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78. シルヴェリア王国へ(その5)

初稿:2019/03/09


宜しくお願い致します<(_ _)>

「っ、オルヴィウス!」

「おっと、動くなよ、クライヴ隊長殿?」


 魔法陣の刻まれた手のひらをクライヴがオルヴィウスに向ける。だがそれよりも早くオルヴィウスがユカリの頭に魔法銃の銃口を突きつけた。


「っ……!」

「ユカリ嬢ちゃんも、だ。元気が良いのは歓迎するけどな、せっかくカッコいい美人に生まれたんだ。火傷顔(フライフェイス)になってのたうち回りたかねぇだろぅ?」

「……アンタらみたいなのに利用されるくらいなら死んだ方がマシだな」

「まあそう言いなさんなって。なぁに、もうすぐ愛しい王子サマがやってくるだろうからよ」

「オルヴィウス」エレクシアの額から汗が流れ落ちた。「お主……何を考えておる?」

「簡単なことよ。俺の望みは一つだけ。強ぇ奴と戦うことさ。そのためにユカリ嬢ちゃんにはちょっとダシになってもらったってだけだ」

「強い者……?」


 エレクシアは怪訝に顔をしかめた。が、すぐにその「強い者」に思い至って顔色を変えた。


「まさかお主、伊澄を!」

「おうよ。嬢ちゃんに協力してもらってついさっき白馬の王子役を依頼したところさ。

 王女サマはユカリ嬢ちゃんと羽月・伊澄とは良い関係を作りてぇんだろ? なら、もしこの嬢ちゃんに傷でもありゃあ……さて、わざわざ世界を渡ってまでやってくる羽月・伊澄とやらはアンタらのことをどう思うだろうな?」

「くっ……」


 ニヤリと笑うオルヴィウスを睨みつけながらも、クライヴは動けない。

 相手がそこらの荒くれ者であったならば、ユカリに傷一つつけずに助け出す自信はある。しかしオルヴィウスを相手にしては、それは不可能な程に困難なミッションだ。

 ならば仲間を呼ぶか。魔法を明後日の方向に放って大きな音でも立てれば、すぐに近衛どもが何事かと押し寄せてくるだろう。

 しかし彼らがなだれ込んだ結果、オルヴィウスがユカリを傷つけない保証はない。確かにオルヴィウスはむやみに女子供を傷つけるような人間ではないが必要あらば厭うような性格でもない。

 現状、為す術はない。置かれた状況のまずさに歯噛みするクライヴだったが、ふとユカリと眼があった。

 鋭い目つきだがクライヴを睨んでいるわけではない。ただジッと見て、何かを訴えようとしているかのようだ。


(何をするつもりだ?)


 首元をガッチリと掴まれ、頭に銃口を突きつけられた状態でまともに動くことなどできようもない。なのに彼女の瞳に諦めも怯えも見当たらなかった。

 チラリと横目でエレクシアの様子を伺う。彼女の瞳もまた一瞬だけユカリの方へ向かい、そして再びオルヴィウスへと戻っていく。


「どうした? お得意の『未来予知』でもしてみたらどうだ? ん?」

「……本当に良いのか? これでもワタクシはお主の大口の顧客を自負しておる。このままではお主の『フォーゼット』での立場を失うのではないか?」

「別に構いやしねぇさ。確かに大目玉ではあるだろうがな。別にフォーゼットにこだわりがあるわけじゃねぇ。それに――『ヴォイヤー』を連れて帰りゃ釣りがたっぷり出るだろうしなぁ」

「……やはり知っておったか」

「あたぼうよ。情報っつうのは何よりも力になる。耳が早ぇのはアンタらだけの専売特許じゃねぇんだぜ?」

「だからといっておいそれと耳にできるような――」

「さっきから聞いてりゃよ」


 二人が尚も会話を続けようとしたその時、ユカリが存分に不機嫌な口調で割って入った。


「ユカリ、ちょっと黙っておれ」

「やだね。テメェらこそちょっと黙ってな。

 ったくよ、二人してグダグダと訳わかんねぇ話ばっかしやがって。アタシは蚊帳の外ってか?」

「おう、悪ぃな。だが嬢ちゃんにも後でちゃんと話してやるよ。だから――」

「知ってるか? アタシはな――テメェの都合押し付けてくる奴がイッチャン嫌いなんだよっ!!」


 ユカリが吼えたその時、突如として大きな火球がオルヴィウスの眼の前に出現した。


「うおっ!?」


 さすがのオルヴィウスもその熱に気圧されて慄く。

 首の拘束が緩み、ユカリはその隙を突いてオルヴィウスから離れた。

 そしてそれと同時に、クライヴの手から放たれた鋭い風の刃が火球を斬り裂いた。


「っ……!」


 赤い血飛沫が舞った。それが火に焼かれて蒸発していく。その下をかいくぐるようにしてユカリは一歩大きく踏み出した。


「ユカリっ!!」


 エレクシアが手を伸ばす。そこに向かってユカリもまた腕を差し出した。

 指先と指先が重なり互いの体温を感じ合う。

 だが――そこまでだった。


「ぐぁっ……!」


 指先が離れ、ユカリの体が床に叩きつけられた。刹那だけ呼吸が止まる。苦悶に次いで苦しげな吐息が漏れ、しかめながら顔を頭上へ向けるとオルヴィウスが馬乗りになって彼女の後頭部に銃口を突きつけていた。


「……ぁたく、お転婆にも程があるぜ」


 何事もなかったようにオルヴィウスはボヤく。だが、彼とて無傷では無かった。

 クライヴが放った魔法は確かに彼に命中した。額から左目に掛けて縦に長く鋭く裂けて血がダラダラと流れ落ちていた。それを左腕で乱暴に拭い、跡が顔の左半分に薄く伸びて、ただでさえ獰猛な強面がより一層ならず者の雰囲気を醸していた。


「クソッ、タレ……!」

「やぁれやれだ。まさか魔法まで使えるようになってるたぁ思わなかったぜ。こら俺の失態だな」


 ため息をつき、オルヴィウスはユカリの頭を掴んで乱暴に立ち上がらせた。痛みに顔をしかめる彼女に向かって彼は銃口をその額に押し付けた。ユカリ、そしてエレクシアとクライヴが全員息を飲んだ。


「っ……」

「だがそうは言っても少々おいたが過ぎたな」

「やめろっ、オルヴィウスっ!!」


 クライヴが叫び、だがそんな態度を面白がるかのようにオルヴィウスは口端を吊り上げる。

 そして――膝を思い切り彼女の腹に突き上げた。


「……ぁ」


 ユカリが大きく口を開けたかと思うと、そのままグッタリと倒れる。それを受け止め、「よっ」と彼女の体を肩に担ぎ上げた。


「これでしばらくは暴れるこたぁねぇだろ」

「……彼女を何処に連れて行く気じゃ」

「さぁてね。まあ安心しろって。アンタらがどうこうしねぇ限りこれ以上手を上げる気はねぇよ。それにそろそろ――」


 そこに、突如城を小さな揺れが襲った。そして鳴り響く警報。途端に騒がしくなる城内外の様子に、オルヴィウスは顎を撫でた。


「どうやらようやくお出ましのようだな」

「今度は何を……――そうか、この揺れは」

「おうよ。愛しい愛しい大事な王子サマがやってきた合図ってやつだ。きっとカンカンのチンチンに熱くなってるだろうよ。

 んじゃ、俺はずらかるぜ? 言っとくが――」

「分かっておる……邪魔はせぬ」

「いい子だ。それじゃまた会おうぜ」

「とっとと行け、たわけがっ……二度と会いたくないわ」


 吐き捨てるエレクシアに、オルヴィウスは「がっはっは!」と楽しそうに笑いながらユカリと共に部屋を出ていく。

 バタリ、と扉が閉じると沈黙が支配する。クライヴは握りしめた拳を震わせ、それでも息を吐き出して気を鎮めると背中を向けているエレクシアに声を掛けようとした。


「……クライヴよ」


 だがそれよりも先に、彼女の方が口を開いた。


「ハッ!」

「城におる全兵士、ならびにノイエ・ヴェルト部隊員に命令を。羽月・伊澄の邪魔をせぬように。それと――なんとしても明星・ユカリを救出するのじゃ」

「エレクシア様……」

「これはワタクシの大、大、大、大失態じゃ。せめてそれくらいはせねば会わせる顔もない」

「――御意に」


 うつむき体を震わせるエレクシアの背に向かって、クライヴは無言で深々と一礼する。そして携帯端末を取り出し、部下たちへ指示を飛ばしながら部屋を飛び出していった。

 一人残されたエレクシアは散らばった書類を踏みつけながら無言で執務机に向かった。ワナワナと体を震わせ、その白い両拳を思い切り机に叩きつけた。


(アリシア……ワタクシに何を望んどるんじゃ……?)


 伊澄に逃げられてからも狭間の世界(フレストヘイム)で漂うアリシアから度々「映像」を見せられている。だがそのどれもが今よりもずっと未来のものだ。このような事態は見せられていない。

 自分は何処で間違ったのか。何処から道を違えたのか。それとも、まだ間違ってなどいないのか。この危機も、全ては彼女の望む未来への布石なのか。

 分からない。いくら考えても、ただの盗撮者(ヴォイヤー)である自分に分かろうはずがない。


(考えても無駄ならば――)


 エルフ(人間)らしく、できる限り足掻くしかあるまい。

 顔を上げると、エレクシアもまた部屋の外へと走り出していったのだった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等あれば遠慮なくどうぞ<(_ _)>

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