■コミカライズ第二巻 発売記念SS
メリークリスマス!
出迦オレ先生のコミカライズを読んでたら、ベル兄のお話をすごく書きたくなってしまいました。
ウソの分かってしまうオフィーリアのもとへ、サンタクロースはやってくるのか・・・
あとがきにはコミックス2巻のお知らせもあるので、最後まで読んでいただけるととても嬉しいです!
あれはまだベルナルドが学生だった時分の話。
鞄を抱えて玄関のドアを開けた。ナーヴェ伯爵家には最小限の使用人しかいない。貴族であれば玄関ドアどころか馬車のドアだって自分では開けるようなことはしないのに。
屋敷に一歩踏み入って、足を止める。
「オッフィー」
玄関ホールにある階段の一番下の段に、妹オフィーリアがいた。手すりに隠れるようにして、端っこに一人、ちょこんと座っている。
「ただいま。オッフィー」
もう一度そう声をかけると、泣き虫な妹の瞳がみるみる潤んでゆく。
「……お、おかえりなさい……ぐすっ……お兄様」
ゆっくりと彼女の前まで歩いてゆき、そっと右手で頭を撫でる。自分と同じこげ茶色の髪がくしゃりと揺れる。
「どうしたの? オッフィー。一人でさみしかった?」
なるべく優しい笑みを浮かべてそう尋ねる。しゃがみ込んで顔を覗き込めば、オフィーリアは恥ずかしそうに手で涙を拭った。
「また先生に怒られちゃった?」
そう尋ねると、オフィーリアはこくんと小さく頷き、抱えるようにして持っていた教科書と問題集をさらにぎゅっとにぎりしめた。
嘘に触れると体の震えてしまうオフィーリアは人のたくさんいる学校に通うことができなかった。だから勉強は家庭教師に頼るしかないのだが、それもなかなかうまくはいかなかった。
穏やかな先生が発する優しい言葉だって、本心であるとは限らないのだ。
手が震えて勉強どころじゃなくなってしまうオフィーリアは、もう何人家庭教師が変わったか分からない。結局のところは、思ったことをズケズケと言ってしまうような、ちょっと変わり物の、要するにあまり評判の良くない教師に習うしかなかった。体は震えなくなったけれど、ちょっとだけ出来の悪いオフィーリアは毎回教師にねちねちと嫌味を言われて傷付いているのだ。
「お兄様。宿題教えてほしいの」
「いいよ。でも、お腹空いちゃったから、おやつ食べてからでいい?」
「もちろんよ! 私も一緒に食べたい!」
さっきまで泣いていたオフィーリアがパッと明るい笑顔を見せた。
年の瀬も迫り何となく気忙しい長官室では、オフィーリアを除く全員があわただしく過ごしていた。
出しっぱなしになっている本を本棚に戻したり、満杯になったゴミ箱のゴミを片付けたりする程度しかすることのないオフィーリアは、さりげなく振り返って部屋の様子を確認した。
だるそうなサムエーレは肩に手を置き首をぐるぐると回していた。何かの証拠なのか、アンジェロは大きな箱の中から物を取り出しては戻し、取り出しては戻しして、めずらしく顔をしかめている。分厚い法令集のページをめくっていたブルーノが手を止め、右手で目頭を揉んでいた。
その中でも、長官であるクラウディオだけは、いつも通り姿勢よく机について書類と向き合っている。机の上に積み上がっていた書類の山は朝に比べればずいぶんと減っているようだ。それでもやはり、普段よりは眉間のしわが深いような気がする。
オフィーリアは、ハッとして顔を上げた。そうだわ。今こそコーヒーをふるまうべきなのでは。
抱えていた本を手早く本棚に戻すと、オフィーリアはなるべく足音を立てないように急いで給湯室に駆け込んだ。そして、人数分のコーヒーを淹れた。
クラウディオに習って以来、何度も練習しては失敗ばかりを繰り返した。やっと最近ではそれなりに美味しいコーヒーを淹れることができるようになったのだ。
湯気の立つコーヒーカップをトレーに載せて給湯室を出ると、香ばしい香りに全員が一斉に顔を上げた。
「あの、コーヒーを淹れました、ので、良かったらどうぞ……」
そう言うと、アンジェロが「まじ気が利くッス~!」と叫び、そのまま床に寝転んだ。
コーヒーを配り終わり、オフィーリアは自席に戻ってコーヒーカップに手を伸ばした。両手で包むようにカップを持って指先を温める。ふうふう、と吹いて冷めるのを待つ。最近のオフィーリアはコーヒーにたっぷりと砂糖とミルクを入れるのがお気に入りだ。
クラウディオがブラックコーヒーに口を付けている。表情は先ほどと全く変わらないが、何も言わないところを見るときっとまずくはないということだ。
オフィーリアはそれだけで何だか今日一日の仕事をやりきったような清々しい気持ちになった。
隣の席のブルーノが、コーヒーカップを片手にちらちらとこちらを見ている。オフィーリアと目が合うと、微かに口の端を上げた。
「ナーヴェ嬢。実はずっと気になっていたことがあるのですが……」
「はい」
オフィーリアはすぐに返事をしたが、ブルーノは一度口を開いたものの、逡巡するように目を逸らし、コーヒーカップを右手から左手に持ち替えた。
「ええと、もしお気に触ってしまったらと思うと大変心苦しいのですが……」
「はい。どうぞ」
「あの、答えにくかったら答えなくて全く構わないのですが……」
「ええ、どうぞ?」
言いよどむブルーノに、サムエーレとアンジェロが不思議そうに首を傾げて瞬いている。クラウディオは顔は上げてはいないものの、耳は澄ましているに違いない。
「ナーヴェ嬢のもとには、その、今も……あ、いえ。ええと、今年のナーヴェ伯爵家にはサンタクロースはやってきますでしょうか……?」
ブルーノの質問にオフィーリアがぱちくりと目を見開く。
「おい、ブルーノ。それはさすがに……」
サムエーレがそう言いかけて、横目でオフィーリアの顔を見て口を閉じた。
「え、まさか。オッフィー、まだサンタさん信じて……」
床に座っていたアンジェロが立ち上がり、自席であるオフィーリアの隣の椅子に腰かけオフィーリアの顔を覗き込む。
「アンジェロ、黙れ」
ブルーノに睨まれ、アンジェロが両手で口を押えた。
気付けばクラウディオまでがこちらを見ている。オフィーリアは思わず肩をすくめて笑ってしまった。
「ええ。もちろん、信じています。昨年のクリスマスも来ましたよ。朝、起きたら枕元にプレゼントが置いてありましたから」
オフィーリアはまだ少し熱いコーヒーにちょっとだけ口を付け、ゆっくりとソーサーにカップを戻す。手が細かく震え、カップとソーサーがぶつかった。カタカタという音が部屋に響いた。
「………………そうですか」
たっぷりと間をおいて、ブルーノがそう返事をした後、優しげに微笑む。
黙って話を聞いていたクラウディオが口を開く。
「サンタが来たことを家族に伝える時には体は震えないのか?」
クリスマスの朝を思い出して、オフィーリアが手で口を押えて笑う。
「はい。今年も枕元にプレゼントがあったわ! って言っていますので」
「なるほど。事実だけを述べるのか」
納得したクラウディオが腕を組んで小さく頷いた。
そう、事実を言えばオフィーリアの体は震えない。だから、毎年クリスマスの朝はこう言うのだ。
———今年も枕元にプレゼントがあったわ! とっても素敵なプレゼントなの。嬉しい!
そう言うと、兄が「オッフィーは今年も良い子だったから当然だよ。良かったね」とこたえる。そして、とびきり嬉しそうに笑うのだ。
今年のナーヴェ家のクリスマスディナーはいつになく豪華だった。
なんとストラーニ公爵家から王家御用達の食材がどっさりと届いた。また、ジャン・ビガット公爵からはテーブルいっぱいの大きなケーキ。
ちなみに、オフィーリアは数日前にクラウディオに突然街へ連れ出されてクリスマスプレゼントを買ってもらった。宝飾店で一目ぼれしたピンク色の猫のぬいぐるみを、クラウディオはものすごくいやそうな顔をしながら買ってくれた。しかし、その目にはとても高級な宝石が使われていることをオフィーリアはまだ知らない。
ベルナルドはきょろきょろと周りを見回して、誰もいないかを確かめた。そして、部屋のクローゼットの扉を開けた。
そこには、きちんと包装され可愛いリボンの付いた箱が置いてあった。
大きな箱には、ベルナルドが生地を選び、父がその支払いをし、母が手ずから仕立てた帽子が入っている。これはサンタクロースからのプレゼントなので、オフィーリアが眠ったら枕元に置いて来るのだ。
ベルナルドからのプレゼントはすでにオフィーリアに手渡した。中身は帽子に合わせた手袋だ。
『お兄様、見て! テストで満点だったわ! 先生も褒めてくれたの。体は震えなかったわ。お兄様が教えてくれたおかげよ!』
花丸のつけられたテスト用紙を持ってくるくると回る小さな妹の姿は、今でもすぐに思い出すことができる。
まだサンタクロースを信じている、純真で可愛い妹。明日の朝には、また嬉しそうな笑顔が見れるかな。
オフィーリアはダイニングルームでもりもりとケーキを頬張っているところだ。眠るには早すぎる。
窓の外には白い雪がちらついている。
積もるほどではないけれど、少し冷えてきた。
来年は温かいブランケットをプレゼントするのもいいな。
ベルナルドはクローゼットの扉を静かに閉めると、ダイニングルームへと戻って行ったのだった。
純真で可愛いのは君の方だよ、ベル兄…
明日12/25(水)ウソはつ コミックス2巻発売です!
オッフィー、長官に加えて、なんとジャン様も表紙に!!さすがです、ジャン様!
出迦オレ先生の描きおろし、すごく良い話でジ~ン(*´ω`)と来ちゃいました。
どうぞ皆様よろしくお願いいたしますっ!




