81. 踊るマイ・ウェイ(その3)
初稿:2019/03/18
宜しくお願い致します<(_ _)>
警報が鳴り響く中を伊澄は慎重に通路を進んでいく。
バルダーで多少訓練はしたとはいえ、つい最近まで単なる会社員であった伊澄だ。当然潜入ミッションの心得などありはしない。それでも映画やアニメで登場人物がしているように見様見真似で奥へ向かっていく。
「いない……か」
銃を手に、壁越しに曲がり角の様子を伺うも敵の姿はない。それでも念を入れて確認する。
「どう? 行っても大丈夫そう?」
伊澄が話しかけると頭の上に座っていた妖精がうなずいた。妖精の感覚は伊澄のそれよりずっと鋭敏だ。そんな妖精がうなずくのなら間違いないだろう。伊澄は確信し、それでもなるべく足音を殺して進むと曲がり角でまた壁に貼り付いた。
「……結構進んできたけど、どうかな? ユカリは近くにいる?」
尋ねて返ってきたのは否定。どうやらまだユカリの位置は遠いらしかった。
妖精が姿を現してからここに至るまでに尋ねたところ、トンネル掘りをするまでは彼女は城の上層――おそらくエレクシアのところにいたらしい。だが妖精情報によればその後移動していて、今は地下の方へと向かっているようだった。
「でも……なら後少しか」
妖精のナビがある以上、確かに近づいている。であれば焦る必要はない。しっかり地に足をつけて進めばいい。
「それにしても……どうして兵士が来ないんだ?」
先程から警報が鳴っている以上、伊澄が城内に侵入したことはすでに知れ渡っているだろう。前にエレクシアの元から脱出した時のように多くの兵士が押し寄せてきてもおかしくないはずだ。
「クーゲルさんが上手く敵を陽動してくれてる? それにしても……」
今伊澄がいるフロアに兵士の影が一人も見えないのは不自然である。そこに奇妙さを感じながらも伊澄は階段の扉を押し開け、また一つフロアを上がっていった。
「ここにもいない……?」
扉の影から様子を伺うも、やはりいない。妖精に確認しても回答は同じ。どういうことだ、と訝しさを募らせる伊澄だったが、不意に頭上の妖精がバタバタと騒ぎ出した。
「敵!?」
伊澄はすばやく銃を構え、しかし視界の何処にもその姿はなく足音もしない。
いや――耳をすませば微かに床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
「……、……!」
「何て言ってるのかは分かんないけど……ユカリなんだね?」
返答は肯定。ならば、とそちらの方へと駆けていく。妖精の反応もより強いものになっていく。
そして――伊澄は目的の人へと辿り着いた。
「……」
大きくなる足音に銃を構えた伊澄。その先からは一人の男が歩き近づいてきていた。
慌てることも動じることもなく、堂々と。彼の肩の上にはグッタリとした制服を着た少女の姿があり、それが誰であるか確認するまでもなかった。
「ユカリっ!」
「おおっと……おいおい、いきなり銃を向けてくるたぁ、話に聞いてたのと違ってずいぶん物騒な兄ちゃんだな」
伊澄に銃を向けられ男は手を上げた。だが言葉とは裏腹に態度は落ち着いていて、彼の手にも銃は握られたままだ。ヒゲに覆われた顔には楽しげに不敵な笑みを浮かべていた。
「待っていたぜ、色男」
「その言い方……てことは、貴方がオルヴィウスですか……」
「おう、そうだ。せっかくだ、改めて自己紹介でもしとこうか。
俺の名はオルヴィウス。急な呼び出しにもかかわらず駆けつけてもらって悪かったなぁ、羽月・伊澄。
会えて嬉しいぜ?」
「……ユカリを離してください」
照準をオルヴィウスの頭部に定める。撃鉄はすでに降ろされている。練習通り引き金を少し引けば、弾丸は彼の脳天を貫いていくはずだ。
しかしオルヴィウスは動じない。
「まあそう焦んなって」
言いながらオルヴィウスは手にした銃をユカリの腹部に当てた。
「……っ」
「そんな物騒なもんを向けられちゃあ怖くて怖くて、思わず手元が狂っちまいかねねぇ。落ち着くためにもちっとオッサンと話でもしようや。なぁ?」
「……テロリストとお話することなんてありませんよ」
「そう冷てぇこと言うなって。俺に言いてぇことだって腐るほどあるだろう?」
声の一つ一つが伊澄の神経を逆なでする。できることならば今すぐにでもこの引き金を引いてしまいたかった。だがオルヴィウスの銃口がユカリに向いている今、下手なことはできない。まさかこんなところで人質事件にあたる警察の気分を味わうとは。衝動を堪えるために噛み締めた伊澄の下唇に血が滲んだ。
(……?)
その時、伊澄はオルヴィウスの後ろで動く影を認めた。角からわずかに顔を出し伊澄に視線を向けてくる。覗き見える覚えのある装備から察するに、どうやら城の兵士だ。伊澄の銃口がオルヴィウスからぶれた。
だがその兵士は伊澄に向かって首を振ると、オルヴィウスの方を指さした。
(よく分かんないけど……気を引けってことか?)
伊澄が侵入してここまでロクに兵士がやってこなかったのは、目の前の男が何かトラブルを引き起こしていたからかもしれない。そう考えれば合点がいく。頭上の妖精も特に騒ぐ様子はないことから、兵士たちに敵意はないのだろう。
もともとはエレクシアがユカリを望んだのだ。その彼女がこうしてオルヴィウスの手の中にあるというのはエレクシアたち王国にとっても望ましくないのかもしれない。
まだ完全には王国側を信じ切ることはできない。それでも今はオルヴィウスからユカリを助け出すことが先決だと、伊澄は彼らの意図に乗ることにした。
お読み頂き、誠にありがとうございました。
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