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97. 願いよ、届け(その6)

初稿:2019/04/30


宜しくお願い致します<(_ _)>

「今のは!?」

『敵生体の魔法、あるいは固有の攻撃手段のようです。直撃すればこの機体と言えども大規模な損壊は免れなかった威力と推定されます』


 淡々とエルが報告してくるが、その内容に伊澄は戦慄を覚える。関節に不具合は生じはしたものの、バアル・ディフィルの魔法が直撃しても大きなダメージなく耐えきったエーテリアの装甲だ。にもかかわらずそれすら歯が立たない威力。その凄まじさに、後ろのユカリもギュッとシートを握りしめた。


『接近する機影多数確認。識別――シルヴェリア王国軍です』


 慄きから立ち直り、レーダーが示す方角を見れば先程までフォーゼットと戦っていたノイエ・ヴェルトたちが一斉にこちらへと向かってきていた。更にその背後には重武装をした新たなノイエ・ヴェルトの姿もある。

 白いイタチのモンスターはのんびりとあくびのような仕草をしていたが、やがて徐ろにそちらへ向き直ると再び咆哮を上げた。


「■■■、■■■■■っっ――!!」


 再度けたたましい轟音と共に魔法が放たれる。神の雷槌(トール・ハンマー)をも想起させる凄まじい威力のそれが、シルヴェリア軍へ襲いかかる。


『散開っ!!』


 それをいち早く察知していたクライヴが号令を飛ばす。白いノイエ・ヴェルトたちが空へ散らばり、彼らの隙間を閃光が貫いていくが、直撃を受けた機体はなかった。


『周囲を取り囲め! 全機、一斉に発射!!』


 ノイエ・ヴェルトたちが旋回しながらモンスターを取り囲む。あらゆる属性の魔法たちが巨大な肉体に降り注ぎ、着弾の煙を上げた。


「■■■、■■――!」


 モンスターの体に傷はほとんどついていない。だがモンスターは鬱陶しそうに身を捩って叫ぶと、今度は全身から鋭い針状の物が浮き出てくる。


『密集防御!』


 命令と同時に針が周囲に飛散する。しかしシルヴェリア軍たちは、近接した機体同士で密着し、より強固な魔法障壁を展開して防御した。

 そして、その中でクライヴはただ一機、魔法の針の雨をくぐり抜けて敵に躍りかかっていった。


『うおおおおおぉぉぉぉっっ!!』


 これまでより遥かに膨大な魔力が込められた白い剣が更に輝きを増していく。やがてエアリエル以上の長さをした巨大な長剣となり、それをクライヴは全力で振り下ろした。

 ガキン、と硬い音が響く。モンスターは大きな尻尾でクライヴの攻撃を受け止め、互いの力が拮抗する。だがエアリエルの機体側部が一際まばゆく輝いた瞬間、その剣がイタチ型モンスターの尻尾を斬り裂いた。

 上がるモンスターの悲鳴。そして血しぶき。白い毛並みが赤く染まり、またエアリエルの純白の機体も敵の血で濡れていく。


『――いけるっ!』


 血しぶきを浴びながら、クライヴは拳を握りしめた。

 十三年前。あの時にこのモンスターと対峙した時は手も足も出なかった。まともに傷一つつけることもできず、味方は為す術なく墜ち、奇跡を待つだけであった。

 だが今はどうか。部下たちは見事に敵の攻撃を防ぎきり、自身の攻撃も通っている。

 斬り裂かれたモンスターの尻尾は淡い光を発しながら回復していて、決して見通しが明るいとは言えない。だが暗くもなかった。


『ダメージは入っている! 攻撃の手を休めるな! このまま押し込むぞっ!』

『了解っ!!』


 クライヴが十三年もの間、抱え続けた想い。散っていったかつての仲間たちの無念。今こそ、今こそがそれらを晴らす時だ。


『極大魔法、準備完了しました!』

『よしっ!

 総員、退避っ!!』


 クライヴの号令と共に、モンスターに集っていたノイエ・ヴェルトたちが一気に後退していく。

 そんな彼らの背後には――複数の巨大な魔法陣が構築されていた。

 機体のカラーとは正反対の、赤黒く禍々しく光るそれ。空間が不気味に歪み、三機の巨大なバックパックを背負ったノイエ・ヴェルトたちの頭上で強大なエネルギーが放たれる時を待っていた。

 伊澄は遠ざかりながらその巨大さに圧倒され、同時に期待を抱く。

 あの魔法なら、ひょっとすると──

 が、その思考にユカリの苦々しい声が混じった。


「……ダメだっ」

「え?」

『撃てぇぇぇっっっっ!!』


 魔法陣の回転が止まる。次の瞬間、ノイエ・ヴェルトを遥かに超えるサイズの黒い光線が、魔法陣が砕ける音を響かせて放たれた。

 着弾。同時に世界中が全てを飲み込む様な黒に侵食され、それが一転して真っ白な爆発が発生して全てを薙ぎ払っていく。


「くっ……!」


 激しい揺れが、城に向かって飛行していたエーテリアにも襲いかかる。黒い機体が真っ白に染まり、シートにしがみついてなお、ユカリは振り落とされてしまいそうだった。

 やがて爆風が通り過ぎ、ノイズ混じりだったモニターが正常へと戻っていく。伊澄は機体を止めて振り返り、真っ黒な爆煙の奥を不安げに見つめる。

 あれだけの威力の魔法だ。普通のモンスターならば木っ端微塵。跡形さえ残らないように思える。

 しかし――


『目標の確認はっ!?』

『爆煙とノイズで未だ不明! しかしあの威力です。いかに奴とて――っ!?』


 報告の声が途絶える。それから一瞬の間があって、極大魔法を放ったノイエ・ヴェルトがけたたましい破砕音を発した。

 そしてレーダーから消失した。

 後に届くのはノイズだけ。誰もが何が起きたか理解できず言葉を失う。だがクライヴの眼には、白い影が空から凄まじい勢いで舞い降りてくるのが見えていた。その影の先を追っていけば、粉砕された機体の傍に立つ白いモンスターがほぼ無傷の状態で唸り声を上げていた。


『グラスティーノ!! 応答しろ!』


 クライヴが呼びかけ、しかし彼の部下からの返答はノイズのみ。強く噛み締めた奥歯が軋み、握りしめた拳をレバーへ叩きつけた。


「■■■っっっ――!!」

『そんな……あれだけの爆発で無傷だなんて……』

『うろたえるなぁっ!!』動揺を押し殺し、叫ぶ。『奴は上空に回避したに過ぎん! 当たりさえすれば必ず倒せる! 次弾の準備を急げっ! その間、俺たちは敵を引きつけるぞ!!』

『りょ、了解!』


 クライヴの指示に幾分平静を取り戻し、棒立ち状態になっていたノイエ・ヴェルトたちが再び機動を開始する。先程までと同様に魔法陣を展開し、距離をとって二機一組(ツー・マン・セル)を形成。魔法の雨をモンスター目掛けて降らせていった。

 だが。


『は、速い!?』


 のんびりと鎮座していた先ほどまでとは全く異なり、イタチはその巨躯に似合わない素早い動きで魔法を次々とかわしていく。

 重力を無視したように樹木を足場にし、風をつかむように軽々と空を舞う。着弾の爆風や風魔法さえも利用し、高速で飛び回る。そしてその巨大な口が彼らの眼前で開かれた。


『た、隊ちょ――!!』


 その口が一機のノイエ・ヴェルトを飲み込む。頭からコクピットまでひとかじりで飲み込まれ、頑丈な金属でできているにもかかわらず抵抗なく噛み砕いていった。そして満足そうに咆哮を上げると、モンスターが鋭い牙を剥き出しにして笑みをクライヴたちへと向けた。


『――ひっ!』


 モンスターが再び躍りかかる。魔法の嵐を避け、跳ね返し、多少のダメージなどものともせずにシルヴェリア軍を襲っていく。ノイエ・ヴェルトが尻尾で弾き飛ばされ、前足で踏み潰される。

 それは一方的な蹂躙であった。


『貴様ぁぁぁぁっっ!!』


 クライヴは叫び、モンスターへと突撃した。全力で加速し、彼が使える可能な限り強力な魔法を発射する。モンスターからも反撃が来るがそれを回避し、斬り掛かっていく。

 斬る、斬る、斬る。何度も彼の攻撃は命中し、傷を与えていく。だがその度にモンスターの傷も回復し、少し時間が経てば何事もなかったかのようなきれいな毛並みを見せびらかしていく。

 少し前までは傷をつけることが希望そのものであった。しかし今は、その行為を繰り返すことが絶望の象徴にしか思えなかった。


(何故だ、何故だ、何故だ! どうして倒れないっ!!)


 エアリエルが最新機とはいえ、ただのノイエ・ヴェルト一機である。彼一人でどうにかなる相手ではないことは理解できている。

 それでもクライヴは焦燥の中から抜け出せず、少しずつ傷ついていく味方の姿に世界の理不尽さを感じずにはいられないのであった。

お読み頂き、誠にありがとうございました。


ご指摘等あれば遠慮なくどうぞ<(_ _)>

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