72. おかえりなさい(その8)
初稿:2019/02/20
宜しくお願い致します<(_ _)>
「あの、何処に行くんですか?」
ルシュカと共に部屋を出た伊澄は、行き先も告げられずに彼女の後ろを歩いていた。仕事を手伝え、とは伝えられたが、なにぶん相手がルシュカである。何をさせられるのか不安で気が気ではない。
「ふっふふーん、ひ・み・つ」
「……」
ルシュカは機嫌良さそうに軽くステップを踏みながら、人差し指を口元に当ててウインクした。これがエレクシアやソフィアだったなら伊澄もドキリとしたのだろうが、結局はルシュカ。魔女の集会に連れて行かれる生贄のような気分であった。
「……ちゃんとユカリは助けてくれるんですよね?」
「んー? 心配かぁい?」
「そりゃそうですよ。まだ準備の指示も出してくれてませんし」
「だーいじょぶじょぶ。これでぇも私は約束事にはうるさいんだよぅ? たとえ口約束だって契約は契約。契約なら守るさ」
振り返ったルシュカの眼と伊澄のそれが交わる。普段の言動は一切信頼できない彼女だが、なぜか今の言葉だけは信じていい。そんな気がした。
「それにねぇ――もう準備は概ね完了してるよ。残ってる準備はたった一つだけ。それだってもうすぐ終わる」
「え……?」
いったい、いつの間に。何処に電話をしたでもなく、伊澄以外の誰かと会話したわけでもない。それどころか伊澄の依頼を受けてまだ十分程度しか経っていないのに。彼女の言葉に驚くと共に伊澄は訝しんだ。
「冗談はよしてください。そんな早く準備できるはずが……」
「まま、ウソかホントかは――見てみれば分かるよ」
そう言ってルシュカはロックの掛かった扉の前で立ち止まり、首から下げた認証カードをリーダーにかざした。
開いた扉の先にあったのは小さな部屋。薄暗く、伊澄も入ると、その奥にはもっと小さな部屋があるのが分かった。
その中では赤い光が降り注いでいて、ルシュカは人一人が入れるくらいのその小部屋に入っていった。
『――フルスキャン完了。ルシュカ・ワイズマン博士と確認しました。ロックを解除します』
音声が承認を告げるとエアロックの空気が抜けて扉が左右に開いていく。
少しずつ溢れ出る光。それが暗がりに慣れた伊澄の瞳に突き刺さっていき、軽い疼痛を覚えて眼を閉じた。
「――君に何をしてもらうか……具体的にまだ伝えてなかったね、伊澄くん」
彼女の声を聞きながら伊澄は薄目を開けた。世界が段々と白く塗りつぶされていく。
「君にはね、データ収集をしてもらいたいんだよ」
「データ……収集?」
「そう。どこまで無茶ができるのか。どんな動きをしたら何処にどれだけの負荷がかかるのか。この娘がどれだけのポテンシャルを持っているのか。それを見極めたいんだ、私は。
そして――それができるのは君だけだと思ってる。だからこそ君に預けよう――この機体を」
伊澄のまぶたが開いていく。
白く塗りつぶされていた世界が少しずつ彩りを取り戻していく。差し込む光の刺激に慣れ、そして完全になった。
「……ぁ」
開いた扉の先で、伊澄が眼にしたのは一機のノイエ・ヴェルトだった。
バルダーにある他の機体と同様に黒を貴重にしたデザイン。だが第三世代機であるテュールよりも更に胸部がコンパクトになり、全体のシルエットがよりスマートになっている。
背部に背負ったバックパックは一回り小さく、見たこともない武装も備わっている。素人目には第三世代機との違いは解らないかもしれないが、生粋のノイエ・ヴェルトマニアである伊澄には分かった。
これは、従来とは全く違うコンセプトで作られているだろうことが。
「どうだい? 気に入ってくれたかぁい?」
「え、あの、これは……これはいったい……?」
「君がこれから乗る機体だよ」
熱に浮かされたようにおぼつかない足取りのまま手すりから身を乗り出し、伊澄は眼前の機体を見上げる。そんな伊澄をルシュカは楽しそうに笑い、告げた。
「――識別番号LT-X-4。開発コード『エーテリア』。君がお姫様を助けにいく、そのための白馬だよ」
そう言ってルシュカはウインクしたのだった。
「この機体はバルダー、というか私が半ば趣味で開発・設計してる機体でねぇ」
階段を降りながらルシュカは伊澄に説明をしていく。前を進む彼女の顔は見えないが、口調からしていつも以上に嬉々としているのが分かった。
二人がいるのはいつもの格納庫とは違う、第三格納庫だ。ずらりと何機ものノイエ・ヴェルトが居並ぶ第一・第二格納庫とは異なり、ここには彼女が「エーテリア」と称した機体一つしかない。
機体の周囲には多くの工具に混じって、到るところからコードで計測器に繋がれている。それはこの機体がまだ開発途中であることを物語っていた。
「第三世代機までは、それまでの機体の延長線上に存在してたんだけどさぁ、やぁっぱり限界があるんだよねぇ。過去を踏襲してる限り、いつまでたぁーっても私の理想には近づけない。
ならばどうするか。答えはイージー。既存のものとは別に、概念設計の段階から作り直せばいい。
そうして生まれたのがこいつってわけ。もちろん既存機からも使えそうな部分は採用してるけどね、古臭いカビの生えた技術は綺麗サッパリとっぱらって最新の技術や機能を、そりゃもうこれでもか!ってくらいに詰め込んだのさ」
「はぁ」
話を聞きながらも伊澄の視線はこの新機種から離れない。ルシュカはそんな伊澄を気にせずに話を続けた。
「とは言ってもまだそこらは机上の空論ってとこ。実際に機動させてるわけじゃないし、制御の作り込みも甘いしね。
より完璧に近づけるためには、実際の駆動データが大量に欲しいっていうわけさ。どう、理解できた?」
「とりあえずなんだかとんでもない機体になりそうだってことは分かりましたよ」
テュールでさえ市場の既存機を大きく上回る性能だったのだ。それが更に高性能になる。いったいどんな機体なのだろうか。それに乗れることに伊澄はワクワクし始めていたが、一方で不安もあった。
「開発中ってことですけど、途中で部品がぶっ飛んでったりしないですよね?」
「……」
「なんか言ってくださいよっ!?」
「こればぁっかりは試験してみないとねぇ」
「まさかの無試験っ!?」
「ウソウソ。冗談だぁーって。テュールくらいの機動までなら問題なく動けるから。あ、ちなみに脱出機構はまだ組み込んでないから、いざって時は自力で脱出してね?」
「……つまり、絶対に壊すなってことですね?」
「私の設計と君の操縦。相手が誰であろうと負ける要素なんてどこにも無いだろう?」
さも当たり前のように言ってくるルシュカ。これは信頼されている、と捉えていいのだろうか、と伊澄は痛みを覚え始めた頭を押さえる。
慣熟もしていない初めての機体で、しかも実証もされていないもので強敵と戦う。正直、かなりリスクは高い。だがユカリを助けるためには、今はこの機体が必要なのだ。こうなったらルシュカを信じるしか無い、と伊澄は腹をくくった。
「伊澄、なのか……?」
そうしてエーテリアを眺めながら近づいていくと伊澄の名前が呼ばれた。振り向けば、ノートパソコンを叩いているサキ・エルズベリーの姿が。
そしてその隣には、ツナギ姿でケーブル類を束ねていたマリアがいた。
お読み頂き、誠にありがとうございました。
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