魔王軍と戦うことになった
白外套を着た拝金主義者カネガスと、魔王四天王の一人らしいピスを変態光魔法で捕まえた俺は、扱いに困ったので聖王騎士団に二人を差し出した。
エルゼの話によれば、カネガスは聖王騎士団の元副団長だったが、金儲けのために副団長の立場を利用したことで聖王国を出禁になったそうだ。
主に魔物を倒して得た素材を全部ひとり占めにして売っていたらしい。
そんなわけで、いまはここ聖王騎士団の詰所にきている。
ラフィンやミリス、リコとエルゼたち騎士団も一緒だ。
「それにしてもレド、いったいどうやって四天王ピスを捕まえたんだ」
エルゼが赤い瞳を大きく見ひらき、騎士団の方々もどよめいている。
「いや、その……なんというか成り行きで……」
「ははっ、成り行きで捕まえられる男ではないぞ……我々聖王騎士団が総力を挙げても足取りをつかむことすらできなかったんだ」
「左様」
半ば呆れるように笑うエルゼの後ろから、彼女の父グレイ陛下がやってきた。
「こやつは魔物をつくって野に放ち、その付近一帯の生態系を破壊する厄介者でな。
レド様が白狼を止めてくださったあと暴走の原因を調査していたんだが、それも白狼王が白金ドラゴンに倒されたことが原因だった。
あのドラゴンはここら一帯では見かけない。こやつがつくった魔物だろう」
もっとも、その白金ドラゴンもすでにレド様が倒したんだがな、と陛下は続ける。
「なん、だって……? ボクのつくった最高傑作が、そこの男、に……」
突然、ピスはぐったりして気を失ったようだった。
「どうやら私とレドの愛する拘束魔法が、奴の力を徐々に抑えているようだな」
「おい、さりげなく俺を変態の仲間にするのやめろ」
「そう照れるな。私の前では素直になっていいんだぞ」
「照れてねえし素直なんだが!」
エルゼとくだらない言い合いをしていると、なぜか陛下が混ざってきた。
「エルゼ。レド様の言う通りだ。縛られフェチなどただの変態だぞ」
「……あの、グレイ陛下。先ほどからそのレド“様”というのは?」
「なにを言っておるのだレド様。このあいだ私をレド様の下僕にしてくださると言ったじゃないか」
「そんなのひとことも言ってませんよ!」
「そうだったか。うむ、あれはもしや私の見た夢だったというのか……」
そんな夢、一国の王が見ないでください。
限りなくアレな陛下とその娘の言動について、騎士の皆さんとリコはまるでそれが日常かのように全く気にしていなかった。
引いているのは俺とラフィンとミリスだけのようだ。
「父上、縛られフェチがただの変態というお言葉、取り消してください」
いつになくエルゼが真剣な表情でグレイ陛下を見据える。
こうして見るとカッコいい女騎士って感じなんだけどなぁ……
「私は“ただの”変態ではありません。聖王騎士団長として、誇り高い変態であると自負しています」
取り消してほしいのそこかよ。
キッと強気な表情を見せるエルゼは全然カッコよくなかった。知ってた。
ツッコむ気力も失った俺はただただ項垂れる。
「くっ、やっぱりこんな頭のおかしいところに俺様は捕まってたまるか! 【チャーム!】」
ヤケになったカネガスが共感しかない叫びをあげた。
彼の目が魔力を帯び、何かを発する。
「いかん! みんな、ヤツの目を見るなッ!」
エルゼが叫んだが遅かった。俺はとっくにヤツの目を見てしまっていて。
ヤツの目から何かが俺の中に入ってきた瞬間──弾けて消えた。
『スキル【チャーム】を習得しました』
「なに、俺様のチャームが弾かれた、だと!」
「エルゼ、カネガスの使うチャームってのは光属性なのか」
「そうだが、やはりレドには光属性魔法は効かないようだな」
チャームも特段外傷を与えるような魔法ではない気がするんだけど。
でも、カネガスは確かエンペラースライムはチャームの調教に手こずったと言っていた。
であればあの白金ドラゴンをチャームするのは厳しいのかもしれない。
というかそうじゃないと俺が習得できた理由がわからない。
スキルウィンドウをひらいて【チャーム】の効果を確認する。
たった二日で俺のスキルウィンドウも賑やかになったものだ。
ーーーーーーーーーー
魔力を消費し、目が合った対象を魅了して骨抜きにする。効果時間は十五分。
ーーーーーーーーーー
骨抜きって……
具体的に想像しにくい説明文に俺はため息をつく。
ただエルゼの反応を見る限り、ロクなスキルではなさそうだ。
【メイクアップ】に引き続き俺の中で禁止スキルが増えていく。
あとどうでもいいけどエンペラースライムって目あるんだな。
目に類する器官でもいいんだろうか。
「くそっ、くそおぉぉっ!」
なおもカネガスは【チャーム】を使っているようで、ヤツと目が合うたびに魔力を弾く感覚を覚えた。
「レド、すまないがヤツの目にこれを掛けてくれ!」
エルゼから目隠しを渡され言われたとおりにする。
ぎゃあぎゃあ騒ぐカネガスを、数人の騎士が独房へ運んでいった。
「ありがとうございます! レド様!」
カネガスがいなくなったタイミングで、ラフィンが俺に抱きついてくる。
「これで安心できるか? アイツはしばらく出てこられないと思うけど」
「はい。カネガスに弟を人質に取られていましたが、レド様に救っていただきました。わたしはもうレド様のモノです。どうかわたしと結婚」
「ラフィンさん? 寝言は寝てるときに言うものですよ」
後ろに振り返ると、リコがそのふわりとした銀髪を謎の原理で逆立てていた。
俺の本能が叫ぶ。今すぐラフィンから離れろと。
ラフィンの意識がリコに向いたタイミングで、そーっと距離をとった。
二人が笑顔でいがみ合っているあいだに、俺はグレイ陛下に気になっていたことを訊く。
「ピスは魔王四天王の一人なんですよね。どうするんですか」
「それなんだが、レド殿。我々聖王国にぜひとも協力してほしいことがある」
様呼びを直してくれたグレイ陛下は――その場で土下座した。
「どうか我々と共に、魔王軍と戦ってほしい」
陛下の声に、周囲にいた騎士たちも全員が土下座する。
「レド、私からも頼む。この通りだ」
あのエルゼまで真面目な表情で……
「ひ、ひとまず陛下、エルゼも騎士の皆様も土下座はやめてください!」
俺がそう言うと、みんなは体を起こしてくれた。
「いきなり魔王軍って、話が急すぎませんか? どういうことかちゃんと話を聞かせてください陛下」
「うむ、それもそうだな。ではちゃんと話をしよう、我ら聖王国と七大魔王軍のひとつルナティック魔王軍とのおよそ五百年にもおよぶ戦いについて」
「すみません。やっぱりなるべく手短にお願いします」
「魔王軍、聖王国嫌い。聖王国、ちょこちょこと攻められる。民、困る」
グレイ陛下はなぜかぎこちない口調で本当に手短にまとめてくれた。
友好国が困っている。それが分かれば俺としては戦う理由はじゅうぶんだ。
あとは……
「……リコリス殿下。私はどうしたらよいのでしょうか」
俺はリコの専属騎士見習いだ。
彼女の許可なくして、勝手に大きなことはできない。
するとリコは、いつもの気の抜ける笑顔ではなく、一国の聖女然とした顔つきで口をひらいた。
「レドはどうしたいのです?」
そんなの決まっている。
「私は、ホーリーナイト聖王国が私を必要としてくださるのなら、その期待に応えたいと思います」
俺の言葉に、リコはほんの少し口元を緩めた。
「レドくんならそう言うと思ったよ」
「リコ……」
彼女は小さく息をつくと、再び聖女の顔に戻り毅然とした声を発する。
「グレイ陛下、エルゼ殿下、私たちも微力ながら魔王軍との戦いに助力いたします」
二人がリコに感謝の言葉を述べる。
こうして俺たちは、聖王騎士団と共に魔王軍との戦いに臨むこととなった。
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