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■コミカライズ第三巻 発売記念SS

9/29(月)コミックス3巻(漫画:出迦オレ先生)発売!

つまり、明日です! 明日発売! 都会の書店にはもう並んでるかもしれません。

特典情報は私の活動報告、または私か出迦先生かコミックライドアイビー編集部のXでご確認ください。

購入した方全員向けの特典もあるよ。

どうぞよろしくお願いいたします。

 オフィーリアがストーカー被害に遭っている。

 ブルーノのその言葉に長官室はしんと静まり返った。


「…………は?」


 横柄な態度で腕を組み、ぐっと片眉を上げたクラウディオの不機嫌な声が響いた。


「犯人の名前はカルミネ。魔導省に勤務する職員です」


 クラウディオを気にすることなくブルーノが落ち着いてそう話した。


「神殿で例の調査をしていた時に、シャンデリアに火を灯そうとしたあの方です」

「空気の読めないあいつか!」


 叫んだのはサムエーレだ。よほどイラついていたのか、話の最中に席から立ちあがり部屋の中を端から端までうろうろと何度も行ったり来たりしている。

 神殿の例の調査とは、あのことだ。異教徒による聖遺骸窃盗未遂事件。オフィーリアは兄ベルナルドと共に神殿の危険物を捜索した。

 その際、依頼されていた魔導具を届けにやって来た魔導省の職員がいた。

 刑部省と魔導省は仲が悪い。

 厳格で不正を許さないクラウディオ率いる刑部省に対し、魔導具研究にしか興味が無く、そのためならば手段は選ばないというマイペースすぎる人たちが多い魔導省。クラウディオは彼らのことを「軽薄で無責任な輩ども」と呼んでいる。

 そんな魔導省の()()()にオフィーリアの能力のことが知れたらどうなるか。

 現に震えながら兄に抱えられるオフィーリアの姿を見られてしまっている。


「あいつらは妙に勘が鋭いところがある。オフィーリアの能力を確実に把握しているわけではないだろうが、何かある、とは感付いてはいるだろう」


 クラウディオの声が存外落ち着いていただけに、余計に機嫌が悪いのであろうことがひしひしと伝わって来る。


「普通にオッフィーが可愛いからストーカーされてるんじゃないッスかぁー?」


 ソファに寝転がりながら、のん気な声を上げたのはアンジェロだ。昼食を終え、昼休みが終わってもそこに寝転がったままだが、もはや誰も注意もしない。


「それはないな」


 間髪を容れずにクラウディオが否定した。顔をそむけたまま視線だけでアンジェロをじろりとひと睨みしてから小さなため息をつく。


「あいつらがその気ならすぐに行動に移しているはずだ。様子をうかがっているということは、オフィーリアが何かしらのぼろを出すのを待っているのではないか」

「確かに。俺もそう思う」


 いつの間にかクラウディオの隣に立っていたサムエーレがまるで自分が分析したかのようにあごに手をあて、うんうん、と大きく頷いている。


「ふむ。さすがですね」


 ブルーノは感心した。これ以上ないほどに眉をひそめている長官の前でそんな態度を取れるだなんて。とても自分には真似することはできないだろう。アンジェロにもサムエーレにもやはり敬意を表せざるを得ない。

 ブルーノの思考を見透かすように目を細めたクラウディオが机に頬杖をついた。


「それで、その魔術師はオフィーリアに声をかけたりといった接触は図っているのか?」

「いえ。彼はナーヴェ嬢とは一定の距離を置いて不用意に近付くことはありませんが、彼女の後をつけているそうです」


 すらすらとこたえるブルーノの声にクラウディオが顔を上げた。サムエーレとアンジェロもきょとんとして動きを止める。


「そうです、とは? お前が実際に見たわけではないのか?」

「ええ。見ていません。報告を受けたのです」

「オフィーリア本人から?」

「いえ……」


 クラウディオの問いに、表情一つ変えることなくブルーノがたっぷりと間を置いて返事をした。


「…………ビガット公爵から……」

「ジャンか!!」


 ピシャン、と長官室に稲妻が走った。……ような気がした。

 クラウディオはジャンの名を聞くとすこぶる機嫌が悪くなる。何があったのかは知らないが、オフィーリアはビガット公爵の家に遊びに行ったり、一緒にスイーツ巡りに繰り出したりするような関係だ。自分の婚約者が男と出歩いているのだからその気持ちは分からないでもないが、しかし、なぜか彼はオフィーリアの行動をやめさせるようなことはしない。何らかの事情があるのだろう、ということはうっすら推察できているのだが、とりあえず、その分たまった鬱憤をこちらに向けてくるのはやめてほしい。


「先ほど、ビガット公爵に呼び止められまして、その報告を受けました。公爵によると少なくともここ半月の間は毎日ナーヴェ嬢の後を付けているそうです」


 ブルーノがいつもの業務連絡と同じようなテンションでそう話した。

「え、それって」アンジェロが、がばっとソファから身を起こす。


「ビガット公爵も毎日オッフィーの後を付けてるってことッスか?」

「そのようですね」

「おいおい、まさか。まあ、確かによく見かけはするが毎日ではないだろう」

「毎日だそうです」

「えっ」


 まさかねえ、と顔を見合わせて笑っていたアンジェロとサムエーレがぎょっとして目を見開いた。


「公爵に確認しましたので」


 ブルーノはそうこたえると、きゅっとネクタイを結び直した。


「つまり、ナーヴェ嬢は魔術師カルミネとビガット公爵に毎日ストーカーされているということです」


 クラウディオは眉間に深いしわを寄せて腕を組んだ。何も言わないということは何かしらの心当たりがあるのだろう。


「ちなみに、ナーヴェ嬢は出退勤時は兄のベルナルド卿と共におられるようですが、ご兄妹ともカルミネと公爵の存在には全く気付いていないそうです。お二人揃ってのんびりとにこやかに歩いていらっしゃるとか」

「あー、想像つくわー。あの兄妹、副長官に監視されてるのにも全っ然気付いてなかったッスもんね」

「それは俺の偵察能力が高いからだろう」

「こんなでかい人がウロウロしてたら嫌でも気付きそうなもんッスけどねー」


 横道へ逸れてしまった話に盛り上がる部下たちに背を向け、クラウディオは大きく足を組みかえた。ひじ掛けに頬杖をつき、まぶたを閉じる。瑠璃色の瞳が隠れ桃色の長い睫毛が頬に影を落とした。

 兄であるベルナルドと、まあ癪ではあるがジャンもそばにいる。オフィーリアがいきなり魔導省へ連れ去られるということはないだろう。

 しかし、オフィーリアの能力のことはけして知られてはならない。他人や物の嘘を検知することができるだなんて知れたら、あっという間に彼女は研究対象となってしまう。魔導省の奴らときたら研究のこととなったら常識も道徳も通用しないのだ。

 何らかの対策が必要か。

 とはいえ、オフィーリアは自分の意図しない場面で勝手に体が震えてしまう。壊れた物が近くにあっただけで転んで立てなくなってしまう。気をつけようがない。

 家から出るな、と命令するのは簡単だが、それは仕事を辞めるということだ。せっかく外に出て他人との交流を覚え始めた彼女の自由を奪うような真似はしたくない。

 付きまといをやめろ、と言って素直に聞く相手でもない。むしろ注意することで余計に邪推される可能性もある。

 どうしたものか。

 クラウディオがひとり頭を悩ませていると、部屋のドアが静かに開いた。その隙間から上機嫌のオフィーリアが顔をのぞかせる。


「ただいま戻りましたー」


 バッグを抱えいそいそと席に戻るオフィーリアは頬が緩むのが抑えられないようで、ぽやぽやと微笑んでいる。すぐさまソファから飛び起きてオフィーリアの隣の席に移動したアンジェロが、彼女の握られた左手に気付いた。


「なぁーに握ってるんスか? そんなに大事そうに」

「えへへ」


 オフィーリアが指をさされた左手をぱっと開く。そこには小さなキャンディーが四つ、ちょこんとのっかっていた。それを見たアンジェロが目を見開く。その様子に、ブルーノとサムエーレも近寄ってきて手のひらを覗き込んだ。


「うわ、それって」

「これは、また」

「ナーヴェ嬢、これはどこで」


 矢継ぎ早に問いかけられ、オフィーリアは目を瞬かせた。そして、手のひらでコロコロと転がるキャンディーを一つ摘まみ上げて微笑む。

 

「丸ま印の疲労回復キャンディーです。魔導省の方にいただきました。新発売って言ってましたよ」

「何だと?」


 クラウディオが机に手を付いてゆらりとゆっくり立ち上がる。


「絶対に食べるなよ。どんな奴だった。何と言って渡してきたんだ」

「えっと、どこからともなく現れた方が、お疲れのようですね、って言ってくれました。お名前わからないんですけど、覚えてますか? 神殿で私がタックルしちゃった人です」


 オフィーリアはそうこたえると、えへへ、と嬉しそうに笑った。

 アンジェロがキャンディーを一つ摘まみ上げ、明かりにかざしたりくるくる回したりして中身の確認をしている。


「未開封。丸ま印も本物。魔導省で作っているキャンディーで間違いないッスね」

「この新発売のキャンディーは、従来のものの三倍の効果があるそうです! そして、お値段も三倍! ただで四つもくれるなんて親切です、よ……ね……」


 いつの間にか目の前まで来ていたクラウディオに見下ろされ、その威圧感にオフィーリアの表情が固まる。


「知らない人から物をもらってはいけないだろう」


 お父さんのような口調でサムエーレに叱られ、やっと状況がうすうす分かってきたオフィーリアが肩をすくめて目を逸らした。


「あの、でも、頂いた時は全く体が震えなかったので、このキャンディーは怪しいものではないと」

「怪しい奴が渡してくるものは全て怪しいものと決まっている」


 地の底から響いてくるような低い声でそう言うと、クラウディオが顔をしかめる。

 オフィーリアの体が震えなかったということは、カルミネは心の底から彼女の体調を心配して飴を渡してきたということか。悪気があろうがなかろうが、毒入りであるならばそれを伝えなければウソになるはずだ。


「はぁい……もったいないけど、これは捨てます。お兄様にもあげようと思ってたんだけど……」

「おや、ベルナルド卿は体調を崩されているのですか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど」


 少しだけ心配そうに眉をひそめたブルーノにそう尋ねられ、オフィーリアは首を横に振った。


「お友達の結婚祝いパーティに行ったら飲みすぎて二日酔いだって言って……んむッ!」

「ああっ!! アンジェロ、お前!」


 サムエーレが叫ぶ。オフィーリアがあわてて両手で口を押さえた。


「あは。うまく入った」


 アンジェロが楽し気にオフィーリアの顔を覗き込む。包みを取ったキャンディーを彼女の口めがけて放り込み、見事ゴールさせたのだ。

 むぐむぐと口を動かしたオフィーリアがぎゅうと目を瞑る。

「んん~~~! すっぱい!!」そう叫ぶと、ぱちりと目を見開いた。大きな瞳にみるみる涙があふれてくる。


「えっ、はわ、はわ~~~! (から)い! ピリピリするぅ~~!」

「オッフィー可愛いー!」


 涙をぽろぽろとこぼしながら苦しむオフィーリアを凝視してアンジェロもまた叫んだ。


「効果も三倍、値段も三倍。ひどい味も三倍って噂だったから一度誰かに食べさせたかったんスよー! 苦しむオッフィー、三倍可愛いッスよー!」


 アンジェロが嬉々としてオフィーリアの口にキャンディーをもう一つ押し付ける。苦しみもがきつつも、必死で口を閉じて抵抗するオフィーリア。


「アンジェロ。お前、ちょっとこっち来い」


 サムエーレに首根っこを掴まれたアンジェロが引きずられてゆく。


「ナーヴェ嬢。お水をどうぞ」


 水差しからグラスに水を注ぐブルーノは笑いをこらえている。

 額を押さえて大きなため息をついたクラウディオはふらふらと歩いて自席へどさりと座った。


「全く。心配していたのが馬鹿らしくなってきたな」


 オフィーリアはごくごくと水を飲みほし、ブルーノが二杯目の水を注いでいる。

 まあ、今回は何事も無かったから良いが。ジャンのやつ、いなかったのか。大事な時になぜ。いや、ジャンがいなかったからこそ、オフィーリアに声をかけてきたのかもしれない。

 クラウディオは一人、冷静に状況を分析する。

 そして、ふとあることに気が付いた。

 そういえば、ここのところ取調べが続いていた。当然、オフィーリアは隠し部屋でコロコロと転がっていたのだ。確かにひどく疲れていたに違いない。

 忙しさと彼女ののほほんとのん気な様子にかまけて、気づかってやることできていなかった。

 やはり、少し休暇を取らせた方がいいかもしれない。

 その間に、カルミネの対策を練るとしよう。

 クラウディオは机の上にあるカレンダーを開いた。


 よく分からないが、オフィーリアだけでなくベルナルドも強制的に有給休暇を取らされた。

 きっと貯まった有給を使わなければならない期限が迫っていたのだろう。二人はそう結論付けて、自宅から一歩も外に出ずにのんびりと休みを満喫した。

 その間、長官室ではストーカー対策をいろいろと考えていたものの、あの日以来カルミネの付きまといはぴたりと無くなった。

 きっと、ただのちょっぴり様子のおかしな令嬢なだけだった、と興味を無くしたのだろう。あのキャンディーは付きまとっていたお詫びだったのかもしれない。

 後からジャンに聞いた話によると、カルミネは隠れもせずにわりとオフィーリアの近くをうろついていたらしい。純粋な気持ちで研究対象を観察していたせいで、彼女の体は全く震えなかったのだろう。その嘘偽りのない態度が裏目に出てしまったのではないか、とクラウディオたちは結論付けた。

 これを機にクラウディオはジャンも刑部省への出入りを禁止した。

 ———が、ジャンはそれをあっさり突破してオフィーリアに会いに来ている。

 クラウディオの悩みはまだまだ尽きない。


続くような……


コミックス3巻はちょうどWEB版にはない書籍オリジナルストーリーのあたりです。

ころころ転がってる可愛いオッフィーをお楽しみください。


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