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70. おかえりなさい(その6)

初稿:2019/02/13


宜しくお願い致します<(_ _)>

「ふーん、なるほどねぇ……そぉりゃあ大変だ」


 伊澄から事情を聞き終えるとルシュカは楽しそうに相槌を打った。

 少女が誘拐されたというのに感情を逆なでするような態度を取る彼女。伊澄は苛立ちを覚えるも「これが彼女なんだ」と言い聞かせて自分を落ち着かせる。


「……はい。だから一刻も早く彼女を助けたいんです」

「うんうん。君の気持ちはまぁわぁかるよぅ。しかしオルヴィウスねぇ……いやはや、なんと言うか、やぁっかいな男に君も気に入られちゃったもんだねぇ」

「……僕を直接さらうんだったら別に良いんです。言いたいことがあるなら言えばいい。望みがあるなら伝えてくれればいい。でも……関係ない彼女をダシにして、しかも関係ない人まで傷つけて……とても認められませんよ」


 憤りを隠さず伊澄は吐き捨てる。だがそう口にしたところでふと疑問が過った。

 彼はどうしてユカリをさらったのか。確かに彼女は友人であると思っているが、伊澄に要求があるならばもっと他に適任が居たはずだ。例えば――白咲・ソフィアとか。ユカリよりも遥かに伊澄との関係は深いし、もし伊澄の事を予め調べているならば彼女の方が伊澄を御しやすいだろうことは想像に難くないはずだ。

 ソフィアよりもユカリを選んだ理由。そこに思考を巡らせると、伊澄の頭には一人の女性が浮かんだ。


「まさか、これもエレクシアさんの……?」

「さぁ、どうだろうねぇ? 彼女ならもうちょっと上手く手を打ちそうなもんだけど。あの王女サマがまぁだ君にちょっかいかけるなら、例えば情に訴えかけてきそうだものねぇ。伊澄くんはちょろいし」

「ちょろい言わないでください……僕だって自覚してますよ、それくらい」


 彼女の言うとおり、エレクシアから面と向かって情に訴えかけてきたらなんだかんだ言いながら彼女に協力した可能性を否定できない。


「ま、相手さんの事情なんてどうだって良いじゃァないか。どっちみち君がやろうとしてることに変わりは無い。でしょぉう?」

「……それもそうですね」

「とぉもかくも、だ。伊澄くんが置かれてるじじょーってのは理解したよ。

 それでぇ? こうしてわざわざ辞めた古巣に戻ってきたわけだけども、伊澄くんは私に何をして欲しいんだぁい?」

「彼女の救出を」


 言い淀むことなく伊澄は伝えた。


「へぇ……」

「オルヴィウスから明星・ユカリを助け出す。それを貴方達バルダーに依頼したい」

「ふんふん、それで?」

「……ユカリはおそらくもう、アルヴヘイムへ連れて行かれてしまってます……そうなるともう僕にはどうしようもできません。魔法も使えないし、自力で世界を渡る手段はありませんから」


 拳を握りしめる。その手が震える。無力だと口にした途端にどうしようもなく自分が情けなくなる。ノイエ・ヴェルトが無ければ伊澄はしょせんただの人間だ。世界を渡る術はあれどもそれを実現することもできない。一度は助けた女の子を、たったもう一度助け出すこと。そんなことさえするだけの力を持たない。

 もちろんそれは当たり前だ。できないからといって気に病むことはないレベルのものだ。いつもだったら伊澄も冷めた眼で諦めを受け入れるだろう。

 けれども今回はそんなことしたくなかった。できないからとその事実を受け入れることなんてしたくなかった。

 ゆっくりと膝をつく。


「一度出ていった身で都合の良いお願いだと思います。でも……どうか彼女を助けてください。お願いします」


 そう言って、伊澄はルシュカに向かって土下座した。

 視線は床を見つめながら、しかし自分を見下ろしてくるルシュカの視線を感じる。だが屈辱だとかそんなものは感じない。

 全ては巻き込んでしまった一人の少女を、救い出すため。そのためならば自分の軽い頭を下げることなど苦でもなかった。

 そうしたまま伊澄はルシュカの返事を待つ。ルシュカは無言のまま姿勢を変えた。脚を組み直し、再び肘掛けに頬杖をついて、回転椅子の上でクルクルと回る。

 一秒が何時間にも感じられる引き伸ばされた時間の流れの中で、果たして彼女の出した答えは――


「やだ」


 ――であった。

 音として聞こえていても、彼女のその回答が伊澄の頭の中でなかなか意味を成さない。それでも数瞬の間をおいて言葉の意味を理解した時、彼は愕然とした。

 厳しいとは思っていたが、こうもあっさり拒否されるなんて。正座の状態のまま下唇を噛み締め、ただ彼女の顔を見上げる。そんな伊澄をルシュカはニヤニヤとしながら眺めていたが、


「――と言いたいところだけどぉ、そんな顔されちゃあ断るのも可哀想だよねぇ」

「……脅かさないでくださいよ」

「別に脅かしてなんかないよぉ。伊澄くんじゃぁなかったら断ってるもの。

 ま、そうは言っても報酬次第だねぇ」

「……報酬?」

「そそ、報酬。ウチだって慈善事業をやってるんじゃぁないんだからさぁ? 人が動けば金が動く。この国だってタダ働きは労働基準法違反でしょぉう? やっぱもらうべきものはもらっとかなぁいとね」

「……幾らですか?」


 伊澄が尋ねると、ルシュカは手のひらを広げて突き出した。


「五百万……」


 伊澄は気が遠くなりそうだった。だがこれでも伊澄は世間では一流とされる企業で働く身である。給料はそれなりに貰っているし、普段遊びもしないためそこそこ貯金も貯まっている。分割払いにしてもらえば払えない金額ではない。警察に頼ることができない中、それで少女が一人助けられるのであれば。少々苦渋ではあるがやむを得ないか。伊澄はそれで頷こうとした。

 が。


「何を勘違いしてるんだい?」

「え?」

「五億。それが要求報酬だね」

「五億……!」


 伊澄は耳を疑った。


「そんな! そんな大金……無理ですよ!」

「無理って言われてもねぇ。

 だってぇ、考えてみてごらんよ?」チッチッ、と音を鳴らしながら立てた人差し指を振った。「世界を渡るためのゲートを繋ぐだけでも相当電力使うんだよぉ? ノイエ・ヴェルトだって使うんだし? 使った後は整備だって必要なんだから、ウチの利益も考えればそれくらいは掛かるさぁ」

「っ……、なら僕だけでも送ってください! バルダーの人たちは動かなくてもいいですから――」

「相手さんはノイエ・ヴェルトで待ち受けてるだろうに? そこに素人一人が素手で立ち向かうって? 伊澄くんもなぁかなか愉快な提案をしてくれるねぇ」

「う……」


 ダメだ。それこそ自殺行為であるし、生身で立ち向かうなど非現実的にも程がある。だがそんな金額を支払おうなどというのも非現実的だ。

 考えろ。伊澄は爪を噛み必死で思考する。金をどうやって工面する? 銀行に掛け合ったって個人にそんな額を貸してくれるはずもない。たとえユカリの家族に事情を説明して協力したとしてもそんなお金を持ってるとは到底――


(待てよ……?)


 伊澄の中で引っかかるものがあった。確か、彼女には以前にも救出の依頼が出されていた。あの時は依頼額を知らなかったから深く考えずにユカリの親が依頼をしたと思っていたのだが、果たしてそうだろうか。今、伊澄自身が痛感したように個人で払える額ではない。

 であれば、どこの誰が依頼したのか。そう考えた時、伊澄の頭に一つの仮説が生まれた。

 ユカリもまた伊澄と同じ様にエレクシアの指示でシルヴェリア王国に連れて行かれた。

 彼女の目的は、いずれくる災厄の時に備えて国力を底上げすることだ。伊澄の場合はノイエ・ヴェルトの腕と知識を買われて。だがユカリにはそれらはなく、したがって何か別の要素を期待されたはずだ。

 それは何か。伊澄にはよく分からない。それでも何となく心当たりはあった。

 数日前の公園で出会った時、プログラム通りにしか動かないはずのアンドロイドに不可解な動きをさせた。

 科学の徒である伊澄にとっては中々に受け入れがたいことではあるが、彼女に何か不思議な力があるとすれば納得の行く話で、だからこそエレクシアもユカリを欲した。

 彼女の力を必要とし、ポンと何億もの金を払える組織。更にバルダーの存在を知っている。

 であれば、もしかして――

 そんなはずはない。そう思う。けれども。伊澄は頭に浮かんだ可能性に賭けた。


「……お金なら」

「ん?」

「お金なら、どうせもうすぐ手に入るんじゃないですか?」


 伊澄は顔を上げ、口端を吊り上げて笑ってみせた。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等あれば遠慮なくどうぞ<(_ _)>

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