負傷した方たちの治療を優先してください」

「エレクシア様っ! しかし……」

「ワタクシは大丈夫です。心配いりません」

「……畏まりました」


 エレクシアは柔らかく微笑むも、譲る素振りはない。有無を言わせぬ態度に近衛兵は折れ、心配そうな視線を送りながらも、先程オルヴィウスたちにやられてうめき声を上げる兵士たちの手当を始めた。

 それを確認すると彼女は目を閉じ、息を吐き、やがて真っ直ぐに伊澄に眼を合わせた。


「伊澄……」

「……」


 呼びかけに伊澄は答えない。ギリ、と歯ぎしりの音がして構えた銃を下ろさない。瞳には疑念がうずまき、苦悩がエレクシアには垣間見えた。

 そんな伊澄の心情を示すかのように、頭の上にいた妖精が二人の間に割って入った。一歩踏み出したエレクシアの前で、彼女の行く手を阻むように小さな体を大の字に広げてみせ、彼女は顔を曇らせた。


「……ワタクシも嫌われたものじゃの」


 普段は妖精に愛されているエレクシア。だが伊澄と共にいることを選んだこの妖精は彼女が近づくことを認めない。きっとこの場所では、彼女の魔法障壁は妖精によって紙の盾よりももろくなっているだろう。銃弾が一度発射されれば容易く彼女の体を貫くはずだ。

 それでも、危険を犯してでもせねばならぬことがある。エレクシアは一歩前に出た。


「すまぬの。話をするだけじゃから、ちと退いておくれ」


 悲しそうに妖精に話しかける。指先を伸ばして妖精の頬に触れる。妖精はビクリと少し体を強張らせる。だがその指先を感じ取ると、小さな彼女は迷うように揺れながらも再び伊澄の頭の上へと戻っていった。


「……ありがとうの。

 さて、伊澄……」

「……」

「……この度は、迷惑を掛けて本当にごめんなさい」


 そう言って、深々とエレクシアは頭を下げたのだった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等あれば遠慮なくどうぞ<(_ _)>

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