75. シルヴェリア王国へ(その2)
初稿:2019/02/27
宜しくお願い致します<(_ _)>
昼間でもアルヴヘイムの空は赤かった。
季節的にはニヴィールと大きな差はないものの、時差は数時間あるようでまだ陽は高く日差しが熱を地上へと届けていた。だが、遠くには雨雲が広く長く横に伸びている。その黒い雲はゆっくりと迫ってきていて時折雲の中で雷光を放っている。風は湿り気を伴っていて、遠からず天気がぐずつくのを予感させた。
そんな空に小さな白い点が灯った。日差しとは違った明るさを伴った光が空の朱に負けない力強さを放っている。それは次第に大きくなり、やがて地上からもはっきりと分かる程の孔が穿たれた。
現れる黒い影。人型をしたそれがアルヴヘイムの空に姿を見せる。
ニヴィールから転移してきたノイエ・ヴェルト――エーテリアだ。
「くっ――出たっ! ここは……?
エルっ!」
『座標を計算中……出ました。シルヴェリア王国の王都より西北西におよそ二十一キロ。ヴァルト森林上空です』
眼下には見事に育った黒々とした木々がどこまでも続いていた。伊澄が尋ねるとエルは即座に地形データと太陽の位置から転移した場所を特定して告げてくる。
久しぶりのシルヴェリア王国。エレクシアに連れて行かれてからたった一日しか居なかったはずだが記憶は鮮烈で印象深い。だからか、懐かしい気分に襲われ、しかしそんな感傷に浸っている余裕はない。落下しながら伊澄はバーニアを吹かし、テュールに乗っていた時と同じ感覚で機体の手足を動かして姿勢を制御しようとした。
だが――
「うわっ!?」
慣れた感覚で動かすと伊澄の期待とは裏腹に一気に上下が逆さになる。コクピットの中でクーゲルが宙吊りになり、慌てて元に戻ろうとすると今度は逆向きに回転してまた逆さになってしまった。
「何やってんだよっ! おおおおオレを殺す気かっ!」
「反応がすっごいピーキーなんですよっ!」
『さすがは新型機。ワイズマン博士には感嘆しかありませんね』
「褒めてる場合かよっ!」
テュールやスフィーリアも既存機に比べてずっと反応が敏感だったが、この機体の反応速度はそれを遥かに超えていた。伊澄の感覚でバーニアを少し吹かせば一気に加速し、サイドスラストを噴射すれば空中で側転。宇宙空間にいるみたいにグルグルと上下左右に回転しながら上へ下へと不格好にエーテリアは移動していた。
「このっ……!」
クーゲルの悲鳴が響き渡る中、伊澄はいっそう集中力を研ぎ澄まさせていく。アームレイカーやペダル操作を慎重に。そして頭の中ではエーテリアの動きをしっかりと思い描きながら操作をしていく。
やがて機体の動きは徐々に落ち着きを取り戻し、落下速度もゆっくりとなっていった。
「はぁ、はぁ……なんとか感覚が分かってきました」
「頼むぜ伊澄ぃ……戦う前にオレぁ死ぬかと思ったぜ」
「すみません。でももう大丈夫だと思います」
「遊び」の皆無な機体挙動にまだ多少フラフラさせつつも伊澄は言葉どおり安定して空中にホバリングさせ、改めて機体の手足を頭に思い浮かべ動かしてみる。が、改めてその動きを観察してみると、イメージに比べて動きが鈍い。
「ひょっとして、思考制御の重みが弱い?」
『そのようです。現在の設定では従来のコントローラーでの制御がメインに設定されています。変更しますか?』
「いや、いいよ、そのままで。慣れれば考えるより体の方が反応してくれるだろうから。機体姿勢の基本制御だけエルに任せていい?」
『お安い御用です』
基本的な姿勢制御をエルに委任したところで伊澄にも少し余裕が生まれ、シートにもたれて息を吐き出す。シートの後ろに捕まっていたクーゲルも乱れた金髪を手ぐし整え、ホッと一息ついた。
「それで、どこに行くんだっけか?」
「エレクシアさんの王城です。オルヴィウスはそこにいるって言ってました」
「なら――あっちか」
エーテリアから見て東南東の方角を向く。まだ相当に離れているために城の姿は全く見えないが、後少しでユカリのところへ辿り着けると思うと緊張と共に俄然気力が満ちてくる。アームレイカーを握る腕に力がこもり、目的の場所を伊澄は睨みつけた。
「さて、ここまで来たわいいけどよ。どうやって近づいてくよ?」
「どうやってって……時間も掛けたくないですし、そりゃまっすぐ向かいますよ」
「アホか、テメェは。ンなバカ正直に真正面から行ったって迎撃されるのがオチだろうが。仮にも王城に突撃すんだろ? よっぽどのマヌケじゃなきゃ警戒網くらい常に張られてるって」
『データベースの情報ですと、シルヴェリア王国の王都周辺には監視用の砦やセンサー類が張り巡らされています。元々モンスターの襲撃が多い土地なので当然かと――』
エルが情報を伝えていると、レーダーに反応が現れる。ピピピ、と電子音が響き、モニターに幾つかの黒い点が映し出された。
その部分を拡大する。そこには五体の飛行する鳥のような生物が羽を大きく広げていた。頭部のくちばし部分が大きく発達して鋭く尖っており、みるみるうちにエーテリアへ迫ってきている。
『早速お出ましのようです』
「あれは?」
『翼竜・ソルディニオス。体長はおよそ三メートル程度の小型の翼竜種ですが、性格は獰猛。獲物を見つけると集団で襲い掛かってくる厄介なモンスターです。飛行速度は竜種の中では特別速くはありませんが、非常に小回りが利き仲間で連携を取りながら攻撃してきます。主に山間部の低地を縄張りとし、近隣では人的被害も出ていることから駆除対象モンスターに指定されています。そうした反面、翼の付け根の肉は非常に美味とされており、また翼の被膜は難燃性が高いため一部地域では建材としても重宝されています』
「ご丁寧なご説明あんがとよ。
んで、どうするよ?」
「……迎撃します」
伊澄は少し考えてそう答えた。
『エーテリアのスペック上の速度であれば逃げ切れます。ソルディニオスは空中で囲まれると難敵となりますが、地上付近では戦闘力が格段に落ちますのでいざ追いつかれても対処は容易と推測。敢えて空中で相手をする必要もないかと思いますが』
「いくらエーテリアが高性能だといってもぶっつけ本番で戦闘するのは怖いからね。時間は惜しいけど、ここで少しでもこの機体に慣れておきたい」
「うしっ! そう来なくっちゃなっ!」
後ろでクーゲルが拳を手のひらに打ち付け、伊澄はその音を聞きながら武装を装備していく。
機体の右腕に高周波振動ソード、左には大型のマシンガンを握る。マシンガンからは太いコードが機体の腰部に伸びていてそれが伊澄には気になったが、その正体をエルに確認するより早く警告がやってきた。
『距離五百。接敵します』
レーダー上に浮かぶ五つの点の近づく速度が一段と上がる。モニターで拡大しなくともその姿が段々と見えてくるようになる。
「別に恨みはないけど――練習台になってもらうよ」
そう嘯き、伊澄の口角が吊り上がっていった。
微かに揺らめいていた不安が瞳の中から消え失せる。代わって浮かぶのは機体を躍らせることができる喜び。握りしめたアームレイカーを前に押し出しペダルを踏み込んだ。
「うおっ!?」
途端に感じたこともないような急激な慣性力がクーゲルにのしかかった。シート背面に体を固定してあるものの、それすらも引きちぎってしまいそうな勢いに、クーゲルは慌ててシートにしがみつく。
周囲に漂っていた雲が白い線となる。
風を裂き、エーテリアは空に一筋の黒線を描き出す。
そしてまたたく間に翼竜へと肉薄した。
あまりの速度に驚いたのか、先頭にいた翼竜が止まり、旋回しながら大きく雄叫びを上げると、エーテリアに向かって口を開ける。その奥で何かが光り始めた。
だが、遅い。
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
伊澄もまた雄叫びを上げ、左腕に持ったソードを振り下ろした。それが翼竜の首元へぶつかる。
翼竜の表皮は竜種ということもあってそれなりに硬い。だが一瞬の抵抗感を伊澄にフィードバックしただけでそのままその首を綺麗に斬り落とした。
「まず一匹っ!」
勢い余って一気に地上へと接近し、急制動。背後からクーゲルの「ぐえ」と気持ち悪い声が聞こえるが無視。首と胴体が生き別れた翼竜が落下してくるのを一瞥すると、伊澄は即座に上空へ機体を加速させた。
エーテリアがいたその場所に一拍遅れて翼竜のブレスが通過していく。が、本来焦がすべき相手はすでに遥か上空。虚空だけをただ熱した。
集団の先鋒たる一匹がやられた。しかし翼竜たちは自身の取り分が増えたとばかりに、舞い上がった伊澄機を追いかけてくる。
それを足元に認めると伊澄は機体を反転させた。後ろで潰されたカエルのような声が聞こえるが、今の伊澄の興味は敵を倒すことだけだ。
突如反転して向かってきたエーテリアに、翼竜たちも動きを止めた。ホバリングしながら一斉に大きく翼を羽ばたかせる。白く濁った刃らしいものが次々と飛んでくる。さらにその背後からは幾つもの炎のブレスが、エーテリアを焦がさんと迫ってきた。
「――あは」
しかしその程度、今の伊澄には何の障害でもなかった。左右へ高速で移動し、機体をひねり、旋回させる。最初こそ避け幅が大きかったが、それらをかいくぐる中で次第に最低限の動きへと変わってくる。
めくるめく世界の変化。刃が機体のすぐ傍を通り抜け、火炎がコクピットを赤く染める中、伊澄は巧みに機体を操作して全てをかわしていく。
「あははははははははははっっ! すごいすごいすごいっ!! これは予想以上だっ!」
テュールもスフィーリアもすごかったが、これはそれを更に超えている。
子供のような笑い声を無邪気に上げながら、一瞬だけ光る熱源警報を目障りだとオフにし、風を斬り裂きながら空を舞う。揺れる機体の振動を心地よく感じ、翼竜たちの攻撃の嵐をかいくぐりながら群れの中へと突っ込んでいった。
翼竜の編隊を蹴散らし、中央を突破。翼竜たちの位置が千々に乱れ、伊澄は翼竜たちの背後に回り込むと再び急制動し反転させた。
「遅いよ!」
叫びながら伊澄は手元のスイッチを押し込んだ。
すると右手に構えたマシンガンから次々と弾が吐き出された。だがそれらは実弾ではなく、光の弾丸だ。高熱を伴ったそれが凄まじい弾幕を形成し、翼竜たちを攻撃していく。
着弾した箇所がずたずたに焼き切られ、穴を幾つも開けられる。エーテリアを焼くはずだった翼竜たちが逆に翼を焼かれていく。耳をつんざくような甲高い悲鳴を挙げ、それらが黒煙と共に次々と地上へと墜落していった。
「……えっと、何、今の?」
機体の性能に我を忘れて喜んでいた伊澄だったが、さすがに呆気に取られた。想定していたのは通常のマシンガンであり、あんな光る弾を連射するなど予想外にも程があった。
『中性粒子弾を用いた新型の武装です。竜種とはいえ、最下層に位置するソルディニオスではさすがに耐えられなかったようですね』
「荷電粒子砲って……おいおい、マジかよ」
「確かに中性粒子を使った武器はあるけど、携帯武装にするなんて……」
中性粒子を用いた荷電粒子砲は、確かに一部で実戦投入されている。だが装置自体が一つの工場のような超巨大設備になり、消費する電力も莫大だ。そのためあくまで戦略兵器的な取扱いに留まっているはずなのだが、それを携帯可能な武器にまで落とし込むとは。
まったく、どんなオーバーテクノロジーだよ。伊澄からは思わずぼやきが零れた。
「ひょっとして、こいつが機体とケーブルで繋がってるのって……」
『はい。機体内部のジェネレータから直接エネルギーを取り出しています。さすがにエネルギーパックまでは小型化できなかったようです』
「そこまでできたら本当にあの人は化物だ……よっ!!」
エルと話しながら、突然伊澄はペダルを踏み込んだ。グルン、と勢いよく上下が反転し、入道雲が上から下へと流れていく。
直後、赤茶の影が機体の直ぐ側を貫いていった。
影の正体はソルディニオスだ。致命傷を免れた一匹が下方より急速に接近し、その鋭いくちばしで突き刺そうと体当たりを試みたのだった。
しかし伊澄はそれを察知していた。頭の中では翼竜がこの後するであろう動きが常に描き出されており、ただその場で回転しただけの僅かな動きでかわした。そして、高速で通り過ぎた翼竜を即座に追いかける。
時間にして、わずか数秒。空を飛ぶ狩人を相手に、エーテリアは一瞬でその背後を取った。
「はっ!」
ソードを振り上げ、翼竜の背後から真っ直ぐに振り下ろす。高速で振動する剣は翼竜を頭から真っ二つに両断した。
時が止まったように二つに別れた翼竜が静止。やがて、今度こそ翼竜は重力から逃げ出すことが出来ず地上へと落下していったのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございました。
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