98. 願いよ、届け(その7)
初稿:2019/05/01
宜しくお願い致します<(_ _)>
極大魔法が炸裂した後の戦いを、伊澄は厳しい面持ちで見つめていた。
白いモンスターの周囲を飛び回るノイエ・ヴェルトたち。だがその体格差も戦闘力も傍から見て歴然としており、シルヴェリア軍もなんとか踏ん張っているが一機、また一機と弾き飛ばされダメージを蓄積させていっている。
(これがあの……)
エレクシアが伝えていた災厄のモンスターの力。そして――十三年前のあの日、孔から現れたモンスターの本当の姿。人々を次々と喰らっていく姿が伊澄の脳裏に蘇り、遠い記憶の果てでもなお圧倒するその存在感に体を震わせた。
状況は最悪である。空中を跋扈する敵に歯が立たない。クライヴが一人奮闘しているが、軍としてこのままでは長く持ちそうもないことは明白だった。
「……っ」
それは理解していたが、伊澄は機体を反転させた。戦いの場から再び離れようとし、しかしその肩をユカリが掴んだ。
「見捨てる気かよ」
「……ユカリを安全な場所へ連れて行くのが優先だよ」
「アタシの事はどうだっていい。今は、アイツらを助けるのが先決だろうが」
「……」
「伊澄さんっ!!」
肩を握る力が強くなり、無言の伊澄を揺さぶる。伊澄はうつむき奥歯を固く噛み締め、アームレイカーを握る手が小刻みに揺れた。
そこに通信が入った。
『……ずみ、聞こ…る……伊澄っ!』
「……エレクシアさん?」
『伊澄っ! ユカリもそこにおるか!? 無事なのか!?』
「わめくなって。アタシも伊澄さんもちゃんと生きてるよ」
不鮮明だったエレクシアの声が次第にクリアになっていき、ユカリの返答にホッとした様子が伝わってくる。
『そうか……ならば良かった』
「それよりおい、エレクシア! あのデケェ野郎はなんなんだよ!?」
『……あれこそが十三年前、ここアルヴヘイムを危機に陥れた災厄の魔獣――白き者』
「あれが――」
「ヴァッケル・グラーデ……」
初めて呼び名を耳にし、更に記憶の中の獣が現実感を増してくる。伊澄の喉が詰まり、呼吸が難しくなったような錯覚を覚えた。
『伊澄、そこは危うい……! 早くユカリを連れて戻ってくるんじゃ!』
「ちょっと待てよ、エレクシア。アタシらの事ばっか心配してるけどよ、アンタの部下連中のことはいいのかよ……」
ユカリの言葉にエレクシアの声が止まる。だがすぐに気を取り直し、落ち着いた声が返ってくる。
『……クライヴたちであれば大丈夫じゃ。今日この日のために訓練を重ねてきたのじゃからな。それにもうすぐクーゲル殿が――』
そう言っていると、伊澄たちの傍を新たな一機が戦場目掛けて飛行していった。一見通常のスフィーリアであるが、背後にこちらの世界では見慣れない、しかし伊澄には見慣れた武装を背負っている。
「クーゲルさん?」
そのスフィーリアは前線からはやや後方でホバリングすると、長砲身の武器を構えた。
直後、轟音と共に砲弾が射出された。砲弾は重力の影響を受けながら緩やかに弧を描き、「白き者」の体に命中。それまで怯まなかった巨体が横に傾いだ。
「効いたっ!?」
「効いてはいるみたいだけど……」
致命傷には程遠い。白き魔獣・グラーデはクーゲルの機体をにらみつけると、巨大な口を開けて魔法を放った。
閃光がクーゲル機目掛けて飛来し、かすめていく。クーゲルはかろうじて回避を成功させるが、威力を抑えて矢継ぎ早に放たれる魔法のブレスを回避するのに精一杯であった。
クライヴたちもなんとかグラーデを抑えようとしているが、彼以外は素早い敵の機動についていけず抑えきれていない。極大魔法を放った機体たちも準備を進めているようであったが、機体が減ったせいか魔力の蓄積に時間が掛かっているようだった。
「くっそっ……このままじゃジリ貧じゃねぇか……!
おい、ババア! どう見たって大丈夫じゃねぇだろうがっ!」
『……心配いらん。
奴は魔力の塊。故に戦闘を長引かせ、街から遠ざけながら戦い続ければいずれ魔素を使い果たし、自然と消滅する。周辺国にも、戦闘を生業とする各ギルドにも要請を出したし、再封印を施す部隊も出発させた。やがては戦いも終わるじゃろう。
したがい今、重要なのはお主ら二人の命よ。だからお主らは一刻も早く戻ってくるのじゃ』
「いずれ消えるって……どのくらい戦い続けりゃ消えんだよ? 封印ってのはどれくらいで終わんだよ?」
エレクシアは答えなかった。それが、何よりの答えだった。
「テメェ……!」ユカリが拳をシートに叩きつけた。「見損なったぜ! つまりはお前は連中に死んでこいって言ってるってことだな? ああ、そうかよ! テメェにとって部下の命はその程度なんだなっ!」
『……』
「エレクシアっ!!」
『そんなわけなかろうがっ!!』
エレクシアの怒鳴り声がコクピットに響く。その迫力にユカリも気圧され、だが次いで聞こえてきた声は微かに震えていた。
『あやつらは……ワタクシの大事な部下であり友人たちじゃ……こんなワタクシを慕い、助けてくれる大切な仲間じゃ。状況が芳しくないのも分かっとる。失いたくなぞあるか……』
涙声と鼻をすする音。それでもエレクシアは押し隠す。
『だがワタクシは国の長じゃ。今、ここで白き獣を抑えたとしても主らを失えば長期的には耐えられぬ。いずれはまた奴も復活するのじゃ。なれば……ワタクシは彼らの命を犠牲にしてでも、国の、世界の存続を優先せねばならぬ……』
苦渋の思いがスピーカー越しでも伝わってくる。ユカリは下唇を噛み締め、何かを堪えるように天井を仰ぎ、それでも言葉を紡ぐ。
「それが……アンタの『見た』世界か? それとも――『見せられた』世界か?」
『――』
エレクシアがマイクの奥で息を飲んだ。
「もし、後者なら――アタシはそんなの信じない」
『ユカリ……』
「エレクシア。テメェがどう思ってんだか知らねぇけどな、未来は絶対じゃない。そんなくだらない、誰も幸せにならない未来なら、強要された未来なんかなら――アタシがぶっ壊してやるよ」
『しかしそうは言っても――』
「エレクシアさん」
伊澄が、口を開いた。
「エレクシアさんは――何を望みますか?」
自然と紡がれる優しい声色で尋ねる。上辺でも建前でもなく、彼女が正しく望んでいるものを尋ねた。
生まれる空白。戦場の音が静まり返ったコクピットに響き渡る。すぐ傍を流れ弾が通り過ぎていき、伊澄の横顔が白く染まる。それでも彼は彼女の答えを待った。
『……さい』
彼女の中に染み込んでいく。そして――ほんの数秒の時を経て、願いは音という形になった。
『助けてください……!』
「エレクシア……!」
『クライヴを、仲間を――『あたし』の大切な人たちを……助けてください……!』
それは長らく封印していた衝動。忘れていた感情。
シルヴェリア王国という大国のトップに立った時に、いや、それよりも前。大切な『人』を亡くしたその時間に置き忘れてきた、誰かに「頼る」ということ。それが今、「頼られる」事を力とする、お世辞にも頼れる姿をしてはいない細身の男へ届けられた。
「――ありがとうございます」
伊澄は、そう答えた。
『伊澄……?』
「必ず、必ずあのモンスターをぶっ倒して、みんなで元気に帰ってきます」
「伊澄さん……!」
「行くよ、ユカリ。君が焚き付けたんだから、最後まで付き合ってもらうよ」
「あたぼうだ!」
バン、と強く背中をユカリに叩かれ、苦笑しながらエーテリアを反転させる。
伊澄の瞳に映るのは、かつての記憶に色濃く残った恐怖の象徴だ。ともすれば記憶に揺さぶられて体が震えそうになる。血に濡れた唾液の臭いがまざまざと再生された。
しかし、それもユカリの、そしてエレクシアの事を思った途端、全てが吹っ飛んでいった。
(……負ける、もんか)
絶対に、絶対に敵を倒す。そしてクライヴたちと一緒に帰ってくる。
その想いを胸に、伊澄はヴァッケル・グラーデ目掛けてエーテリアを加速させていったのだった。
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