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異世界でロボットに乗るよう頼まれたんですが  作者: しんとうさとる
第二部 とある地下組織にて
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42. 初陣(その1)

初稿:2018/11/25


宜しくお願い致します<(_ _)>

 ただ静かに時だけが流れていく。時々雑談こそすれども、基本的にコクピット内に響くのは静寂だ。そこに、手元にあるマニュアルをめくる音が混ざる。

 伊澄は時計を見た。こうして待機を始めてまだ一時間も経過していなかった。マニュアルに眼を通すのは好きだが、どうにも時間が経つのが遅い。


「結構時間は経ったと思ったんだけどな」


 どうやら思っている以上に緊張しているらしい。伊澄はマニュアルを閉じて大きく背伸びをした。

 モニターに映っている調印式が行われているはずの建物を見てみるが、全くと言っていいほど動きはない。便りがないのは元気な証拠とはよく言うが、こうして静かなのも会談が順調に進んでいる証なのだろうか。


「……トイレでも行ってくるか」


 このままだとただ気疲れだけしてしまいそうだ。気分を変えるために一旦外に出ようとマリアに声を掛けた。


「すみません、マリアさん。ちょっと休憩して――」

『残念だけど、ちょっと待ってちょうだい』


 しかし返ってきたのはやや固い声色だった。

 何かあったのだろうか。伊澄が浮かしかけた腰をシートに戻し、緊張の面持ちで再度モニターを睨んだ。

 その時、突如建物が内部から爆ぜた。


「なっ!?」


 皇国、獣人側双方がいるはずの二階建ての家屋。その一部が吹き飛び、壊れた窓から黒い煙が溢れ出ている。崩れかけた屋根が風に揺られ、地面に落ちて弾けた。

 直後、電子音と共にモニターに真っ赤な「Warning!」の文字が溢れた。


「い、いったい何がっ……!?」

『敵襲です。ノイエ・ヴェルトの接近を確認。距離一五〇〇、二時の方向。すぐに迎撃体制を取ることをオススメします』


 エルに言われてモニター右上のレーダーを見る。そこに現れた赤い点が十近く。それらが急速に近づいてきていた。


『お? お? ようやく出番か!? はぁぁぁぁ……待ちくたびれたぜ!』

『みたいね。

 クーゲル、伊澄! スタンバイモードを解除! 静粛機動モードに変更し、敵部隊へ接近する! 彼我の距離が八〇〇を切ったら一気に接敵して迎撃するわよ!!』

「りょ、了解!」

『スタンバイを解除し、静粛機動モードに移行します。よろしいですか、伊澄准尉?』


 お願い、とエルに了承を伝えるとコクピット内の照明が明るくなり、前面のみに限定されていたモニター表示が全方位に変わる。三機のノイエ・ヴェルト――テュールが立ち上がり、静粛機動の名が示す通り歩行音を極力抑えてゆっくりと移動を開始した。

 前を進むマリアたちについていきながら再度レーダーを見る。こちらは三機、対して敵機は三倍以上。了承とは答えたものの、果たして勝てるのか。


(それに……)


 自分は、戦えるのか。それが何より伊澄は不安だった。

 クライヴたちと戦いはしたものの、あの時は生き延びるためにがむしゃらだった。

 だが今回は、別に命が掛かっているわけではない。否、戦場である以上命は掛かっている。しかし自分の身を守るためではなく、あくまで仕事だ。ある意味では精神的な余裕がある状態であり、なまじ頭を働かせることができるだけに伊澄の頭にとある考えが過ってしまう。


 人を、殺してしまうかもしれない。


 それは至極当たり前の話であり今更の話だ。ここは戦いの場であり、下手に情けを掛ければ自分はおろかマリアやクーゲル、或いは管制車にいるルシュカたちの命も危ない。頭では分かっている。だが感情が追いつかない。したはずの覚悟ができていなかった。次第に呼吸が荒くなっていく。


『伊澄准尉、心拍が上がっています。体の不調でしょうか? 他に自覚症状はありますか?』

「……大丈夫だよ、エル」

『本当ですか? 勝手ながらマイクは切っています。正直に申し上げても誰にも聞きとがめられることはありませんが』


 気の利くAIだ。伊澄はエルに心の中で感謝し、しかし頭を振った。


「本当に大丈夫。ただちょっとばかし緊張してるだけさ」


 エルに表情が分かるはずもない。だが伊澄は無理やりに笑い、震える手を口で思い切り噛み締めた。痛みが走り、少しだけ震えが止まった。


『あーあー、もしもーし? 聞こえてるかぁい?』


 敵の迎撃に向かっていた三人に向かって、ルシュカからの通信が入る。


『ドクター。建物内の状況は?』

『今んトコの情報だとこちらの護衛が一人重傷で一人が軽傷。獣人はさすがに頑丈だね。二人くらい軽くケガしたみたいだけど特に死者はなし。

 たぶんお相手側に獣人排斥派のスパイが紛れてたってとこだろうねぇ。それか、そぉもそもの話が獣人たちを誘い込むためのお芝居で全員グルかもしれないねぇ。

 で、こっちに向かってるノイエ・ヴェルト連中がそのお仲間っぽいってぇお話』

『そうですか。けが人だけで済んだのなら僥倖ね。ならこちらとしても精一杯おもてなししたげようじゃないの』


 マリアが舌なめずりをし、好戦的に笑った。


『あ、それなんだけど、ちょぉーっと待ってもらっていいかぁい?』

『……もうすぐ接敵しますが?』


 レーダー内を見れば、彼我の距離はもう殆ど無かった。マリアの声に怪訝さと多少の苛立ちが混ざっているのが伊澄には感じ取れた。


『マリアたちなぁらだいじょーぶじょぶ。ほら、一応は依頼元に確認はとっとかないとね?』


 そう言うと、モニター内のルシュカが「来た来た」といやらしく笑って伊澄たちに背を向けた。

 それに遅れて、管制車の扉が突然弾け飛ぶような勢いで開いたのだった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等ございましたら遠慮なくどうぞ<(_ _)><(_ _)>

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