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30. 駆け抜けた先にあるものは(その7)

初稿:2018/10/31


宜しくお願い致します<(_ _)>

「……ようやく投降する気になったか?」

「まさか? ご冗談を」


 互いに無線のチャンネルを合わせ、ようやくクライヴの声が聞こえてきた。

 スフィーリア側はいざしらず、ヘルタイガーには余計な装備を追加する居住空間はないために映像は映らないが、伊澄には彼が少し苛立っているように感じられ、それも仕方のないことだと慮る。だからといって容赦をするつもりもないし、そんな手心を加えられる状況ではない。

 洗練されたデザインといかにも時代遅れで鈍重なシルエット。対照的な二機がにらみ合い――やがてどちらともなく動き出した。

 ズシン、ズシンと足音を響かせ『ヘルタイガー』がトマホーク片手に走り寄る。対する『スフィーリア』はトンっと軽くバックステップをして距離を保ちながら魔法を放った。

 空気を裂き、土を削って見えない刃が飛ぶ。だが伊澄はまるで見えているかのように、刃が到達するより一瞬早くサイドステップでかわしていく。しかし距離は詰めず、クライヴに有利な距離を保ったままだ。


「ユカリっ!!」

「っ、なんだっ!?」

「絶対にシートより上に頭は出さないでねっ!!」

「はぁっ!?」

「いいからっ!! 早く頭を下げてっ!!」

「急に何を――」


 突然の伊澄の指示にユカリは困惑してその意図を尋ねようとする。だがそれよりも早く伊澄は機体を一気に加速させた。


「ふん、玉砕のつもりか!!」


 クライヴに伊澄を殺すつもりはない。それを見越しての突進か。

 ならば脚を止めるまでよ、とクライヴは集中して脚部を狙っていく。全身の装甲の中でも比較的薄い『ヘルタイガー』の脚部装甲が弾き飛ばされ、或いは削り取られて脱落していく。

 油圧オイルや冷却オイルのパイプが破れ、赤茶けた油がまるで血のように撒き散らされる。損傷によって自重に耐えられなくなり『ヘルタイガー』のバランスが崩れる。クライヴはそれを見てほくそ笑む。だが『ヘルタイガー』は倒れない。

 一瞬クライヴは目を剥くも、すぐに落ち着きを取り戻す。想定外ではあるが、こうもバランスが悪ければ、少し横からでもつついてやれば後は勝手に転んでくれる。クライヴは足を止め、今にも倒れそうな伊澄機を待ち受けた。

 その時、伊澄が動いた。

 手に持っていたハンドガンをしまい、トマホーク一本になる。スフィーリアのヒートソードを受けて半ばまで損傷を受けたそれを振りかぶった。

 投げつける気か、とクライヴは身構え、しかし伊澄はそれを地面に向けて叩きつけた。

 ノイエ・ヴェルトの膂力を受け、舗装されていない荒れた地面が爆ぜた。轟音とともに土煙が舞い上がり、スフィーリアの美しい機体を汚していく。

 その直後。二機を隔てる土のカーテンの奥から何かが投げ込まれた。それはクライヴ機の正面に浮かび、鮮烈な光を撒き散らした。


「閃光弾だとっ……!」


 超至近距離で光を受け、一瞬でクライヴ機のモニターが白く焼きつく。すぐに保護モードに切り替わり画面内が一面薄暗くなる。

 そこに、伊澄機はいなかった。


「どこだ、どこにいった……!?」


 伊澄機の姿を見失い、クライヴは必死に探して視線をあちこちへ走らせる。果たして、彼は月のない空を見上げ、収まりかけた光の奔流の中に存在する影の姿を認めた。


「伊澄ィィィっっっ!!」


 伊澄はなけなしのバーニアを使って跳んでいた。重い機体が持ち上がり、怪しくオーロラが輝く夜空に機体を晒す。鋭角の放物線を描き、最後のバーニアを使い切ったヘルタイガーがスフィーリア目掛けて落下していった。


「うああああああっっっっっ!!」


 閃光と土煙を打ち破り、手にした予備武装である高周波ブレードのナイフをクライヴ機へ突き出す。対するクライヴは手にしていたヒートソードを伊澄機に向かってとっさに繰り出した。

 二機のノイエ・ヴェルトがけたたましい音を立てて激突した。伊澄のナイフはクライヴ機の胸部へと深々と突き刺さり、クライヴ機のヒートソードは伊澄たちのいるコクピットを貫いた。


「……っ!」


 灼熱を放つソードが伊澄の頭上を通過していく。砕かれた自機の破片が飛び散り、伊澄の頬や手足を切り裂いていく。頭上からバラバラと金属片が降ってきて、溶けた金属がシートの上でジュウ、と音を立てた。

 ヒートソードからの輻射熱が伊澄たちを熱していく。だが『ヘルタイガー』の分厚い装甲に絡め取られたそれは半ばで折れ、急速にその熱を失っていった。

 全身がバラバラになるのではないか、と思えるほどの激しい揺れが襲っていたが、それもやがて収まる。むき出しになったコクピットに外からの風が入り込み、熱い空気を冷ましていく。


「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 夜のひんやりした風が頬を撫で、流れる血から熱を奪う。伊澄はそれを感じたところで、思い出したように呼吸を再開した。ヒートソードの熱さによるものとは異なる汗が一気に噴き出し、目に入るそれをぐいと拭った。

 破壊されたハッチの隙間からは白い機体が覗いていた。今現在自分がどういう状況かピンと来ていなかったが、垂れ下がる前髪の向きから、狙い通りにヘルタイガーがスフィーリアの馬乗り状態になっていることを確認し、伊澄はレバーを引いた。

 コクピットにあったモニターや計器類は尽く破壊され、バチバチとコードから火花が散っている。それでもヘルタイガーは軋み音を上げながらも腕を動かしていった。性能はともかくとしてこの頑丈さをぜひ新生重工で開発中の機体にも活かしたいと伊澄は思うが、残念ながら「過剰品質」の名の下に却下されるだろうな、と思いついた瞬間に諦めた。

 ヘルタイガーの欠けた指先がスフィーリアのハッチに掛かる。突き刺さったナイフのせいでぐらついたそれを、伊澄は一気に引き剥がす。ガラン、と音を立てて地面に転がり、そして白を貴重とした戦闘服姿のクライヴの姿が現れた。

 クライヴはグッタリとしていたが、夜風にさらされて飛んだ意識が戻ったようだった。軽く頭を振り、そして目の前に迫っているヘルタイガーの姿に目を見張った。


「今度こそ正真正銘、僕の勝ちです」


 夜風に乗って伊澄の声がクライヴに届く。伊澄はしまっておいたハンドガンを機体に握らせ、その巨大な銃口をクライヴに向けた。


「今すぐ機体を捨てて城に戻ってください。そして、エレクシアさんに伝えてください。

『すみませんが貴女の力にはなれません』って」

「伊澄、貴様……!」

「僕らをニヴィールに帰して、もうこれ以上構わないでくれればそれでいいんですけど、話を聞いてる限りだとそのつもりも無いんでしょう?」

「やはりあの話を聞いていたか……」

「それにユカリを見てる限りだと、まともな扱いをしてくれるとも限りませんし。まあ、彼女の場合は自業自得だとも思いますけど……」


 伊澄は銃口を更にクライヴへ近づけた。


「早く降りた方がいいです。さっきから指先が震えてるんです。ひょっとしたら間違ってクライヴさんをひき肉ににしてしまうかもしれません。僕だってそんなことしたくないですけど、可能性はゼロじゃありませんよ」


 クライヴはその端正な顔を歪め、こじ開けられたハッチから身を乗り出すと空に躍り出る。魔法を使ってふわりと着地して走り出し、伊澄の方を振り返った。

 伊澄は銃口をクライヴに向けながら叫んだ。


「スフィーリアをどうこうするつもりはありませんから、夜が明けた頃に回収してください! 力にはなれませんけど……僕がこんな事を言う資格もないですけど……その、モンスターなんかに負けないでください!」


 逃げ出した伊澄だったが、別に国が滅べばいいと思ってるわけでもなく裏切られたと怒りがあるわけでもない。だから将来襲い来るであろう苦難を、エレクシアたちが無事に乗り越えることを願った。

 クライヴの顔に複雑な色が浮かんだのが遠目にも分かった。だが彼は溢れる感情を抑え込むとその身を飛翔させた。姿が遠く消えていく。これ以上の追手がくることはなさそうだった。

 伊澄はそっとレバーから手を離すと、震える指をくわえて強く噛む。震えを押さえこみ、特大のため息を漏らして脱力するとそのまま首だけを動かして声を掛けた。


「……生きてる?」

「……一瞬、あの世にいる祖父(ジジィ)が迎えにきたぜ」


 伊澄はユカリに向かって呼びかけ、シートの後ろを覗き込んだ。非常灯で照らされたしなやかな脚がシートのすぐそばまで伸びていて、頭から見事に着地したらしい底からは怨嗟の声が聞こえてくる。

 伊澄はシートベルトを外し、「怖いなぁ」と苦笑いしながらコクピットの計器類を足場にして降りていった。

 降りて近寄ってみると、ユカリは予想通り綺麗に上下逆さまに転がっていた。そして恨みがましいジト目を向けている。細かい金属片の雨に塗れてはいるものの、目立った怪我はなさそうだ。


「ほら、迎えに来た、よ……」


 この状態にもかかわらず怪我がないのは悪運が強いな、と胸をなでおろす。だがふと視線を顔の方に下ろしていくと、Tシャツが半ばまでめくれて綺麗なおへそが覗いている。そして更にその先には――


「見てんじゃねぇよっ!!」

「さまそるとっ!?」


 伊澄の視線に気づき、ユカリのしなやかな脚が伊澄の顎を叩き上げた。カチン! と歯が小気味いい音を奏で、伊澄はうずくまりながら自分の舌がちょんぎれてない幸運に感謝した。


「このエロオヤジがっ!! 気ぃ抜くとすぐこれだっ!!」

「い、いや……今のも不可抗力……」


 一連の逃走劇で幾つも傷を追ったが、食らったダメージはユカリによるものが最も多い気がする。もっとも、今のは見てしまったのは確かなので声高に言い逃れはできないのだが。

 顎をさすりながらも何とか立ち上がり、伊澄はユカリに手を伸ばした。見られた恥ずかしさからか、非常灯よりもなお顔を赤くしているが、ユカリはそっぽを向きながらも素直に伊澄の手を掴む。

 シートや壊れた計器を足場にしてよじ登っていき、二人は外へと出た。

 ノイエ・ヴェルトが動かなくなった世界はとても静かだった。流れる風に木々が揺られ、葉が擦れる音だけが微かに耳に届く。

 改めて空を伊澄は見上げた。ゆらりゆらりと表情を様々に変えるオーロラは穏やかで、ここまでの喧騒など意に介していないようだった。

 そして。


「……やっぱり星が見えないや」


 ニヴィールと同じ様にアルヴヘイムの夜空にも星は無かった。紫色の夜空の奥には何があるのか。自分たちの世界と同じく様々な恒星や惑星の海が広がっているのか、それともまるきり異なっているのか。

 いつか、いつかニヴィールのそれと同じく、すっかり忘れてしまった星空を見てみたい。伊澄はそう思った。


「……お?」


 感傷めいた気持ちに浸って静かに空を見上げていた伊澄だったが、不意にその視界が傾いだ。

 ギィィィィィ……と錆びついた金属がこすれ合うような音。視線を足元に落とせば、スフィーリアの姿が動き始めている。というよりも、それに乗っかる形になっていたヘルタイガーの方がバランスを崩して滑り落ち始めていた。


「おおおおおおっっっ!!??」

「は、早く中に入んぞっ! ……って馬鹿野郎っ! 二人同時じゃつっかえて通れねぇだろうがっ!」

「ならさっさと入ってよっ!?」

「デケェ声でがなるなって!! クソッ、シャツが引っかかって――」

「ああ、もうっ! ほらっ、外れたよっ!」

「サンキュッ!! よしっ、アンタも早く――」


 ユカリがコクピットに脚を掛けたその時、機体を支えてた何処かが外れたのか、大きく縦に揺れた。直後に一気に機体が傾き、そのはずみでユカリの体が機体から投げ出された。


「っ……!」

「ユカリィィィっ!!」


 伊澄は迷わず機体を蹴り、自身も空中に飛び込んだ。離れていたユカリの腕を掴み引き寄せる。しかしその代償は大きかった。

 縦に流れる景色。重力に引かれ、下になった頭の方に血が流れる。遠かったはずの地面が瞬く間に近づいていった。

 伊澄はユカリを抱き寄せた。そしてせめてこれくらいは、と自身の背を下になるように自分よりも背の高いユカリの頭を抱え込む。


(せっかく生き残ったのに、まさかこんな間抜けな死に方するなんて――)


 主観的にはロクな人生じゃなかった。でも最後に思いっきりノイエ・ヴェルトを操縦できて、しかも自分ごときが誰かを守ることができたのなら出来過ぎ(最高のエンディング)だろう。伊澄はそんな事を思った。

 だが終わりは訪れない。落下する伊澄の目に届く光。ほのかに赤みがかった光が溢れ出し、複雑な模様が地面に描かれていく。それは猛烈な勢いで回転を始め、溢れる光はその強度を増していく。

 一瞬、人形のような金色の髪の少女の姿が脳裏をかすめ、消える。そして、その魔法陣が、エレクシアと共に通過したものと同じであると伊澄は気づいた。

 打ち付ける衝撃はなく、落下の慣性力もない。溢れる光の奔流の中で、伊澄は宙に浮く感覚があった。ユカリも異常に気づいたようで伊澄の胸から頭を離し、白味の強いパステルカラーに彩られた世界に目を見開いた。顔を上げて伊澄に視線で問いかけるも、彼もまた答えを持っているわけではなく、ただ、これが今朝のものと同じであれば世界を渡るためのものなのだろうと直感した。

 漂っていた二人だったが、突然景色が色を失った。急激にまた体が落下を始める。光の奔流に二人の体が包まれ、全てが真っ白に塗り潰される。

 やがて。


「――ぐげぇっっ!!」


 伊澄は背中から落下した。固い床に強かに打ち付け、それとほぼ同時に、時間差を置いて落下してきたユカリのヒップアタックが腹に突き刺さる。

 伊澄の体がクッションになったユカリは軽い衝撃だけですんだが、腹と背中の両方からダメージを受けた伊澄は堪らない。まさに踏み潰された蛙のような鳴き声を上げて悶絶した。

 涙目でゴロゴロと腹を押さえて床を転がる伊澄。そこにユカリからの固い声が届いた。


「……なあ、伊澄さん」

「ぉぉぉう……なに? 僕は飛び出した胃を押し戻す作業でそれどころじゃないんだけど」

「こっちもそれどころじゃねぇよ。

 ……なんか、アタシたちまずいところ(エリア51)にでも来ちまったみたいだぜ」


 何やら不穏な事を言い始めたユカリに首を傾げるも、伊澄もまた張り詰めた空気に気づいた。

 顔を上げる。それと同時に、届くカチャリという音。一瞬照明の光が網膜を焼き、そして眼の前にある黒い銃口が目に入った。黒光りするその無機質さが伊澄の思考を奪い、ライフルの銃口から順に視線を辿らせていけば、鋭く伊澄を見下ろす迷彩服の女性が立っていた。


「は、ハロー……」


 反射的に両手を挙げて得意の愛想笑いを浮かべてみる。が、返事は額に押し付けられた銃口だった。


「抵抗しない良い子は嫌いじゃないわ。

 んで――どこから忍び込んだのか知んないけど、ついてきてもらえるかしら、お二人さん?」


 質問の形はしていれども、回答が「はい」か「YES」でしかないことは、彼女の指が引き金にかかっていることが如実に示していた。

 ブロンドのショートヘアをしたその女性はニコリと笑い、しかしそこにやすらぎなど一切存在しない。伊澄は無言で何度も首を縦に振ることしかできなかったのであった。




――第1部 アルヴヘイム、完――

お読み頂き、誠にありがとうございました。

これにて第一部、アルヴヘイム編完結となります。


引き続き第二部も連載する予定ですのでどうぞ宜しくお付き合いください。<(_ _)><(_ _)>

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