リコの願いと俺の願い
「……楽しんでるか?」
「あ、レドくん。……楽しいけど、ちょっと疲れちゃって」
リコは苦笑して、それからもう一度夜空を見上げた。
夜空に輝く星々の光が、リコの蒼く澄んだ瞳に映り込む。
「星ってさ、手が届かないよね」
「急になんの話だ」
「あはは、ごめんね。変な話して」
彼女はまた苦笑する。
こういうときのリコは、決まってなにかを誤魔化していた。
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれると助かる。俺は察するのがあまり得意じゃない。もちろん、言いたくないことならいいけど」
「えーそうかな。レドくんはちゃんと誰かを思いやれる人だと思うよ。
いまだって、私がなにか言いたいことがありそうって思ったから、そう言ってくれたんでしょ」
「それはまぁ……そうなんだが」
そうやってこちらの意図を正確に汲み取られると、恥ずかしいものがある。
俺が照れ隠しに頭をかいているところを見て、彼女はふっと笑い口をひらいた。
「……私ね、輝いて見えたんだ。あんなに大きな魔王城を魔法でしまい込んじゃって、みんなにすごいって言われてたレドくんが」
もう一度夜空を見上げ、彼女は星に白い手を伸ばす。
「だから、置いていかれたくないって、思っちゃったの」
「置いていかれたくないって、俺にか」
俺に向きなおったリコは頷く。
「……逆だろ。リコは王都最高位治癒魔法士で、俺はまだ……その専属騎士見習いだ。俺が追いかけるのはともかく、俺がリコを置いていくなんてありえない」
本心を告げると、リコは嬉しそうに笑って、それからため息をついた。
「あーもう、私ってほんと駄目だなぁ。レドくんならそう言ってくれるってわかってたのに言わせちゃったし、それで私も喜んじゃうし。
……でも、このままだとレドくんは星になれない。私のせいで」
彼女の顔から、笑顔が消えた。
その顔は国を代表する聖女のものへと変わっている。
「レド、本日をもって、あなたを私の専属騎士見習いから解任します」
「はぁ!?」
心臓がどくんと跳ねた。
なにもかもがわからなくなる感覚に陥る。
「ちょ、ちょっと待ってくれリコ! 俺にどこか駄目なところがあったら言ってくれ! 一ヶ月、いや一週間でいい! ……それで直ってないって判断するなら、俺も諦める」
「ううん、違うんだよレドくん。レドくんはなにも悪くないよ」
「だったらどうして!」
リコは蒼い瞳に涙を浮かべていた。
「レドくんにはたくさんの可能性があるって思ったんだ。もっと多くの人から必要とされて、賞賛されて、自分のやりたいことだって叶えて、たくさんの人を救って。
その可能性を……私なんかが奪っちゃうのは耐えられない!」
抑えきれない想いが溢れるように、彼女は泣き叫ぶ。
そんなことをリコは考えていたのか。
彼女の動揺を見て、俺は逆に落ち着きを取り戻していた。
やはり俺は、優しい人間ではないと自分で思う。
「……俺が隣にいるのは、辛いか」
彼女は少し間をおいて、頷く。
「そうか、だったら我慢してくれ」
「ふぇっ?」
俺はリコを抱きしめた。
父上に追放されたとき、俺は大切なものを失った感覚に囚われた。
もう二度と、あんな想いはしたくない。
ふわりとした銀髪を撫でる。
「俺がなりたいのは星じゃない、リコの正式な専属騎士だ」
ひどく身勝手だと思う。だけど、これが俺の本心だった。
「それがどうしても嫌だって言うなら、俺も諦める」
「……本当にそれがレドくんのやりたいことなの。私に気を遣ってくれてるわけじゃなくて」
「そうだよ。気を遣うんだったら我慢してくれなんて言わない」
「本当にいいの? そこまで言ってくれて、もしレドくんに置いていかれたら、私きっと死んじゃうよ」
「死ぬな。それにさっきも言ったけど、そんなことは……よく考えたら絶対にないとは言えないが、少なくとも俺が生きているうちはリコを置いていくことなんてない」
「縁起でもないこと言わないで。私がレドくんを死なせない、絶対に」
「聖女様にそう言ってもらえるとは、頼もしい限りだ」
リコはいつもの気の抜ける笑顔を見せた。
それからすっと目を閉じ、顎を少しだけあげる。
俺の両手は彼女の両肩に置かれていて……
これってつまり、そういうこと、だよな。
つい少し前とまったく違う意味で鼓動が速くなる。
俺は彼女に吸い寄せられるように顔を近づけ──視線を感じて酒場の店内を見やった。
大勢の見物人が固唾を飲んでこちらを見ていた。
酒を飲んでいて欲しかった。
「バカ王子! そこはオレらのことなんか気にせず男らしくいくとこだろ! それともお手本が必要か!?」
「ウェイ、もう一晩メイクアップで働くか」
「それだけはマジで許してください本気で反省しましたごめんなさい」
ふと隣にいるリコに目をやると、顔を真っ赤にさせていた。
……ヤバい、俺もいまさら超恥ずかしくなってきたんだけど!
「若いっていいのぅ、青春じゃのぅ」
ジェフティム陛下がうんうんと頷きながら歩み寄ってきた。
「本当にすまんなレド君。いろいろと面倒くさい娘で」
「ちょっとお父様!」
「レド君の可能性をーとか娘は言っておったが、結局は自分に自信がないただチキンなだけなんじゃよ。そういうところも可愛いと思ってやってくれたら、わしは」
「お父様? 今度お父様の部屋に隠してあった“セクシー冒険者Vol.97”という本ですが、お母様にきちんと見せておきますね」
「本当にすまんかったいまのはわしが完全に悪かった反省しておりますごめんなさい」
ジェフティム陛下は平謝り状態だ。
俺はなんだかこの光景がおかしくて、思わず笑ってしまう。
それにつられたからなのか、リコも周りの人たちも笑った。
「しかし、今回の一大事にレド君の家族はなにをしておったのだ。娘の便りが届いたときに王都を軽く探したんじゃが、ジーク君もアルヴァンもおらんかった」
「あ……」
俺はジェフティム陛下の言葉に口をあけてしまった。
「その顔、なにか知っておるようじゃな。話してみよ」
極めて真剣な目を向けられる。
なにも言わずに黙っていればいい、なんて空気じゃないよな。
……ごめんなさい父上。
俺は嘘をつき慣れていないんです。
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