第9話 白いボトルアート
「どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
滑川の母親が、お茶とお菓子を置くとやわらかい笑顔を見せながら部屋を出て行った。
「久しぶりだな、元気だったか? 突然来るって連絡があった時は驚いたよ」
「出張で隣の県に来たんだ。せっかくだから顔見て帰ろうかなって思ってさ」
俺…田所浩と滑川豊とは同じ会社の同期だった。
滑川の親父さんが倒れた為、農業を継ぐために会社を辞めたのが一年前。
俺は久しぶりに滑川に会おうと思い、ここに来た。
「なぁ、外にあったあのでかい機械、なんだ?」
「ああ、あれは堆肥製造機だよ。あれで堆肥を作ってんだ」
「ふーん…それにしてもすごい数のボトルアートだな」
俺は部屋の一角に設けられた棚に目を向けた。
中には複数のボトルが飾ってあり、中には小さな白い建物や白い乗り物などが入っている。
全て滑川が作ったというから驚いた。
「ああ、その手前の…白いログハウス、昨日できたんだ」
「細かっ 器用だよな〜」
俺は小さいログハウスが入ったボトルに目を近づける。
爪楊枝のような細く白い棒のようなものを積み重ねて作られていた。
ドアや階段まで作られている。
材料は全て白で統一されていた。
けれど…よく見ると所々、歪に曲がっていて薄黄色かかっているのもリアルだ。
「おまえにこんな趣味があるとは思わなかったよ」
「…あいつが…里沙が出て行ってから作るようになったんだよ。何かに集中していると気がまぎれるからな。まぁ、もともと手作業は好きだったし…」
「…そ…か…」
滑川が言うには、奥さんは半年ほど前に男と出て行ったらしい。
きっかけは滑川の親父さんが倒れた事。
それを期に、東京で住んでいたマンションを売り払い、実家に戻って農業を始めた。
都会育ちの奥さんにとって、田舎での生活は合わなかったのだろう。
まだ30代半ばで子供もいなかったから尚更だったかもしれない。
結婚した時、滑川は誰もが羨む大手企業で働いていたからな。
滑川は同期の中でも優秀で、いずれ誰よりも早く出世するのではと言われた。
そんな滑川と結婚で来た時は奥さんも勝ち組セレブとか思っていたんだろうな。
なのに数年後、農家の嫁になるなんて想像もしなかった事だろう。
『大手企業に勤めていたから結婚したのに話が違う』
『田舎なんかで人生終わりたくない』
案の定、農業の手伝いは一切せず、毎日のようにケンカをしていたようだ。
そんな話をよく聞いていた。
チラシの裏に書かれた走り書きと離婚届を置いて出て行ったらしい。
その後、親父さんは亡くなり、現在は母親と二人暮らし。
華やかなセレブ生活から一転…だな。
俺は出されたお茶を飲んだ。
(にげぇ…住むところが田舎臭ければ、出されるのも田舎臭い。お菓子も…お徳用の袋に入っているような醤油せんべい…貧乏くさい…)
けど東京から片道3時間半もかかる田舎にきたんだから…そんな思いで、我慢して口にする。
あと1時間ほどで昼になる。
昼飯を食べてから帰ろうと思ったが、出前など頼めそうな店は近隣にない。
となると…こいつのおふくろさんが作るんだろうけど…どうせ山菜とか麦飯とか出てきそうだ。
正直そんなもの食べたくない。
早々に引き上げた方がいいな。
駅前に行けば、まだマシな物が売っているだろう。
「俺…これで失礼するよ」
「もう帰るのか?」
「ああ」
—————— こいつの落ちぶれた様子を見られただけでも来たかいがあった。
入社当初から気に入らなかったからな。
いつでも俺の前を走っていたこいつが。
それに…ここに戻るはずがない。
あいつは……
立ち上がった瞬間、ぐらりと強い眩暈を起こし、力なく床に倒れる。
ドサリ
(な、なんだ…これ…)
身体が動かない。
唯一動かせる目だけを宙に向ける。
「効いてきたようだな…」
そう言いながら立ち上がると、俺の方に近づいて来る滑川。
「…………お前が里沙の不倫相手だと言う事は知っていたよ」
「え…」
「気づかないとでも思ったか? 妻を同期に寝取られた間抜けな夫が気づくはずがないと?」
(ま、待ってくれ…こいつ知ってたのか? 俺とあいつ…里沙との関係を…)
「里沙と連絡が取れなくなって、様子を見に来たんだろ? 残念だな、あいつはもういないよ。どこにも…。けどちょうど良かった。そろそろ材料を調達しようと思っていたからね」
(材料……? 何の話だ……)
ゆっくりと薄れゆく記憶の中で、滑川の声だけが鮮明に耳に届く。
ガチャリ
その時、滑川の母親が部屋に入って来た。
両手にゴム手袋をし、片手には電動ノコギリ……
なんで?
「里沙の時も母さんに手伝ってもらったんだ。骨を取るのが一苦労だけど、あとは機械に入れてしまえば堆肥になるから一石二鳥だ。あいつのおかげでたくさんのボトルアートができたよ」
そう言いながら、先程の白いログハウスが入ったボトルを手に取る滑川。
(ま…さか……っ…!!…)
気づいた時にはもう意識を手放した後だった。
「これでまた新しい作品が増えるな」
【終】




